54歳。女性。兵庫県在住。
2025年の猛暑も過ぎ去ったある日、電話があった。9/22の1日で計4回の治療をしてほしいとのこと。訴えは大腿部のタダレと痒さ。
つまり、その1日で治してほしい…ということ。
カルテを見ると、前回治療から1年弱が経過している。
なるほど、おもしろいじゃないか。
というわけで当日が来た。
「太ももが痒いんです。夜も寝られないんです。1ヶ月前からで、だんだんひどくなってくるのでお電話させていただきました…」(泣)
診れば、大腿部内側が3箇所タダレている。原因は? と聞くと、3ヶ月前に夫とのトラブルから怒りがあるとのこと。この部位 (股間付近) は肝経湿熱の好発部位である。
ストレスによって肝鬱を起こし、それに伴うストレス食いで痰湿を生じ、肝鬱は化火して肝火 (邪熱) となり、その熱が津液を煎熬してさらに痰湿と化す。
その痰湿と邪熱が結びついて湿熱となり、肝経に沿って湿熱下注が起こって股部の皮膚に炎症が起こった。
もともと正気は強くないため、この湿熱を浅い “気分” で抱えきれず、邪熱の一部が深い “営分” に陥った。深い邪熱は陰の深い時間帯に顔を出す。ゆえに深夜0時〜1時ごろに痒さがひどくなり、睡眠を妨害する。
これが本症例の病因病理である。
前陰部を中心とした部位は、股部もふくめて厥陰肝経が色濃く影響する。そして、その反応は蠡溝に好発する。また深い邪熱 (営分の邪熱) の反応は、血 (営血分) を反映する穴処であるところの三陰交に好発する。本症例はその2穴 (蠡溝と三陰交) に実の反応があった。蠡溝によって肝経湿熱が確定し、三陰交によって営血蘊熱が確定する。
問診だけで確定しようとするのは初心者である。よって以下に示すような速やかな改善は難しくなる。
9月22日
【1回目の治療】午前10時10分
三陰交・蠡溝に実熱の反応。黄苔。
百会に金製古代鍼を数秒かざす。蠡溝・三陰交の反応が取れるのを確認して治療を終える。
【2回目の治療】午前11時30分
三陰交に実熱の反応。蠡溝の反応は消失している。
百会に3番鍼を刺入し、30秒置鍼。
三陰交の反応が取れるのを確認して治療を終える。
【3回目の治療】午後4時
蠡溝 (−) 。三陰交 (−) 。
百会に5番鍼を刺入し、30秒置鍼。
【4回目の治療】午後5時30分
蠡溝 (−) 。三陰交 (−) 。黄苔は消失している。
百会に5番鍼を刺入し、1分置鍼。
4回目治療終了後、「だいぶ元気になりました」という声が聞かれた。かゆさもさることながら、なんとなく体がしっかりしないようなのがあったのだろう。
10月21日
前回治療 (9/22) 以来の受診である。
太ももを診るときれいになっている。やれやれよかったと言う間もあらず、こんどは膀胱炎だと言う。それも大事やけど、皮膚はその後どうやったん。
聞けば、その日 (夜) から痒さが取れたそうで、数日で今のような状態 (Photo参考) になったらしい。

膀胱炎の方は、夕方になると膀胱が張って尿意があるが尿があまり出ない。残尿感がある。明らかに肝経湿熱が膀胱に入ったものだ。ただし症状は夕方のみで、かゆさに比べればはるかに軽症であり、夜も安眠できている。皮膚炎の深い邪熱が、膀胱の浅い邪熱へと置き換えらたのである。浅いところに移動しながら、邪熱の量も減らしながら。
よって三陰交に反応は出ていない。つまり深い邪熱 (営分) はない。
蠡溝の反応はある。肝経湿熱による膀胱炎である。肝経は陰器に流注する、
前回から継続して治療していれば、膀胱炎になることはなかっただろう。
【1回目の治療】午前10時
百会に5番鍼、2分置鍼。
【2回目の治療】午前11時30分
百会に5番鍼、2分置鍼。右蠡溝に5番、即刺即抜。
もう取れかけていた
11月14日に来院があり、聞けば膀胱炎は治療した日に治ったとのことである。
この一連の肝から発する湿熱、主たる原因は夫婦の不仲である。ただし当該患者はすでに、その原因に気づいていた。そして僕にちゃんと伝えていた。こういうものは治りやすい。背中を少し押してあげるだけで良くなるのである。
治りにくいものはそれに気づかず、気づくように仕向けられても認めたがらない。別症例の女性だが、耳の後ろが切れる程度の軽症アトピー、聞けば夫婦で全くしゃべらないし目も合わせない生活が続いているという方がいた。アトピーが良くなってこないのは、それが原因だと伝えると、ショックで予約をキャンセルした。「そういうことを他人から言われたことがない」と言い、その後何度が治療はしたが結局治らぬままに治療を中断された。目も合わせないというのは、ものすごいストレスがかかっているのである。それに本人が気付けない。向き合おうとしないから、そんな生活に耐えていられるのである。普通なら耐えられず、耐えられないからこそ何とかしようと努力するのである。その努力が尊いのだ。
その努力を、当該患者は行っていた。だから、原因は? と聞かれると、夫とのトラブルであると即答できたのである。そこまでいくと原因は、もう取れかけているのである。それを鍼で背中を押してやった。だから即効を見たのである。
信をもっていた
さらに注目すべき点がある。
じつは、1年ぶりの予約 (9/22) を取られたのが9月18日、この日から痒さがましになってきたというのである。治療をしてもいないのに。
なぜか。行動を起こしたからである。そもそも初診は2022年の3年前、それ以来、2年に渡って僕の治療を受け、なんどもその効果に驚いていた。その中で僕への信頼を育てていった。この信頼は、正しい信頼なのである。正しいことを信じたのである。正しいことを信じ、それを行動に移した。だから正しい結果 (治癒) が出たのである。電話するという行動で早くも結果が出始め、高速道路で数時間かけて僕に会いに来るという行動で治癒したのである。
正しい思いは、思っているだけではダメだ。行動に移す。すると正しい結果 (よい結果) として結実する。たとえば行きたい高校があって、しかし行きたいと思っているだけでは現実化せず、勉強という行動を取ると合格という結果が出やすくなるだろう。これは法則だ。行動がいくら些細なものであってもバカにはできない。それだけで未来が大きく変わるからだ。
別の患者さんの話だが頭痛の方がいて、やはり高速道路で2時間弱かけて来られるのだが、家を出てしばらくのある地点を過ぎると、頭痛が消えるのだという。「先生、なんか出してます?」と聞かれたが、何も出してません(笑)。これも同じである。僕に会いに来るという行動により、願いが現実化したのである。行動が、距離が、ドンドン進み近づいてくるにしたがって、その行動が終結するか否かは関係なく、現実化するのである。
正しいものを信じる。それが信 (シン) 。
それによって成長する。伸 (シン) 。
言による人との和合。亻と言。
信とは誠なり。《説文解字》
信とは、そういうものである。
誠というサーチライトで探し続ければ、信ずべきものにたどり着けるだろう。
それを身にまとうことによって、人は幸せになる。



営血蘊熱は必ず出血があると誤認し、わざわざ僕に間違いだと指摘する漢方家がいた。学問ばかりで臨床を知らないとこうなる。ただの不眠でも営血蘊熱はある。それを取ると即座に改善するからである。実際の治療例こそが学問を導くものであるという鉄則を忘れぬようにしたい。