斜視と “ラムネー! ”

3歳。女児。2023年10月28日初診。

東京からの来院。

可愛い女の子である。お母さんのそばを離れないが、嫌そうにもしていない。それとはなしに、ちらちらと望診する。表証 (表寒証) があることが伺える。また気の上衝があることを見抜く。目を見ると、右目だけが右にあるいは上にずれる。なるほど、斜視である。

問診票を見る。
・食欲にムラがある。
・果物が好き。氷があると食べたがる。
・鼻汁 (粘・黄色) が出る。
・子供にしては大便が臭く、便器に付きやすい。

うろちょろしないので、ゆっくり話ができそうである。

「まず、なぜ斜視が起こるかを説明しますね。まず、ウイークポイントが目にあります。これは生まれつきです。人によっては皮膚 (アトピー性皮膚炎) にあったり、ノド (ぜんそく) にあったり、大人なら腰にあったり膝にあったり色々ありますね。」

顔をじっと見る。

「右目が右にズレますね。これは “左右” が不安定だから起こる現象です。左右にブレずに安定していたら、両目がバランスよくそろうはずです。三階建の建物があるとして、一階・二階・三階と同じ大きさなら安定しますね。でも一階が小さくて二階三階と大きければ、不安定になります。」

三階 (上) …頭部〜横隔膜
二階 (中) …横隔膜〜臍 (へそ)
一階 (下) …臍より下 (臍下丹田)

例えば、左肩・左腕・左足など体の左側ばかり痛いとか、めまいで左右にフラフラするとか、みなそうである。上に気が昇っているのである。こういうものは難しく考えなくても、気を下に降ろせば治る。臍下丹田に気を降ろすということは、それほど重要なことである。

斜視も、肩や膝の痛みも、治療の仕方は同じなのだ。

「今こうやってジッと見ていると分かるんですが、やはり気が上に昇っていますね。ここ (上) が電車の一両目、ここ (下) が電車の二両目とすると、上がギュウギュウで満員状態、下 (臍下丹田) はガラガラです。上がギュウギュウというのが、さっき言った三階が大きい状態ですね。実は、これを良くする方法があります。それは、継ぎ目を強くすることです。継ぎ目がしっかりと機能していれば、一両目のお客さんが二両目に移動することができますね。半分移動してくれれば、一両目も二両目もどちらも仲良く座ることができます。これがバランスの取れた安定した状態です。その状態になれば、左右の不安定さがなくなるので、斜視が治るということになります。」

「継ぎ目とは、中です。中とは、消化器のことです。消化器とは、胃や腸もそうですがこれらは食べ物を細かくするだけのものに過ぎません。肝臓ですね。肝臓が更に細かくし、再結合させて人体に変えてくれるのです。要するに、消化器の社長さんは肝臓です。肝臓が元気に仕事をしだしたら、継ぎ目が機能してバランスが取れるのです。東洋医学では、こういう働きのことを “脾” と言いますが。」

肝臓と、間食・食べ過ぎの話を詳しくした。煩雑を避けるため、詳細は下のリンクを御覧いただきたい。

“肝臓” を考える…東洋医学とのコラボ
肝臓には500以上の働きがあると言われ、様々な病気と関わる “主役級の臓器” です。と同時に寡黙で “沈黙の臓器” とも呼ばれます。これを往年の名優、高倉健に例えつつ、東洋医学ともコラボしながら、肝臓とは何か、病気の原因とは何かを考えます。

「要するに、間食が一番負担になるということです。もちろん一食一食の食べ過ぎも負担にはなりますが、間食よりはうんとマシっていうことが分かりますね? だから、間食をやめて、食後のデザートとして食事の続きでお菓子を食べたらいいです。食事の後はお菓子をい~っぱい食べたらいい。」

と、急にぐずり出した。

「ラムネ食べたい! ラムネ! ラムネ! 」

「いま無いの。ほんとうに無いのよ。」

「ラムネー! ラムネー! ラムネー!ラムネー! ギャーーー! 」

「お母さん、ほんとに無いの?」

「ほんとに無いんです。」

「おお、それは丁度いい。このまま泣かせてあげてください。ほっとけばいい。もう無いってことは〇〇ちゃんも分かっているから、返事もしなくていいです。泣いてるのは、いい運動をしていると思ってください。」

大声で泣きわめきお母さんの服を引っ張る。かまわず話し続けた。

「まず間食ね。泣いても放っておくといい。でも、お姉ちゃんが二人 (7歳と5歳) いるんですね。お姉ちゃんが横でお菓子を食べてるのに、この子だけ我慢させるのは、しちゃダメです。難しいでしょ? お母さんも間食しますね? お母さんが間食するのに、この子はダメっていうのもやっちゃいけません。お母さんがこの子に隠れて食べるのもダメです。すごく難しいことを言っています。この解決方法はちゃんとあります。後で言います。その前に、まだまだ “これダメあれダメ” があるので、まず全部言いますね。」

「マスカットー! マスカットー! マスカットー! ギャーーー! 」

「マスカットかー。いいもん食べてるなあ。」

「いえいえ、ゼリーです。」

「ああ、ゼリーも好きなんですね、なるほど。…でね、話を少し変えて、ここ (お腹) に器があるとします。食べたものは食道を通って、すべてこの器に入ります。器の容量を超えて食べすぎると、器からあふれてしまう。これが痰湿です。ドロっとしたものをイメージしてください。あふれたら、掃除しなきゃいけませんね。これが体のものすごい負担になります。掃除に手間がかかりすぎて、体を良くする力が削がれてしまう。するとドンドン生命力が落ちていきます。生命力が落ちるとどうなるか…。」

望診で、表証 (表寒証) があることを見抜いている。

「実は、現在この子は寒邪に取り囲まれています。なぜ取り囲まれるか。生命力が弱いからです。弱いと、いじめっ子に取り囲まれるんですよ。でも、そんな取り囲むようなやつは弱いやつばっかりです。でもそんな弱いやつらに取り囲まれるほど、もっと弱くなっているということです。少し強くなったら、逃げていきます。でも、それができない。強くなれない。なぜかというと、取り囲まれているからです。」

大阪城が取り囲まれた例え話をした。煩雑を避けるため、詳細は下のリンクを御覧いただきたい。

 
>> 隠れ表証と大阪城
  

「でも、食欲はムラがあって、食べたり食べなかったりするわけだから、食べすぎているわけではないんです。しかし、食べすぎていなくても痰湿があふれることがある。それは、器が小さくなることです。器が小さくなったら、勝手にあふれますね。じつは、この器とは胃袋のことではないです。先程話した、肝臓のことです。肝臓はたった3ヶ月で地球2周半もする血管を作るという話をしましたね。忙しいんですよ。にも関わらず、われわれは肝臓に、たった5分の仕事のために夜間の呼び出し出勤を強要する。これが「ほんの少しの間食」でしたね。ガクッと来るんですよ、ああ、もうやる気にならない。これが肝臓の仕事の許容量 (器) を小さくするんですね。で、ドバっとあふれる。掃除する。弱る。取り囲まれる。」

「マスカットー! ギャーーー! 」

「肝臓が作っているのは血管だけではないです。脳も、神経も、筋肉も、そしてこの目も、ね。やる気にならない肝臓の作ったものは、すこし不具合が出ても仕方ないんです。ところで、いつもこんなに泣くの? 」

「いえ、初めてです。こんなに泣くまでにあげちゃってるからだと思います。3人目なんで、いちばん甘やかしているかもしれません…。」

「これ、すごくいい経験ですよ。でね。まだまだあれダメこれダメを言います。もう少し辛抱して聞いてください。解決策は後で言いますから。」

「はい。」

「これから、取り囲んでいる寒邪を、遠い所に追っ払います。寒邪が取り囲んでいると、まず、寒邪は氷のように凝結させる働きがあるので、さっきの継ぎ目の話ありましたね、継ぎ目を機能させようと思っても凝結して動けなくさせるんです。つまり一両目はギュウギュウのままになってしまう。寒邪を取っ払って、まず継ぎ目が流通するようにします。」

「はい。」

「次に、寒邪が体を取り囲むと、体は魔法瓶のようになります。表面が冷たく、中が熱くなる。熱が逃げない。上がギュウギュウでそれでなくても熱を生むのに、それが外に逃げない。いま、すごく激しく泣いているのは、これも熱です。熱は上に上に昇ります。だから3階が大きくなって左右に不安定になり、斜視になる。それから熱でイライラもする。だから今泣いているんですね。泣いてなんとか熱を外に追い出そうとしている姿でもあります。」

「なるほど。」

「で、寒邪を遠い所にやるんですが、生命力がまだ弱いので、すぐに戻っててきしまうことがあります。それでは治療したのにもったいないですね。だから気をつけてほしいことが3点ある。それは…。」

煩雑を避けるため、下のリンクを御覧いただきたい。


>> 表証の養生… 冷えに取り囲まれた「カゼ」のような病態
 

「ラムネは甘いですね。これはギュウギュウになった “上” を、ホッとさせるんです。でも同時にあふれてしまうんで、余計に器はイッパイイッパイになってしまうんですがね。いま、すごく泣いたんで、ギュウギュウが熱に変わったんですね。だからそれを冷まそうと、マスカット味のゼリーが食べたくなっているんです。果物が好きなのもそういう理由です。」

「そうなんですか…。」

「今日は、東京から起こしですね。で、もうここに来ることは二度と無いでしょ? 」

「はい…。そうですね…。」

「遠方で通院もできないのに一度でいいから診てもらいたいという方がいますが、それは無理があります。本当ならね、週に2〜3回の治療が要ります。せっかく3時間もかけて初診をとっても、1回きりの治療だと、生命力が弱いから寒邪が戻ってきてしまうんですよ。で、戻らないうちに治療をする。そうすると、ずっと寒邪に取り囲まれていない状態が続く、これにそれだけ治療頻度が要るんですね。すると、生命力は勝手に強くなっていくんです。寒邪に取り囲まれた状態が続くと、これはね、生命力は強くなってこないんです。気になって身動きがとれないからですね。だから難しいんです。一回の治療で治すというのは。でもね、ぼくはアホやから、いい加減な気持ちで治療をしたことが、ただの一回もないんですよ。だから今日も、難しいと分かっていても真剣です。できるだけのことをしてしまうんです。」

ここまで、1時間以上、病状の説明をしてきた。ギャーギャー泣きわめく中、それに負けない大きな声で。

「で、あれダメこれダメ、いっぱい言いましたね。で、これね。ぜ〜んぶ理想です。理想は高いところにある。現実は低いところにある。その高い理想に向かって見上げているだけでいいんですよ。1ミリでもそれに近づこうとする。これが成長です。」

急に子供さんがビタッと泣き止んだ。もともと可愛らしい顔をしているが、ますます可愛い顔である。望診すると、表証が消えている。

「いま、取り囲んでいた寒邪が逃げていきました。だから泣き止んだんです。お菓子が食べたくてイライラしていた邪熱が、魔法瓶じゃなくなったので外に逃げて、冷静になってきているんです。お母さん、よく我慢したな。〇〇ちゃん、えらかったなあ、よく我慢した。えらかったなあ。えらかったなあ。ほら、今、目の焦点が合っているでしょ? 」

「あ、ほんとだ、わあすごい!」

子供はもともと素直である。欲しがるからと言って体に良くない物を簡単に与えると、もらえると思うからダダをこねる。食事時まで待つんだ…という「知識」を植え付ければ、素直だからすぐ根付いて育ち始める。そういう素直な子供でも、いちど覚えたダダをリセットするのは難しく、今回のように一時間以上泣き続けるという「時間」がかかってしまった。だが、大人ならば遥かに長い時間がかかる。三つ子の魂は百まで続く。いま、この子が得た知識を育てるには、親の良識と真の優しさが必要となる。ともあれ、正しい知識は正しい気の動きを生み出し、この子は本当の落ち着きを得た。上にギュウギュウだった気が、下に降りたのである。

「うん、さっきの話に戻りますね。植物を見てください。どの植物も皆、上に上に伸びようとしている。何に向かって伸びようとしているのか。そう、太陽ですね。太陽に届こうとしている。届かないのを分かっていながら、1ミリの成長を止めない。しかも、それだけで生き生きしていますね。太陽に届くから生き生きするんじゃない。1ミリ成長するから生き生きするんです。健康もおなじなんですよ。」

煩雑を避けるため、下のリンクを御覧いただきたい。

太陽にはとどかない、でも成長をやめない
成長とは何か。これを自然から学ぶ。植物の成長である。

今度はお母さんが泣き出した。

「ひっく、ひっく。ごめんなさい。なんか心に刺さってしまって…。本当だなって…。」

「それでいいですよ。お母さんも一緒に成長していけばいい。さあ、治療しましょうか。パンツ一枚になってくれる? うん、えらいなあ。素直に服を脱いで、えらいなあ。」

素直さ。これが人間の本性である。みんな、分厚いヨロイをまとってその本性を見えなくしているのだ。子供のヨロイは脱がせやすく、大人のヨロイは脱がせにくい。そしてその本性が露見すれば、「安定」という状態が演出される。安定とは健康である。それが人間の本性である。

中脘に金製古代鍼をかざす。補法。正気を補う。
左合谷に金製古代鍼をかざす。瀉法。寒邪を瀉す。

服を脱ぐ時、また斜視になった。これは緊張したからだろう。しかし、また焦点が合う。完全に焦点が合うことは一度もなかったのに、である。落ち着いているのだ。気が下がっているのだ。左右のバランスが整っているのだ。

「えらかったなあ。今日はな、ごはん食べてから、ラムネとマスカット、いっっっぱい食べな。いーーーっばいやで ! ? 」

「うん。ラムネ食べる!」

「そう、それでいい。」

「本当に来てよかったです。」

「僕も診てよかったです^^」

「続けてこないと意味がないですか?」

「そんなことない。来れる時、来てくださったらいいですよ。 “できるだけ” です^^」

お子さんは澄んだ目で、キョトンとした顔。
お母さんは泣いたまま、笑顔で退出された。

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