65歳。女性。2022年6月21日初診。
37歳のときに突然右股関節に激痛、歩行困難となり、変形性股関節症と診断を受ける。
それ以来、右股関節が常に痛い。悪化しては激痛、緩解を見ては悪化を繰り返す。
現在、朝の歩行困難と持続する痛みがある。診察ベッドでは膝を伸ばすことができない。
変形性股関節症は、大腿骨と骨盤の間にある軟骨がすり減る病気です。軟骨は一度すり減ると再生しないと言われており、加齢とともに軟骨がすり減り続ける進行性の病気です。
昨年ご夫君が亡くなり、ご夫君の田舎の実家の草引きや整理など、責任が双肩にかかる。実家までは来るまで1時間ほど係る場所にあり、法事はそこで行っている。法事のたびに草掃除や片付けなどの重労働があり、そのたびに悪化する。
いずれ手術をすることになるかと思うと不安。
先天性股関節脱臼の既往がある。
初診…6/21
天突を望診し、寒邪に取り囲まれている状態 (表証;表寒証) があると診る。
右股関節を切診し、瘀血〜痰湿の邪気があると診る。体中にある邪気が、氷山の一角として股関節に出ているのである。
おもちを想像するといい。もちは、鏡餅のようにカチカチに固いものもあり、つきたての餅のように柔らかいものもある。固いものは瘀血、柔らかいものは痰湿である。臨床上、瘀血と痰湿は同時に存在することが多い。すなわち、中心部分がカチカチの瘀血で、表面は柔らかい痰湿である。中心部分のほうが古くに形成されたもので固く、表面は新たにできたもので柔らかい。表面に新たな痰湿が加わり、雪だるまのように大きくなるとイメージする。中心部分は古くなればなるほど固くなり、瘀血と化していく。
津液は浅く、血は深い。浅い部分は柔らかい痰湿となり、深い部分は固い瘀血となる。慢性固着化すればするほど、病は深い部分を犯し始める。それが血の領域であり、骨の領域である。骨の領域、しかも人体で最も大きな関節である股関節を犯すのである。
非常に固く巨大な餅の塊であると考えてよい。
よって、
- 表寒裏湿証
- 痰湿阻絡証 (脾虚湿盛による)
- 瘀血阻絡証
が認められる。体を取り囲んだ寒邪は、痰湿を冷やしてより固いものとする。餅が冷えると固くなるようなものである。こういう要素が股関節の瘀血をますます増やしていくのである。まず、表寒を取り除くことから始めなければならない。
パトリックテスト陽性。というより、脚を4の字に組むことすらできない。股関節を屈曲しただけでも痛みがあるのだ。
ただし、これらよりも注目すべきは脊中起立筋である。背中の筋肉に触れるとフニャフニャで力がない。手をかざしてみると、後頭部の真中付近までしか気が至っていない。これは、立って歩く力が完全に備わっていないことを示す。
乳児の発達を考えると分かるように、まず乳児は首が座り、そして寝返りをしようする。これは脊中起立筋を鍛える姿でもある。その後、ずり這い・四つん這いとだんだん脊中起立筋を強くしていき、最後で立ち上がり歩行できるようになる。
脊中起立筋の気に欠落があるということは、歩く力に欠落があるということを意味する。つまり、督脈・太陽膀胱経の脈気が足りない。この脈気の出どころは脾 (気血生化の源) である。後天の気 (脾) が先天の気 (腎) を補うことができないということは、脾に弱りがあることを示す。それが脊中起立筋の筋肉 (=肌肉) の弱さが雄弁に物語る。脊中起立筋の弱さは、脾虚があるために腎虚を補えていないことを示す証候なのである。
ただし脾虚があっても、本人は食欲不振などの脾虚の自覚症状がない。これは疏泄太過があるからである。本人は、自分の生命力や筋力が弱いという自覚がないのだ。だから股関節に負担がかかって痛くなるのである。
【当該患者の股関節悪化原因の例】
- 片付け・草引きを頑張りすぎる >> 脾気を弱らせる
- 重いもの持つ >> 腎気を弱らせる
- 寝冷え >> 寒邪が痰湿を固める
- 仕事で1時間立ちっぱなし (教育関係) >> 脾気を弱らせる
- 長時間歩く >> 脾気を弱らせる
百会に3番鍼、5分間置鍼。
2診目…6/24
股関節は相変わらず痛いが、それ以外 (上半身) はすごく楽。
7月の一周忌、そして初盆に向けて、週末ごとに実家に出向き、草掃除や片付けをしている。
百会に5番鍼。5分間置鍼。
9診目…8/16
初盆が済んで、やっと落ち着いた。この間、痛みが出ては治療で落ち着くということを繰り返す。
百会に5番鍼。5分間置鍼。
8/16 ウォーキング5分間指導。
8/29 ウォーキング10分間指導。
9/13 ウォーキング15分間指導。
13診目…9/20
友人と神戸に遊びに行った。1万3000歩歩いたが疲れなかった。
百会に5番鍼。5分間置鍼。
9/27 ウォーキング20分間指導。
15診目…10/4
実家の片付け。重いものを持ってその夜は股関節痛が出た。
翌朝には取れていた。
右脾兪やや上方に5番鍼。5分間置鍼。
19診目…11/8
この日の治療は以下リンクにまとめた。
リンクのような「心のあり方」も折に触れて指導した。心のあり方が適切でないと「考えすぎ」が起こる。考えすぎが起こると、「燃料」の浪費につながる。燃料とは「血」のことである。血は股関節を始めとする各組織の材料になるものである。
11/24 ウォーキング25分間指導。
28診目…1/19
旅行から帰ってきたら股関節が痛かった。でももう大丈夫。
百会に5番鍼。5分間置鍼。
34診目…3/9
前回治療で寒府に反応、寝冷えを疑う。布団干しを指導し、干してから股関節の調子がいい。
百会に5番鍼。5分間置鍼。
ウォーキング30分間指導。
46診目…6/10
股関節に少し違和感。
足三里に実の反応があるため、食べすぎに注意をうながす。
百会に5番鍼。5分間置鍼。
61診目…10/14
生徒の遠足に随行、股関節が痛くなった。ふだんなら小走りできるのに、その日は痛くてできなかった。診察すると、表証がある。遠足による労倦により正気が弱ったため寒邪に犯された。寒邪を取り去るべく治療を行う。
百会に5番鍼。5分間置鍼。
79診目…3/26
以降、61診目の10/14から、翌年3月26日現在まで痛みらしい痛みは出ていない。
68診目 (12/16) では、2日連続で仏閣巡りをしたが、股関節の痛みは出ず、うれしかったとのご報告を頂いた。1日目は奈良の石光寺・当麻寺、そして2日目は京都の高台寺・青蓮院。
5ヶ月間に渡り、痛みが出ることがなかった。歩きすぎる (一万歩) と左右足の裏がジンジンすることはあるが、股関節はさほど痛くならない。
「2年半前 (ご主人が亡くなった頃) は、寝返りも打てず、ビッコを引いて歩いていたのに、こんなに歩けるようになるなんて本当に信じられないんです。お医者さんからは手術を進められていたんですが…。」
この日、思い切ってパトリックテストをしてみた。膝を立ててもらい、こわごわ外転させる。と、まず足を4の字に組めたことに驚いた。初診時は少し外転させただけでも痛かったので、ガラス細工を扱うようにしてきた。
「これで痛くない? 」
「いえ、ぜんぜん…」
膝を僕の手で軽く押す。
「これは?」
「え? 全然痛くない!」
さらに強く押してみる。
「これだと? 」
「わっ、全然痛くないです! 筋肉が突っ張る感じはありますけど、股関節は痛くないです。え? 信じられない!」
御本人も、足をこのように組むということをしてこなかったのだろう。
整形には通院していないのでレントゲンでの所見は不明だが、股関節の状況が大きく好転したことは確かである。筋肉が股関節を守っている可能性が高い。
治療とウォーキングを、根気よく続けられたのである。このウォーキングは、時間を脈診で判定している。だから筋肉を疲れさせない。体を疲れさせない。逆に筋肉と体を強くする。そうした「土台」から強化した結果、その力は股関節にまで及んだのである。
百会に3番鍼。5分間置鍼。
いつものように鍼を一本打ち、治療を終えた。
体を取り囲んだ寒邪は、魔法瓶 (表面は冷たい) のように邪熱を閉じ込める。この邪熱も、股関節の炎症として現れ、痰湿を乾かして瘀血を作っていく。二重の意味で寒邪を取ることが先決になる。