歯痛の症例… 歯は体調と関係ないというのは本当か?

58歳。女性。2023年11月20日。

4年以上前から継続して見ている患者さんである。

初診…11月20日 (月)

「歯が痛いんです…。今日はこのあと、歯医者さんに行こうと思います。」

左上の奥歯 (カブセ) である。

3週間前 (10/31) の歯科検診でレントゲンを撮ってもらうと、今痛い左上の奥歯 (カブセ) を外して治療しようということになった。それで一昨日 (11/18) 、その歯科治療を開始した。翌19日の昼食後に急に歯が痛みだし、腫れてきたのである。

いま見ても、少し腫れている。

心労がある

歯の問題があるのだが、それ以外の問題がかなりある。

1つ目の問題。

5日前 (11/15) にお孫さんが生まれたのだが、8ヶ月の早産で1600gのため、保育器に入れられチューブでつながれた状態である。その心労が問題である。

心労は気滞となり、気滞は化火して邪熱となる。その邪熱は、歯の痛みと腫れに関係する可能性がある。

もちろん心労は心肝の熱である。しかしあらゆる熱は最終的には陽明に行く。これは太陽の熱は最終的に地面を熱っするのと同じである。陽明の熱は胃経の熱であり、胃経の熱は上歯の熱となって上歯痛となる。本症例の場合、ストレスで左太衝に出た反応が、左衝陽 (後述) に移動したと考えても良い。

悪化する可能性が高い

2つ目の問題。

悪化直前の脈が出ている。

歯科医は歯を良くするのが仕事である。そこに問題はない。しかし生命全体と歯との関わりを考えない場合がある。その場合、歯はよくなっても体調を崩すということがあり得る。
事実、歯科医は “娘さんが早産した” という事実を知らないし、 “歯が痛みだしたことに関して、ここで歯を治療したこと以外に何か思い当たるフシはありませんか?” という問診を行っていない。11月18日、「帰宅してから急に歯が痛み出した」のは、そこを考慮せぬまま、不用意に歯に物理的刺激を与えたためである可能性がある。

「悪化直前」のときの注意事項は、24時間、気の張ることを避けることである。明日のこの時間まで、緊張したり興奮したりすることを避けることである。それを伝えたが、しかし…

「明日は、早産した娘の家 (電車で1時間以上) に行って、3泊ほどしようと思っているんです。家に行くのは初めてで、行けるかどうか少し不安なんですけど…。それから (孫がいる) 病院にも行ってあげたいし…。

う〜ん、それは気が張るなあ。
しかし、強制するとうまくいかないし…。
悪化の可能性が高い…。

「そうですか…。心配ですもんね。でもとにかく、取りやめにできるならしたほうがいい。でも、しなきゃいけないことなら淡々とやって下さい。その判断は僕にはできませんので…。ただし、僕としては非常に心配な状態ではあります。」

「ずっと先生には週に2回診てもらっているんですが、毎週3泊ほどしようと思っているので週に1回しか診てもらえないんですけど、大丈夫でしょうか?」

「次に来れるのは1週間後なんですね? でしたら、その日に2回治療するっていう手があるんで、それをお勧めします。もちろん、体調を見ながらご自分で決めて下さい。」

悪化直前の脈
「治未病」…いまだ病まざるを治す。これは中国伝統医学の基幹となる部分である。脈診において、私個人の臨床経験から得られた「治未病」の一つの体現を紹介する。
気にしすぎ、上等。
医療に関わる者として、大切な要素に「気にする」ということが挙げられる。普通の人が気にも止めないことを、真剣にに考える。だからこそ、見えない世界が見えてくるのである。悪化直前を見抜けるか。臨床の一例を挙げて考察する。

治療

左衝陽に実熱の反応がある。これが上歯痛の反応である。
左衝陽の反応が取れれば、上歯痛が取れる。

治療は、神闕に打鍼。

脈、そして左衝陽の反応が改善するのを確認して治療を終える。

2診目…11月27日 (月)

前回に引き続き、悪化直前の脈が出ている。

  • 10月31日 (水)

    歯科検診で、左上歯 (カブセ) の治療を勧められる。

  • 11月15日 (水)

    娘さんが早産。

  • 11月18日 (土)

    歯科治療開始。治療翌日、左上歯の痛みと腫れ。

  • 11月20日 (月)

    眞鍼堂治療。悪化直前と診断。左衝陽 (+)。

    その後すぐ、歯科治療。痛み止めと抗生剤1週間分。
    歯科治療後、さらに痛みと腫れ。 (歯に薬を入れた)

  • 11月21日 (火)

    娘さんのもとに (〜24日)

  • 11月23日 (木)

    顔の形が変わるほど左上歯が腫れる。この日がピーク。

  • 11月27日 (月)

    眞鍼堂治療 (2回)  悪化直前の脈。 左衝陽 (+)
    この日はすでに腫れがほとんど引いていて、痛みもましになっていた。

    その後すぐ、歯科治療。メスで膿を出す。その後、キズがズキズキ痛かったが、歯の痛みではなかった (〜30日) 。

  • 11月30日 (木)

    娘さんのもとに (〜12月2日) 。

  • 12月4日 (月)

    眞鍼堂治療 (2回)  左衝陽 (−)

  • 12月6日 (水)

    歯科治療。治療後、左目〜頬が痛くなる。
    明日から娘さんのもとへ行く予定だったが、痛いので取りやめる。

  • 12月7日 (木)

    眞鍼堂治療 左衝陽 (−)
    左目〜頬の痛みは、当院に来るまでは痛かったが、ベッドに寝るとましになり、僕と話をすると消えた。

 

左の頬が腫れている。

「11月20日の月曜日に、ここで治療していただいてから、その後すぐに歯医者さんに行ったんです。そしたらまた、その後すぐ痛くなってきて…。次の日くらいから腫れてきだして、もう顔が変わってしまうくらいに腫れちゃって、木曜日が腫れも痛みもピークでした。今日はもうだいぶ引いているんですけど…。歯医者さんでは歯に薬を入れてもらって、痛み止め (ロキソニン・ボルタレン) と抗生剤をもらって、薬は昨日まで飲んでたんですけど…。前 (18日) も痛くなったでしょ。なんで歯医者さんに行ったら痛くなるのかなあ。」

体全体のコンディションが関係している。それを示すのが悪化直前の脈であり、娘さんが早産して孫さんが保育器に入っているという事実である。こういうことは歯科医には関係ない。実際、いっぱんに歯科医ではそういう問診はしないことからも言える。しかし本当に歯と関係ないのか。それを検討するのが本ページの目的である。

  • 前回に続いて、悪化直前の脈が出ている。
  • 左衝陽に実の反応が出ている。歯の状態はあいかわらず悪いことを示している。
  • 右三里に虚の反応が出ている。脾 (消化器機能) が弱っていることを示す。抗生剤と鎮痛剤が影響した可能性がある。
  • 表証がある。新たに加わった。

今まで長いこと当該患者を見てきたが、これほど悪い反応のオンパレードは見たことがない。事故にあって意識を失ったときも、ここまでの反応は出なかった。

今日はこれから2回治療する。2回治療できたらなんとかなる。

【1回目治療】
神闕に打鍼。
悪化直前脈・右三里・表証・左衝陽すべての反応が消失するのを確認し、治療を終える。

【2回目治療】
悪化直前脈なし。右三里反応なし。表証なし。
ただし、左衝陽には邪熱の反応がある。これが完全に消えなければ歯痛は治らない。
百会に5番鍼。5分間置鍼。

3診目…12月4日 (月)

「月曜日 (11月27日) にここで治療してもらってから、その後すぐに歯医者さんに行ったんです。メスで膿を出してもらったんですが、そのキズが痛くて、木曜日まで続きました。歯の痛みではなく、キズの痛みでした。…それからね、孫の体重がやっと増えたんです、少しだけですけど^^」

前回見られた悪化直前脈・右三里・表証・左衝陽の反応は、すべて現れていない。
全体的な状態は、かなり良くなっていると見る。

とくに、左衝陽に反応がないのが大きい。歯が治ったか。

【1回目治療】
関元に2番鍼。5分間置鍼。

【2回目治療】
関元に2番鍼。5分間置鍼。

4診目…12月7日 (木)

昨日 (12月6日) 、歯科で治療、消毒のみ。

鍼に行くとましになると歯科医に伝えると、たまたまだと言われる。子供が早産で孫が保育器に入っていることが原因で体のコンディションを崩していて、だから歯を触ると痛くなるのではないか…と言ってみたらしい。でも “関係ない” と言われた。

世の中は東洋医学にハナから批判的である。だからこういうコメントには慣れている。慣れてはいるが、なんでも “たまたま” で済ましていいものだとは思っていない。結果に対して原因を考察するのは医学者 (科学者) の基本的姿勢であると確信するからである。

ところが歯科から帰宅後、また痛みが出た。ただし歯ではなく左頬〜目である。夜中2時には痛みで目が覚めて、すごく痛かった。

そして今日、当院に来院。なぜか、当院に着いたらましになり、痛くなったことを僕に話しているうちに、痛みが消えてしまった。

左衝陽に反応はない。歯にはもう、痛みが出なくなったのだ。

痛みが消えてから治療である。

関元に2番鍼。5分間置鍼。

5診目…12月11日 (月)

左上歯痛、あれから (2診目11月27日から) 、ずっと痛くない。
左頬も痛くない。

今週も、娘さんとお孫さんの世話をしに行く。

【1回目治療】
関元に2番鍼。5分間置鍼。

【2回目治療】
関元に2番鍼。5分間置鍼。

12月18日 (月)

お孫さんは保育器から離れ、順調に成長中である。
もう、世話をしに行っていない。なので、治療は1回のみ。週に2回通院する形に戻す。

関元に2番鍼。5分間置鍼。

「また痛くなると困るので、あれから (12/6から) 歯医者さんには行ってないんです。でも、まだカブセをしてもらっていないので、明日行こうと思うんです。でも、 (あれだけ腫れた経過があるだけに) 先生は歯の治療せなあかんって言わはるんですけど、治療してもらうと痛くなるんで、もうこのままカブセて下さいって頼もうと思うんです。」

まとめ

12/21の来院時、その後の経過を聞いた。

12/19、歯科医にそのように頼んでみたがカブセてはくれず、 “もう一回、やさしくしますから” とのことで治療された。だが、そのときは痛みが出なかった。こわいので次回は1/5に予約した。

痛みが出なかったのは、やさしく治療したからではなく、お孫さんの経過が順調でコンディション (体調) が良くなっていたからだろう。

左衝陽に反応はもうないのだ。歯が痛くなることはもうないはず。

その後 (翌年1月5日) 、カブセて歯科治療終了。ここまでの期間、問題はまったく起こらなかった。

そして2024年5月現在、あれから歯の痛みは一度も起こっていない。

患者さんの体は、モノとして扱うべき側面と、ヒトとして扱うべき側面とがある。

僕と歯科医は間違いなく同じ体を診ていた。
だが、僕は悪化の危険ありと見、歯科医は “関係ない” と見た。
結果は…。僕の見立てた通りとなり、歯科医は正しく治療したはずが歯の病状悪化となった。

その差は…。患者のコンディション (ストレス状況) を考慮に入れたか否かだけの差ではなかったか。
手間を惜しまず問診したか否かの差だけではなかったか。
ヒトとして扱うべき側面に留意したか否かだけの差ではなかったか。

体と心は間違いなくつながっている。

そのことを常に基本に据える医学は、中医学だけでいいのだろうか。

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