お尻も痛いけど膝も痛い! … 1つにまとめて芋づる式に

81歳。女性。

困った人がいれば放っておけない御人柄。僕にとっても、何くれとなくお世話くださる恩人である。お届け物はもちろん、四季折々の手作り惣菜など、いただいた品は数知れず、ご紹介で来ておられる患者さんも多い。お困りの時は、早朝に往診に立ち寄り仕事に向かったこともあった。

そんな関係なので、遠慮会釈もあらばこそ、丁々発止の激論が勃発した。
2026年2月18日。

「はい、うつ伏せになって。」
「先生、膝痛いですねん。」
「それは後。昨日尻もちついてお尻 (仙骨) 痛いって言ってたやろ? そこからまず診ます。」
「ゆうべトイレに起きたら右の膝がブチッと鳴って、それから痛うて痛うて、ちょっと動かしただけでも…」
「まずお尻からです。順番。」
「痛いねん…診てよ…」
「それがあかんねん! あれもこれもいっべんにでけへん! まず昨日のことからちゃんと片付けてからです。昨日はお尻が寝返りもできないくらい痛い痛い言ってたやろ? 後で膝もちゃんと見るから。はい、うつ伏せになって。」
「おしり…あれ? 痛くないな…。膝のここですねん、こう寝返り打つだけで膝が…。」
「痛いのはもう知ってる。これから知ろうとしているのは体の状況です。もう診察は始まってますので。集中させてください。」

【いっぱい言っても得にはならない】
症状をあれもこれもと、いくつも言う患者さんがいる。こういう人は良くならない。永遠に新しい症状が生まれ続ける。当該患者も、めまい・耳鳴り・腰痛・膝痛、そして一昨日は尻もちまでついて骨折しているかも知れないのである。
いくつもいくつも、言えば言うほど、生命力は分散されて集中できなくなる。体も、我々と同じなのである。一度にあれこれできない。一つ一つ片付けていく必要がある。今日、一番つらい症状は何か、それを1つにまとめる。それをさらに短くまとめて僕に伝えるのである。そうやって、「まとめる」という努力を怠らなければ、いずれ症状は一つにまとめられ、そして消えてゆく。いっぱい言ったほうが得だと考える人がいるが、逆なのである。いっぱい言いたいことは、初診に3時間もかけて、いっぱい伺っている。2診目以降はまとめて一言で伝える。いっぱいと一言、これも陰陽である。

ちなみに、症状を言わなければ治らないかと言うとそうではない。かつて、めまいで仰向けになれないものをその場で治したが、すると毎夜続いていたこむら返りがそれきり収まり、40年間失明していた目が翌朝から見えるようになったのである。生命力が分散していない人 (1つにまとめられる人) は、親づるの根元を引っ張るだけでイモがづるづるゴロゴロ出てくる。生命力が分散している人 (あれこれ言う人) は、つるを引っ張ってもすぐにちぎれてしまい、たった1つのイモすら収穫できない。

よって当院では、初診でいろいろ伺ったうえで、2診目からは訴えは1つに絞るよう指導している。神経質な患者さんは、こういうトレーニングを経て落ち着いてくる。ただし僕は初心の頃、11時からの患者さんの話を2時が過ぎても聞いてあげたことがある。一人や二人ではない。何度もある。これくらい患者さんに寄り添うことができる (自らを犠牲にできる) からこそ、1つに絞る指導もできるのである。初心の治療家の方には、そこは間違えて欲しくない。昔の僕はあれこれ徹底的に聞いて、それらをそれぞれに解決する力量を身に付けていったのである。

うつ伏せになってもらうのは、その動作でお尻の痛みがどの程度引いているかを診るためでもある。昨日はお尻の痛みで寝返りが打てなかった。骨折の可能性もあったが、竅陰の実の反応を取ったので、今日は叩打痛も治まってきている。そして、あらかじめ仰臥での診察で、今日の病態はすでに見抜いている。

右陽陵泉が虚しているのだ。
胆 (たん) が弱っているのである。

「はい、仰向けになって。右膝ですね。どれどれ。」
「膝が痛いですねん…。膝に力が入らなくて…。」

正気スコア (流れ) を診る。
任脈は2cm下。
仙骨も2cm下。
右膝のみ5cm下。ここだけ極端に悪い。その原因は?

胆であると見た。

「昨日の治療がどれだけ効いて、それで今日何が悪くなってるか、集中して診てるんですよ。僕が集中してるのに、あれこれ口を挟むと僕の気が散るでしょ? 気が散ったら、いい治療ができないですよね? それはお互いに損なことです。もともと怖がりなんでね、このまま歩けなくなったらどうしようとか、孫のところへも行けなくなったらどうしようとか、ご飯ごしらえはどうしようとか、あれこれ色々と不安でしょ? でもね、それをやればやるほど生命力があちこちに分散して、どれもこれも虻蜂取らずになるんです。まず、昨日尻もちついてお尻が痛いなら、まずそこに集中する。今日はそれをする必要のある日です。それで、また新しく膝を痛めたなら、そのお尻をまず片付けてから膝に集中する。これに集中する、という「決断」です。その後、お尻か膝かどちらに集中したほうがいいかを判断 (決断) する。歩けないとか孫の顔とか、いま考えてもしても仕方ないことは相手にしない。そうやって生命力を一点に集めるんです。それが効率もよく、得なことなんですよ。」

これは、胆の説明でもある。
ここで、右陽陵泉を一瞥する。虚の反応が消えている。

今の話で、胆が整い強くなったのだ。

流れは?
右膝が2cm下まで一気に回復。任脈とそろった。

「もう1回うつ伏せになりましょう。」

さっきよりもスムーズ。

「はい仰向けになって。そうそう、いま膝の痛みは? さっき寝返りでも痛いって言ってましたね?」
「あれ? 痛くないですわ。」
「そう。今の話ね、いい話やったんや。体も、 “そうや、そうや!” って言ってる。だから痛みがましになったんですよ。」

いま流れは膝・仙骨も含めて全て2cm下にある。2cm下は、1cm下 (可もなく不可もなく) よりも「やや悪い」である。
これを「良い」の状態に持っていきたい。

百会に一本鍼。

抜鍼後、流れを診る。
任脈も膝もお尻も、皮膚裏面 (やや良い) まで回復している。
全体を良くすることで、局所 (膝) も良くしたのである。

「今日はね、胆が弱っていたんです。もう回復していますが、念のためブログを読んでおいてください。織田信長の話、したことあるの覚えてます?」
「はいはい、覚えてます。」
「後でもう1回ブログ読んで思い出しておいてください。胆とは、1つにまとめる力です。1つにまとめることを決断といいます。いい決断は、いい未来につながりますね。いい未来とは、健康のことです。」

【胆を強くするための説明…織田信長の話】 をご参考に。

その後の経過は受付スタッフから聞いた。
「楽にさせてもらいましたわ。あんなことばっかり言うてたらあきませんなあ。」
おだやかな言葉を残して帰って行かれたそうである。

二日後、2月19日に再来院。膝もお尻も良経過。
「楽にしてもらいましてん。ひざもお尻も大丈夫です。耳鳴りがちょっとあるかなくらいで、後は落ち着いています。ありがとうございます。」


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