緑内障の症例…そのセオリーは無視される

52歳。女性。緑内障 (右目)。眼科の通院は行っていない。

  1. 視界が曇る。起床時に目やにで曇るのかと目をこすったり、日中は眼鏡が汚れているのかと眼鏡を磨いてみたりしている。ここ半年で視力が急激に低下した。
  2. 焦点が合わない。
  3. 眼精疲労 (R>L) を常に感じる。

眼科で緑内障だと言われた。「1.視界が曇る」は緑内障の特徴である。
緑内障で失われた視力は二度と回復しない。西洋医学が明示するセオリーである。

眼圧は正常である (正常眼圧緑内障) 。
一般的な緑内障は、眼圧が高くなって、その圧力で視神経がダメージを受けることによって起こる。
本症例は眼圧は正常であるが、相対的に視神経が弱いため、大した圧力ではないが視神経がダメージを受けるものである。

  • 初期の緑内障は無症状が多い。
  • 視野狭窄 (部分的な曇りによる) を起こし、進行すると視力低下に至る。白 (黒) っぽい曇りが初期は視野の一部に現れ、後期はそれが全体を覆ってぼやけて見え、失明に至る場合もある。
  • 片目のみに発症した場合は、もう片方の目で見てしまうため、発見が遅れる。

以上のような緑内障の特徴を考え合わせると、本症例は進行した緑内障であることが言える。

当該患者の視野 (イメージ)
  • 視神経が弱いということは、正気 (生命力) が弱いのである。本症例では、その正気の弱りは “血虚” であると診断した。
  • 焦点が合わない (電柱が3本に見えるなど) のは、目の筋肉が弱っているからだと眼科に言われたが、これも正気の弱り、本症例では血虚である。

左肩上部が痛く、首を傾けると痛みが増すために、ロキソプロフェンNaテープを使っている。
甘い物やアイスが好き。夜はスマホをよく見る。就寝は11時〜0時ごろ。

臍下丹田の力が弱い。三陰交以下が冷えている。
つまり、上実下虚の構図がある。これをなんとかしたい。

初診〜7診目

緊張が取れていく様子を診つつ治療を進める。

【初診…1/31 (金) 】長期邪気スコア、レベル3。神道・RL心兪に実の反応。百会に5番鍼を10秒間置鍼。
【2診…1/31 (月) 】前回治療後すごく眠くなった。百会に5番鍼を5秒間置鍼。
【3診…2/7 (金) 】百会に5番鍼を1分間置鍼。
【4診…2/10 (月) 】左肩上部痛。豊隆実。時間に追われる用事があった。熱と水… 1分間でも横 (陰) になる で提唱した養生を指導した。百会に3番鍼を2分間置鍼。
【5診…2/18 (火) 】左肩上部痛ましになった。ロキソプロフェンNaテープは使っていない。百会に3番鍼を4分間置鍼。
【6診…2/20 (木) 】百会に5番鍼を3分間置鍼。
【7診…2/25 (火) 】百会に5番鍼を2分間置鍼。

初診時の診察で、神道・RL心兪に実の反応があった。これは、幼い頃の家庭環境に小さな胸では抱えきれないストレスがあり、それが今に続いていることを意味する。幼少期から今日という日まで、大きな緊張のなかで生活してきたとことが推察される。

その幼少期のストレスに呼び込まれるように、大人になってからも様々なストレスが生じたと考えられる。それを緩めるために甘いものを好んだり、その緊張 (気滞) から生じた邪熱を冷ますためにアイスを好んだり、自分だけの時間を持って何も考えないようにするために遅くまでスマホを見たりする。しかしそれらは新たに痰湿や邪熱を作る結果となり、邪熱が痰湿を上に持ち上げて、緑内障独特の目の曇りとなるのである。目の曇りは痰湿であり、目という高い位置に痰湿が到達させるのは邪熱である。

ストレスの結果として生じた緊張は、左肩上部の凝り痛みとして現れ、また水面下での血の消耗 (暗耗) を進行させていた。緊張は上焦に現れ、血の暗耗は下焦に現れる。上実下虚である。

その「緊張」が、初診の一本の鍼で緩み始める。それは初診のあと強い眠さが出たことによって知ることができる。張り詰めたものが緩んできたのである。その後ロキソプロフェンNaテープは初診から一度も使っていない。緊張が緩むとともに、痛みが緩み始めたのである。

「緊張」とは、少なくとも日本人においては誰もに共通する根本的な病の出発点である。多くの人は無意識に、それをゆるめるために甘いものを食べ過ぎたり間食したり、夜ふかししたりスマホいじりをしたりするのである。誰もが身に覚えのあることだと思う。

さらにこれら飲食不節・夜ふかし・目の酷使は、すべて血虚の原因となる。
そもそも血とは、それが燃料となってデトックスという動力が働くのである。ゆえに血虚があると緊張も取れないし、邪熱も痰湿も排出できない。

眼圧の高さは、肝火上炎あるいは肝陽上亢などの邪熱であり、これが緑内障の特徴である。だが本症例は眼圧は高くないので、血虚内熱という形で邪熱が生じていると考えられる。すべて中国伝統医学は相対的 (陰陽論的) にものを見る。

この邪熱が、痰湿を持ち上げ目を曇らせる。あるいは邪熱が目の津液を煎熬して痰湿を作る場合もある。いずれにしても視野欠損は部分的に白っぽく霞む。この曇ったように見える霞みの直接的な正体は痰湿である。

邪熱も痰湿も、速やかに掃除すべき有害因子である。掃除しても掃除しても、次から次へと痰湿や邪熱が生まれるならば、掃除に必要な燃料でもある血は、消耗するばかりとなる。

簡単にいうと、緊張を緩めるために血を使うのである。緊張がある限り、血虚は進行してゆく。

その緊張が、取れ始めた。

8診目〜11診目

緊張がある程度取れてきた8診目から、右上歯痛が出て顔が腫れる。後でうかがったことだが、これが治った頃から右目症状が気にならなくなった。この右上歯痛は、抗生剤適応の感染症である。

【8診…3/1 (土) 】2/27から右頬 (右上歯) の腫れ痛みが出る。顔の輪郭が変わるほど腫れている。原因は、2/25講演会に継ぎ外食、2/26農作業をやり過ぎた。その夜から痛みが出て寝られず、翌朝起きてみると顔が大きく腫れていた。食べ物が噛めない。病院には行かずに当院で治療する。衝陽実、天枢実。百会に5番鍼を4分間置鍼。衝陽・天枢ともに反応が消えるのを確認して治療を終える。
【9診…3/3 (月) 】右上歯痛、一段階ましになった。腫れは引きつつある。噛むのはまだつらい。衝陽実。天枢実。百会に5番鍼を5分間置鍼。衝陽・天枢ともに反応が消えるのを確認して治療を終える。
【10診…3/7 (金) 】右上歯痛、さらにまし。やわらかいものなら噛める。衝陽実。天枢 (−) 。百会に5番鍼を5分間置鍼。衝陽の反応が消えるのを確認して治療を終える。
【11診…3/11 (火) 】堅いものでも食べれるようになった。腫れ完全に消失。長期邪気スコア、レベル3→レベル2。幼児期の蓄積 (親にかまってもらえなかった) の反応を取り、レベル2→レベル3。衝陽・天枢ともに (−) 。百会に5番鍼を3分間置鍼。

昔に生んでしまった痰湿・邪熱が、その時に整理整頓されることなく、押し入れに放り込まれてしまっている。その押し入れの蓄積が今日の右眼の緑内障につながっているのである。

その押し入れの扉が開いた。一気に片付けを済ませてしまおうというのである。これは体が選択した方法である。一気に片付ける、そのために急性症状として右上歯痛が出た。右目という押し入れから、右歯という部屋に大量の片付けものが出されたと考えるといい。だから右上歯がゴチャッとしているのである。

その片付けものを、正しい方法で片付ける。要るもの (正気) はとっておき、要らないもの (邪気) は捨てるのである。すると押入れはスッキリと片付いていく。世間でよく行われている治療法は、部屋に出された片付けものを、もう一度押し入れに放り込み直すことになる。よって部屋は美しくなる。一方で押し入れは依然として片付かないままの状態が続く。

ぼくは前者を良しとする。価値観の問題もあるだろう。とりあえず部屋だけを手っ取り早く美しく見せたいのか、少し手間がかかっても家そのもの (押し入れも部屋も) を美しくしたいのか。

12診目〜25診目

食べ過ぎや無理のし過ぎで症状が単発的に出るが、すぐにましになる。

【12診…3/15 (土) 】百会に3番鍼を2分間置鍼。花粉症で鼻がムズムズする。
【13診…3/18 (火) 】百会に3番鍼を5分間置鍼。花粉症は収まった。
【14診…3/22 (土) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。お彼岸で外出、食べすぎて胃もたれ。
【15診…3/27 (木) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。甘い物食べすぎた。夜中に下痢2回。
【16診…4/1 (火) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。
【17診…4/5 (土) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。
【18診…4/11 (金) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。仕事+家庭菜園やりすぎて右肩が張る。起床時、右目だけぼやける (曇る) ことがあるが、動き出すとなくなる。
【19診…4/14 (月) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。中期邪気スコアを示す場所が、右目から胸に移動。
【20診…4/19 (土) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。
【21診…4/22 (火) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。
【22診…4/26 (土) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。
【23診…5/1 (木) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。タケノコ掘りをして右肩が張る。
【24診…5/8 (土) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。中期邪気スコアを示す場所が、胸から胃脘部に移動。連休遊びすぎて右肩が張る。
【25診…5/12 (火) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。

26診目〜29診目

再び右頬の症状がが出るが、前回の2割程度。大したことはない。

【26診…5/15 (土) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。抜鍼時出血。ハードパン食べすぎて右頬に違和感 (食べる時) 。衝陽実。
【27診…5/22 (木) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。右頬の違和感あり。衝陽実。
【28診…5/29 (木) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。右頬の違和感おさまってきた。
【29診…6/2 (月) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。右頬気にならない。

30診目〜37診目

経過良好。

【30診…6/9 (月) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。
【31診…6/16 (月) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。
【32診…6/23 (月) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。
【33診…6/26 (木) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。
【34診…7/3 (木) 】百会に5番鍼を3分間置鍼。
【35診…7/8 (火) 】百会に5番鍼を3分間置鍼。ウォーキング30分指導。
【36診…7/10 (木) 】百会に5番鍼を4分間置鍼。
【37診…7/14 (火) 】百会に5番鍼を3分間置鍼。

38診目・39診目

三度 (みたび) 右頬の症状が出るが、ほとんど気にならない程度。

【38診…7/19 (木) 】百会に5番鍼を2分間置鍼。右頬が少し腫れているような違和感。
【39診…7/22 (火) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。大便が出て、右頬の腫れ違和感なし。

40診目〜43診目

経過はさらに良好。

【40診…7/28 (月) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。
【41診…7/31 (木) 】百会に5番鍼を3分間置鍼。右目の気は流れている。
【42診…8/4 (月) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。目は気にならない。右頬腫れて治った頃 (12診目) から。
【43診…8/7 (木) 】百会に5番鍼を5分間置鍼。特に気になることなし。

【42診…8/4 (月) 】に、初めて聞いた。
「ところで目は、今どんな感じ?」
「え? 目ですか? …そう言えば気にしてないです…。」
「右目、くもってない?」
左目を手で覆いながら「ないですね…」
「二重に見えない? 」
「見えないですね…ちゃんと見えてると思います。」
「そうですか。実はね、右目の滞りがなくなって、きれいな流れが出てきてるんです。だからどうかなって思って。僕の所見と〇〇さんの感覚が一致してるんで、これでいいです。めでたいことですね。」
「あの先生、病院行ったほうがいいでしょうか。」
「行って確かめたいと思うなら行ったらいいですよ。どっちでもいいです。もう、ちゃんと見えてるんだから。」

まとめ

右目はとっくに見えるようになっていた。

だが、緑内障の初期が見えなくなっていることに気付けないことが多いように、見え出したことに気づかず4ヶ月もたってからそれに気づいたのである。聞かれてみて初めて。

目については、初診で詳しく聞いた。しかしそれ以来、42診目まで一度も問診したことがなかった。本人が何も言わないので、あえて何も聞かなかったのである。これには理由がある。

血虚である。血虚というのは車で言えばガス欠寸前の状態であって、動きはするが何となく不安定になる。そのため、ほとんどの人が神経質となる。現代人の多くが血虚と言ってよいが、だから現代人はみな神経質なのである。その神経質さは、気にしても生産性のないところを気にするので、「空ぶかし」と同じである。頭 (車輪) はクルクル回るが、ぜんぜん前に進んでいない。それどころか却ってガソリンは減るばかりである。

本症例でもそれを危うんだ。目のことを来院のたびに聞いても、まず西洋医学では回復することはないと言っている。奇跡的に良くなったとしても急に良くなるはずなどない。しつこく聞けば目ばかり気にする結果となり、却って血が弱り、視神経を弱くすると考えたのである。視力がさらに落ちることを危うんだのである。

都合よく右上歯痛と右頬の腫れが出た。これは治りやすいから治療をどんどん進めた。もちろん、来るたびに上歯痛については問診するし、向こうも自分から経過を話そうとする。腫れているかどうかは見ただけで分かるし、治療のたびに腫れが引いてくるので把握もしやすかった。緑内障はそうはいかない。

ただし説明は怠らなかった。上記の説明である。もう一度記載しておこう。すなわち…

この右上歯痛は右目を片付けるために出でいる。右目緑内障が押入れだとしたならば、右上歯痛は押入れの前にある部屋である。押し入れを片付けたければ、まず部屋に片付けものを出してこなければ片付けようがないだろう。その際、押入れ (右目) はスッキリするが、部屋 (右上歯) はゴチャッとする。そのゴチャッとした部屋を鍼で片付けたのである。

「押入れ」の疲れ
疲れがあるはずなのに感じない。それは、片付けるべきものがあるのに目に見えないのと同じです。つまり、押入れに入ってしまっている。 詳しく説明します。

そういう「片付け」を、上のカルテを見ていただくと分かるように、3回も繰り返したのである。

もし、鍼 (だけ) で上歯痛を治していなければ?

他の治療法には上歯痛を消す働きはあっても、部屋を片付ける働きはない。すなわち、要るもの (正気) は取っておき、要らないもの (邪気) は捨てる…という補瀉ができない。当たり前である。そういう概念を持たずに、そういうことができるわけがない。概念がなければ目的は生まれない。目的がなければ的には当たらない。当たり前のことである。

よって、押入れから部屋に出てきた片付けものは、片付けられることなく押入れに戻される。
部屋 (右上歯痛) は?  きれいになる。
押入れ (右目緑内障) は?  前と何も変わらない。

そういう説明を、深く理解された。

だから緑内障が片付いたのである。
上歯痛に他の治療法を併用していたら、目は治ることはなかったであろう。
僕が抱く概念は目的を明確にし、治療はその目的を的確に射抜いた。
だから治ったのである。

治った?

そういう馬鹿げたことを口にするものではない。緑内障で失われた視力は二度と戻ることはないと、医学書に書いてあるのだから。

失明して40年の目が、たった一本の鍼で ! ?
タチの悪い詐欺広告のようなタイトルだが辛抱して読んでいただきたい。内容は至って真面目な症例検討である。中医学のアプローチ (鍼) によって、中心暗点が移動し、左目が見えるようになった。

ただし此処では、そのセオリーは無視される。

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