寒邪による腰痛

12月上旬。一旦寒くなっていたのに、最近、調子はずれに温かい。そんなある日の臨床である。

60代、女性。

問診はせずに、まずは望診・脈診・腹診。

お腹を診ていると…。

「イテテテ… 」
「ん? どこが痛い? 」
「腰が痛いんです。背中も。じっとしていても痛くて痛くて… 」
「いつから? 」
「おとといから… 」
「ふうん。」

いつもより口臭がひどい。

上肢の切経、下肢の切経。
寒府に邪がある。これは寒邪の影響があることを示す。冷えである。
豊隆の邪の面積がスネ全体に広がっている。痰湿の影響がある。体液の滞りである。

「はい、うつ伏せになって。痛いのはどの辺? 」
「イテテテテ… 真ん中より少し右が… 」

痛みでうつ伏せに時間がかかる。腰を診ると右大腸兪に邪がある。邪の内訳は… 邪熱である。

寒邪・痰湿・邪熱。さあ、どう見る。

「なんか、 “さむっ” てことなかったですか? 」
「昨日、孫の参観で、スリッパ忘れていって、それで足が冷たくて…」

ほう、それは冷えるな。寒府の寒邪は? 変わっていない。邪は同じようにある。つまり、参観は原因ではない。それが原因なら、この会話で邪が消えてしまうからだ。

「でも、すでにおとといは痛かったんだから、参観は本当の原因ではないですね。なんかないですか? 例えば寝冷えとか。寝ぼけている時は寒くても気づかないので、夜が怪しいんですけど。」
「さあ、夜はエアコン入れて寝てるし…」

エアコン? そんなに寒くないのに? 聞けば、孫と一緒に寝ていて、孫がフトンを蹴ってもカゼを引かないように、エアコンを入れるらしい。

「夜中、暑くてフトンから腕を出してるってことはないかなあ。」
「ああ、それはあるかもしれません… しっかり分厚い布団を着てますから。」

寒府を診る。邪が消えた。これが原因だ。このようにして体は、原因を僕に教えてくれる。

「原因はそれですね。掛け布団は何枚ですか?」
「フトンと、それから毛布を2枚です(笑)  温かくしないといけないと思って…。」

一旦寒くなったので、掛け布団が分厚い。床に就いたすぐはフトンが冷たいので掛け布団を分厚くしたくなるし、分厚くても暑くない。しかし、夜中になると体温で温まって暑くなる。その時に腕を出す。気温はそう低くはないと言っても、さすがにフトンなしの生身では冷えてしまう。

この時期、そういう冷えが多い。これが持病を悪化させる。

掛け布団は、就寝時の寝室の気温や、明日の最低気温に気をつけながら、一枚少なめにしたり、少し下にずらしたりなど、工夫が必要だ。

例年なら、一度寒くなったらドンドン寒くなるだけなので注意する必要がなかったものが、今年に関してはそうはいかない。気候が順当でなくなると、それに合わせて対処せざるを得ないのである。

以上がこの腰痛の原因 (病因) である。

「上にかけてる毛布、一枚だけ ずらすか どけるかして工夫してください。」

「なるほど…。ハイ、そうしてみます。」
「うんうん、今の気持ちでいてくださいね。はい、もう一度うつ伏せになってみて。」
「ハイ… イテッ、でも…あれ? マシですね。」

寝返りが機敏になっている。原因が分かるだけで、寒府の邪が消え、豊隆の邪が消え、大腸兪の邪が消えている。腑に落ちたからである。こういう改善があれば、症状もマシになっていてもおかしくない。

これは原因を取り除いているので、本来であれば本治である。だが、まだ鍼を使っていない僕にとっては標治である。もっと根本の原因があり、それを鍼で動かす。

その前に病理を説明する。

まず、冷え→邪熱について。

冷えは熱をこもらせる。わかりやすい例えが「魔法瓶」である。魔法瓶は表面が冷たく中身は熱い。もしペットポトルなとの容器にお湯を入れたならば、表面も中身も熱く、そしてすぐに冷める。熱が外に外に発散しているから、表面が熱いのだ。

普段から邪熱を生んでいたとしても、魔法瓶でさえなければ、少しずつ邪熱は外に逃げている。だから大ごとにならずに済んでいる。

ところが冷えが入るとどうなるか。表面が冷たくなる。つまり魔法瓶状態になるのである。そのために中身の邪熱が逃げられず、こもってひどくなる。これが右大腸兪の邪熱の反応であり、今日の腰の激痛の正体である。熱がこもって炎症が起こっていると言えばわかりやすいだろうか。

次に、冷え→痰湿→邪熱について。

冷えは体液の流通を悪くする。温かいお湯で食器を洗うと流れ落としやすいが、冷たい水だと落ちにくいのと同じである。体液循環が悪い状態を痰湿という。循環が悪ければ邪熱は余計に冷めにくくなる。ドロドロの八宝菜は冷めにくいが、サラサラのおつゆは冷めやすいのと同じ原理である。かき混ぜるともっと冷めやすい。

腰痛も口臭も邪熱が原因である。

鍼は…。

百会。5番。補法。5分置鍼。抜鍼後15分休憩。その間、痛みなし。

ともすると寒さを感じないのは、毎日の生活がスピードオーバーになっているからだ。これを疏泄太過という。スリッパを忘れたのも、フトンを着過ぎているのも、偶然ではなく、それを表現している可能性がある。これを治療するのが本治である。

高齢者の頻尿… “疏泄太過” の手引 をご参考に。 (初心者用)
疏泄太過って何だろう をご参考に。 (専門家用)

治療後、再度うつ伏せになるよう促すと、難なくスムーズ。

よかった。ありがたい。

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