《黄帝内経》を読み進めると、頤と頷という言葉が出てくる。どちらも下顎という意味だが、使い分けが分かりづらい。分かりやすく説明する。
注釈書である《十四経発揮》には、
“腮下為頷。頷中為頤。”
腮の下を頷となす。頷の中央を頤となす。
とあり、《類経》もこれを踏襲している。
腮 (サイ・あぎと) とは
腮 (サイ・あぎと) とはエラのことである。
顔面の下半分の両側のことである。
(腮) 面颊的下半部,脸的两旁.…水生动物的呼吸器官.《漢典》
もともとは魚のエラのことである。
頷 (ガン) とは
頷 (ガン) とは下顎のことである。 (颔) 下巴颏.《漢典》
また、《百度百科》には、
(頷) 人体部位名。指颈上方、下颌下方的柔软处。《灵枢·经筋》:“手太阳之筋……下结于颔。”
とある。これによると、頷とは、頸の上で下顎の下の柔らかい肉のところ、つまり二重アゴになる部分を言う。二重顎になる部分はアゴ先の下からエラの下まで範囲が及ぶが、《十四経発揮》《類経》に寄せて考えると、とくにエラの下の軟部組織を指すと考えられる。
また、頷には「うなずく」という意味が古来からある。
逆於門者,頷之而己。《左傳·襄公二十六年》
首を縦に振るとアゴ先が動くことからこの意味がある。エラの下だけではなくアゴ先の下も頷であると考えられる。
つまり頷とは、エラの下の軟部組織を主に指し、広義ではアゴ先の下の軟部組織をも含むと考えられる。
頤 (イ・おとがい) とは
頤 (イ・おとがい) も、下顎のことである。
頤,頜也。《方言十》 頜とは下顎のことである。
しかし、頷とは少し部位が異なる。
《霊枢 経脈10》を見ると、
胃足陽明之脉.起於鼻之.交頞中.旁納太陽之脉.下循鼻外.入上齒中.還出挾口.環脣.下交承漿.却循頤後下廉.出大迎.
とある。
“頤の後ろ” とは下顎骨後面 (アゴの後ろ) であると考えられる。
“頤の下廉” とは下顎底 (下顎骨下縁;アゴの下面) と考えられる。
これは、下顎骨の中央部付近で考えるとわかりやすい。しかし、下顎骨の左右の部位だと「後ろ」という表現が当てはまりにくい。《十四経発揮》《類経》が “腮下為頷。頷中為頤” として、頤を下顎の中心部に限定しているのと符合する。
つまり、頤は下顎の中心部付近を指すと考えられる。
まとめ
総合して考え以下のようにまとめた。
腮… エラ。すなわち下顎角を中心とした部分 (耳下腺咬筋部) 。
頷… 下顎 (主にエラ) の下部の柔らかい部分。顎下三角の軟部組織。オトガイ下三角まで含めてよい。舌下腺・顎下腺などがある。
頤… 下顎 (主に中央部) の上部の硬い部分。下顎骨がある。オトガイ部。頬部下部 (下顎骨部) まで含めてよい。