舌診の変化

鍼を打つと、その場で体に良好な変化が見られることがある。

それは、患者さんの自覚症状の改善だけでなく、施術者による他覚的な証候の改善が同時に見られるものである。他覚的な証候の改善とは、例えば脈やツボの反応の改善である。

むろん舌診もそのうちの一つである。

ただし、写真にも取れる舌診は、写真に取れない脈やツボに比べて「物質的側面」が色濃く、誰にでも分かる変化が見られるとは必ずしも言えない。

そんな中で、鍼を一本打ってわずか5分後に、目に見えて改善した例を挙げてみよう。

陰虚舌 (苔が少ない) に苔が生える

2020年5月8日診。

女性。72歳。坐骨神経痛。3ヶ月前からリリカ75㎎を服用中。
体を伸ばすと痛い。横 (仰向け) になると痛みが増すため、ベッドで治療できない。イスに掛けてもらって治療を行った。

画像からも分かるように、紅舌・少苔・乾燥があり、陰虚がある。

1枚目の写真が治療前のもの、2枚目が鍼を打って5分後のもの、3枚目が鍼を打って20分後のものである。

用いた穴処は右外関のみ。2ミリ刺入し5分間置鍼後に抜鍼、その後15分間休憩し治療を終えた。外関は陽維脈に属し、陽の器を大きくして邪熱 (器に入りきれない陽気) を正気 (陽気) に変える働きがある。正気としての陽気は、気滞 (邪熱の原因) をめぐらせる働きをする。邪熱が本疾患の主要な原因である。

邪熱 (強すぎる陽気) によって舌苔が失われる様子は、乾いたサバンナにまばらな草しか生えていない様子に似る。邪熱が和らいだため、慈雨を得た草のように苔が生えだしたのである。

痛みは徐々に軽減し、7診目でベッドで仰向けになって治療ができるまでに回復、2年あまりの治療を経てリリカを用いなくとも痛みなし。

横は陰である。縦は陽である。人間は夜 (陰) は横になり、昼 (陽) は縦になる。痛くて横になれないというのは、かならず陰の不足がある。

湿盛の膩苔 (苔が多い) が少なくなる

2022年9月13日診。

男性。34歳。39℃の発熱が4日続き、熱はやや下がったが体調が悪く、食欲があまりない。

風寒が脾陽を抑え、痰湿が増えた状態である。

左:治療前  右:鍼を打って5分後

用いた穴処は百会のみ。1mm刺入し5分間置鍼後に抜鍼、その後10分間休憩し治療を終えた。

治療の後、まもなく食欲が戻り、体調は元に回復した。

薄苔・少苔 (無苔) ・厚苔

舌苔とは、畑に生える雑草のようなものである。多すぎても少なすぎても良くない。適度に雑草が生えているのが良い畑であるように、適度に薄い苔 (薄苔) が生えているのが良い舌である。

砂漠のような畑 (水分や陽分を保持できない痩せた土壌) だと雑草は生えてこない。ゆえに作物 (生命力) も育たない。これが陰虚における少苔 (無苔) である。

肥えた土壌でも、耕さなければ (気がめぐらなければ) 、雑草 (痰湿) が作物 (生命力) に勝ってしまう。これが湿盛である。厚苔となる。

雑草も生えないような畑では作物は育たない。
雑草に覆い尽くされた畑でも作物は育たない。

血虚舌 (舌の色が薄い) に赤みが出る

2023年3月3日診。

女性。30歳。数値として、貧血がハッキリしている。ピルで月経を止めて貧血の数値を改善するよう勧められている。

数値的にも明らかに血虚があり、典型的な血虚舌である。

特に左の写真は血の気がない。苔の少ない部分に見える舌体が、半透明状になっているのが分かるだろうか。まるで赤いゼリーのようである。この半透明さをもって血虚舌の特徴とするのは僕のオリジナルである。気虚舌 (ただ単に白い舌) との判別が容易となるだろう。

むろん、血虚と気虚は必ずと言っていいほど同時に存在するが、同時に存在した場合に、どちらがメインとなるかを考えるうえでも参考になると思う。

気虚>血虚 →気虚という
血虚>気虚 →血虚という
気虚=血虚 →気血両虚という

この患者さんは、多少の息切れ (気虚証) はあるものの、非常に元気であり、仕事で徹夜もする。これは血虚証の特徴である。血虚>気虚である。

左:治療前  右:鍼を打って5分後

用いた穴処は百会のみ。1mm刺入し5分間置鍼後に抜鍼、その後10分間休憩し治療を終えた。

治療後の右の写真は、左に比べて血の気が出ており、赤みが増している。

さらに、半透明の赤いゼリーのような色調ではなくなった。絵の具で赤い色を塗ったような、透過性のないシッカリした色調になっているのが分かるだろうか。

淡紅舌・紅舌・淡白舌

舌の赤みとは、温かさを示す。適度な暖かさは生命をはぐくむ。
赤は暖色 (火をイメージ) である。白は寒色 (氷をイメージ) である。

氷は凝結で「生命休止」を意味する。火は躍動で「生命活動」を意味する。だから血は赤いと考える。

赤すぎる舌は邪熱である。白すぎる舌は冷えである。
適温 (正常) はピンクである。正常舌はピンク色で、これを淡紅舌という。

血は燃料である。燃料をつかって生命は萌える。正しいことに生命をもやすのが「温かい命」であり、淡紅舌となる。
変なこと (空ぶかし) に生命をもやすと必ず萌え過ぎる (邪熱) 。それが長期に渡るとガス欠 (燃料不足) となる (陰虚) 。短期で邪熱が燃料をおびやかすこともある (営分証・血分証) 。これらはすべて舌が赤くなる。赤い舌を紅舌という。
また、燃えなければ舌は白くなる (気虚・陽虚) 。血が足りずに燃やすものがなくなっても舌は白くなる (血虚) 。白い舌を淡白舌という。

まとめ

・陰虚の少苔舌
・湿盛の膩苔舌
・血虚の淡白舌

これらにおいて、鍼をしてわずか5分で明確な変化が見られた。今回は、たまたま写真に収めることができたものを紹介したにすぎない。

上記の舌の変化は、鍼に「気を動かす大きな力」があることを示す資料となり得る。

舌や顔面気色診は、写真に撮れるので有り難い。特に舌は撮らせてもらいやすい。中国伝統医学で唯一視覚化できるものではないだろうか。ただしそれだけに瞬時の変化は出にくいが、正しく治療をすれば長い経過の中で必ず良い変化が出る。インフォームドコンセントに不可欠である。

瞬時の変化が出るのは、やはり写真に撮れない診察術、脈診や切経である。舌診も、写真に撮れない部分に、かなり深い診断術がある。画像では示せない世界、結局は「気の診察」という部分がほとんどを占めるというのが、中国伝統医学なのだろう。

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