抜歯直後の止痛

70才。女性。
腰の痛みが主訴で、これが3診目。腰の経過は良好。

ついさっき、3時間ほど前に、左上の奥歯を抜歯。

実は前回治療時に、
「歯科で抜歯の予定だが、直後に鍼治療を受けてもいいですか」と質問を受けていた。
「体調を整えることで痛みを軽減したり悪化を予防したりできるので、ぜひお越しください」と返答していた。

現在、麻酔はまだ効いていて痺れた感じがあるが、痛い。眉間にしわが寄っていて、耐えている様子。

望診

鼻柱 (肝) に緊張がある。
鼻頭 (脾) が弱い。

脈診

脈の位置が、左が沈位・右が中位。

脈管の中心は陰陽の境界を意味し、この境界が左右でずれているということは、深浅の境界である少陽(司令官)に問題がある。少陽に問題があると、邪気の排出 (勝ち戦) も正気の回復 (負け戦) も困難になる。境界が侵されているということは正邪 (自軍と敵軍) の勢力が拮抗しているということである。この場合、正気 (自軍) のみを補うと邪気 (敵軍) も同様に力づけてしまう。邪気を瀉す (敵軍を弱らせる) と、正気 (自軍) も同様に弱らせてしまう。

正気を補いながら、胆経の「空間を動かす力」を利用して、邪気を上回る正気の一分の利を得て、正気の力を引き出し、邪気を取り去る必要がある。

空間を動かす力とは、たとえば「地の利を生かす」ことてである。桶狭間の戦いで、数に勝る今川軍が敗れたのは、狭い空間に追い込まれる形で信長の奇襲を受けたからであると言われる。

腹診

左不容に気滞。

章門の邪は左>右。左右の境界は正常に動いている。
空間は右上。

その他の所見

左衝陽に重量感のある沈んだ邪。

治療

右合谷に5番鍼で7分置鍼。
まず、穴処に鍼をかざし正気を集中させる。そののち刺鍼して邪気にあてる。置鍼後、穴処を押えない瀉法の手技で鍼を抜く。

効果

抜鍼して左衝陽の反応を診ていると、
「なんか歯、痛くなくなった…。」
左衝陽の反応は消失。
鼻柱・鼻頭の反応も消失。

その後、3日経過現在で痛まない状態が続いている。よって痛み止めは服用しなかった。歯科医には消毒に通ったのみである。抗生剤は処方しない方針の歯科医であったため、抗生剤は使っていない。

考察

上歯痛には足の陽明胃経・下歯痛には手の陽明大腸経を用いるのが一般的である。本症例は上歯痛なので、足の陽明胃経上の衝陽などに異常が出る。ただし、足の陽明胃経に属する左衝陽は、治療するには難しい反応だった。ただし、この衝陽の反応が取れなければ歯の痛みは取れないし、衝陽の反応が取れれば痛みが取れるという確信があった。

病因病理としては、もともとある気滞が抜歯することでひどくなり、その気滞が脾を弱らせ、胃経の経気の不通をもたらし、上歯痛となっていると考えた。気滞を取り去ることで脾を回復させることが治療の目的。

ただし、深浅の境界が機能していないため、この気滞は放っておくと取れにくい。気滞を残したままで歯茎の傷が癒えたとしても、残った気滞が肩こりや腰痛などを悪化させることも考えられるので、この治療は非常に価値のあるものであると思う。

合谷は正気を補うことができ、なおかつ手陽明大腸経は肩髃で足少陽胆経とつながっており、胆経を動かすことができると考えた。また、足陽明胃経とも手陽明大腸経は相関しており、左衝陽の反応を取りやすいと考えた。

治療がスムーズに効いたことから、気滞の邪がうまく排出されたと考えられる。

このように、全体観に基づいた部分的な痛み止めの治療は、単なる痛み止めではなく、自然治癒力を引き出した結果としての痛みの消失であるため、化膿予防にもつながると考えられる。

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