体の内側が、知らない内に弱って崩れていく。脊髄圧迫骨折に限らず、ガンなど内臓疾患の多くも、このパターンに陥っている。見た目と中身。中身が大切である。中身さえシッカリしていれば、見た目はおのずと備わる。見た目重視になると、中身がついてこなくなる。これは真理であるが、この真理が脊髄圧迫骨折に関わるという話である。整形外科的な視点とは大きく異なる。
82歳。女性。2022.1.9初診
教育職を経て、5年前から夜勤もある施設で働いている。
何でも一生懸命で、全力を出し切る性格。
12月3日〜26日までの治療経過
昨年11月22日、トイレ掃除をしていて立ち上がる際に背中に激痛。動けなくなる。圧迫骨折 (胸椎) の診断を受ける。自宅で療養に専念する。
当院初診は12月3日。痛みで身動きが取れない状態だったが、6回の施術を経て、7診目 (12月26日) は、片道40分を自分で車を運転して来院するまでに回復した。
まあ、圧迫骨折は安静にしていれば治る。要は、なぜ骨折が起こったかである。骨粗鬆症が原因だなどと、ありふれたことを言うつもりはない。
極端なのになると、正座で年賀状を書いていて骨折したケースもあった。本来であれば年賀状を書く力がない。にも関わらず書けてしまう。そのスピードに体が追いつかない。だから骨が持たない。骨 (内側) を強くする力は求心力である。筋肉 (外側) を強く働かせるのは遠心力である。遠心力が強すぎて求心力が持たない。ハンマー投げならば、ハンマーが重すぎて、それを引き留める握力がもたない。だから回転運動が崩壊するのである。
遠心力とは、金遣いである。求心力とは、預金残高である。金遣いが強すぎると、残高が弱くなるのである。外見 (そとみ) は立派。中身 (なかみ) はスカスカ。だから座っているだけでも骨折する。
お金も生命力も、持っているだけではダメだ。運用してこそ値打ちがある。
ただし預金も生命力も、中身が無くなってしまうほど使ってはダメである。
骨折による痛みがあれば、生命力を使わない。痛みがなくなれば「もとの浪費グセ」が出てしまって生命力がなくなりかけるほど使っててしまう。生命力の弱り、それをここでは「疲労」と呼びたい。以下の経過を見ていただくと分かるように、当該患者は「もとの浪費グセ」が出てしまい、またぞろ「疲労」をひどくすることになる。
骨折は安静にしてさえいれば治る。骨折の痛みは「安静」を大きく手助けしてくれる。よって痛い間は「クセ」は影を潜めてはいるが、さあ、痛みが取れたときにどうなるか。
この「クセ」は、圧迫骨折を起こす多く患者で見られる特徴である。その「クセ」が治らず、ガンになった方もこれまでに数多く経験している。「クセ」を治せるかどうか。圧迫骨折で本当に必要とされるのは、そこである。
1月9日の診察
年も開けた1月9日の診察。来院は久しぶりである。
顔面気色が全面で沈む。
右合谷に虚の反応。
左意舎に虚の反応。
これらの反応が揃っている。これは「押入れ」に疲れが入っている状態である。
良くない反応だ。
腹診すると右滑肉門周辺に大きな内出血がある。身に覚えがないらしい。
聞けば、仕事に復帰したという。骨折で休んでいた間に、かわりを務めていた方がダウンし、それで頼まれたらしい。この歳で役に立てることに感謝して引き受けた。いきなり4日連続で勤務し、そのうちの2回は「泊まり」だった。特に何事もなく仕事がこなせたと喜ぶ。
「押入」に疲れが
「押し入れに疲れが入っています。つまり、疲れがあるのに自分では分からないんですよ。借金は定期的に返していくのがいいんですが、一度に返せと言われたら首が回らなくなることがありますね。だから、疲れをためるのはよくないんです。」
「ああ… そうですか…」
その瞬間、気色が眉間から鼻から口にかけて浮いてきた。
「今ね、その疲れが少しずつ取れてきています。この気持でいてくださいね。」
「え? そうなんですか?」
「押し入れに目が向いたからです。向き合ってさえいれば片付いてきます。テーブルの上とか、床の上とかが散らかっていたら、目につくでしょ? だから勝手に片付く。でも、押し入れは意識してのぞき込まないと、どうなっているか分からない。だから片付きにくいんです。でも、 “ここにつかれがあるかなー” って意識すると、片付くんですよ。」
「そうなんですか…」
「そこに段差があるかもしれないって思っている人は、段差でつまづくことはありませんね。でも、段差のことなんて考えもしないならば、段差でつまづくことになる。油断がないのはいいことです。今のこの気持でいてくださいね。」
そもそも圧迫骨折というのは、押入れに疲れが入るから起こるのである。本当は骨折を起こすくらいに中身がボロボロになっているのに、それに気づいてやれない。気づいてやれないのは、興奮状態にあるからである。疲れがあるなどとは思いもよらない状態こそ、興奮状態である。興奮している人は、興奮していることに気づけない。足元が見えず、気持ちは常に外に放散している。興奮していることに気づいた時点で (足元が見えた時点で) 、冷静な人である。
内出血は肝
さて、次に腹部の内出血 (皮下出血) だ。出血の病理は大きく分けて
・脾不統血 (隠白で診断)
・肝不蔵血 (大敦で診断)
・血熱妄行 (三陰交・血海などで診断)
・瘀血 (三陰交などで診断)
が挙げられる。
カッコ内に付記したのは、先哲の教えからヒントを得てぼくが独自に得たものである。ぼくが一番楽にできる方法を見つけたものなので、他人がやろうとしてもむずかしいと思う。学生のころテスト前に、僕が作った「暗記用まとめ」を友人が欲しがったのであげたが、僕の成績はよかったが友人の成績は悪かった。当たり前である。
はたして、大敦に反応があった。肝の疏泄太過となって気滞化火から出血を起こしている。血は温かいから動く。温かさを通り越して熱になると、血は動きすぎてコースアウトする。それが出血である。熱血漢の血は猪突猛進、血管の壁を突き抜けて飛び出すのだ。
養生指導
「仕事で4日も家を空けると、家の仕事が溜まっていて、今日もバタバタしていました。」
「八分でいきましょう。九分までやるとやりすぎ、七分だとサボりすぎです。八分というのは二分の余裕がありますね。だから持続可能。一度にやってしまおうとするのは自然の理法に背きます。砂漠みたいなところに木の苗を植えて、次の日になったらジャングルになってたなんてことはありえないですね。自然はコツコツ、1mmずつです。」
「はい。」
「家で用事するなら、ここらへんが八分だなとおもったら、5分間でも1分間でもいいから、横になってください。勤務中なら腰をかけて、1分でもいいから目を閉じてください。横になる(水になる)のも目を閉じるのも、陰の状態にする方法です。すると新しい陽 (活動力) が生まれます。一日に何度もやるといいです。」
「分かりました。」
鍼で気を下げる
百会に鍼。5分置鍼。
「先生、さっきまで足がヒエヒエやったのに、急に温もって、全身ポカポカになりました。」
興奮状態が落ち着きを取り戻したのである。
足元が見えだしたのである。
気が下がったのである。
腎 (骨) が補われたのである。
腎主身之骨髓.《素問・痿論44》
鍼だけが効いたのではないことは明白である。
圧迫骨折だけを治しても意味がないことも明白である。