手の太陰肺経《絡脈》

肺経といえば、中府から始まり少商に終わるというのが一般的な認識だが、臨床を高めるにはこれだけでは不十分である。《霊枢》には実に複雑な流注 (脈気の巡行) が記載されている。それは、経脈・経別・絡脈・経筋である。経絡とは、これら4つをまとめて言ったものである。

本ページでは、このなかの「絡脈」について、《霊枢》を紐解きながら詳しく見ていきたい。

手太陰之別.名曰列缺.起於腕上分間.並太陰之經.直入掌中.散入於魚際.
其病實則手鋭掌熱.虚則欠籌.小便遺數.
取之去腕半寸.別走陽明也.

《霊枢・經脉10》

絡脈の流注

手太陰之別.名曰列缺.
手の太陰の別、名づけて列缺という。
>> 肺経の絡穴は列缺である。
【私見】絡脈とは、幹 (経脈) から別れた無数の枝のことである。十五絡とは、絡脈のなかの特別なものである。よってここは「手の太陰肺経の絡脈の特な通路は列缺である」と訳すと意味が通る。

起於腕上分間.
腕の上の分間に起こる。
>> (列缺は) 手関節を上ったところ、分肉の間 (筋肉の中) に起こる。
【私見】「起こる」というのは、ニョキッと出てくることである。肺の脈気がワープするように列缺に突然現れる。絡穴で起こるところとなる穴処は、他では見られず、肺経だけである。これは肺を直接に近い形で治療できる影響力の強い穴処であることが想像できる。2歳児で、昼過ぎから40℃ちかく発熱し、夕方治療して2時間後の検温でほぼ平熱になったという症例があるが、これは列缺一穴に鍼をかざしたのみであった。 >> 2時間での解熱 (2歳)

並太陰之經.直入掌中.散入於魚際.…取之去腕半寸.別走陽明也.
太陰の経に並び、掌中に直入し、魚際において散入す。…腕 (手関節) を去ること半寸、別れて陽明に走るなり。
>> 列缺から魚際に向けて、太陰肺経に沿って走行する。魚際で散って陽明大腸経に走行し連絡する。
【私見】列缺から、十五絡 (特別な絡脈) が大腸経に向けて走行する。手掌側の魚際から手背側の合谷あたりに向かって、手を貫くように達する。

病証

其病.實則手鋭掌熱.虚則欠籌※.小便遺數.
その病、実すれば手の鋭掌熱す。虚すれば籌に欠し、小便数 (しばしば) 遺す。
「籌」は長時間・反復の意味。
>> 肺の十五絡が病むと、実ならば拇指球を中心とした部分が熱くなる。虚ならば長時間なんどもアクビし、小便がしばしば漏れる。

【私見】「数」は小便頻数とする訳がほとんどでそう訳してもいい。しかしここでは少し違う訳を試みた。「欠籌」「遺數」の文の構成は、どちらも動詞+副詞としたほうが、旋律を重んじる中文らしい。

アクビと肺気

アクビの生理・病理は、呵欠 (あくび) に詳しく展開した。アクビは気滞 (肝鬱気滞) によるものと気虚 (陽気不足) によるものに大別される。絡脈の病証では、気虚のアクビを挙げている。気が虚して落ちてゆく陰証と、何とか気を昇発しようとする陽気とが引っ張り合う。

また、別の言い方をすれば、気虚・気滞どちらも気機が失調して肺気不宣を起こしているとも言える。肺気を何とかめぐらせるためにアクビがでるのだ。そのように考えると、肺の病証としてアクビを挙げていることに矛盾はない。

呵欠 (あくび)
アクビを東洋医学的に分析してみましょう。《霊枢・口問28》に基づき、陰陽論を用いて説明します。また、《注意診断学》に基づき、肝鬱・血瘀・脾腎陽虚に大別して説明します。

遺尿 (オネショ・尿失禁) と肺気

「遺」は漏れることである。小便遺数は、しばしば遺尿 (オネショ) がある…とここでは訳す。しばしば尿失禁がある…と訳してもいい。

遺尿の基本病理は腎気不固である。高齢者の場合はこれが該当することも多いが、オネショが深刻な問題になるのは多くは小学生〜成人の年齢枠においてである。この場合は純粋に腎気不固で起こるものは少ない。老人のように枯れて元気のない子供は少ないのだ。

《霊枢》が言うように、肺がキーワードとなる。肺腎は共同一体で衛気を動かしているが、寒邪によって肺気が弱ると腎気にも影響が及ぶ。ブルッと寒くなったとき、おしっこがしたくなったり漏れたりするのが分かりやすい例である。寒邪に直接ふれるのは皮毛 (肺気) である。《霊枢》の時代の古代人は、着類が粗末で暖房設備もなく、とくに冬は皮毛を弱らせて肺気が弱り、それが腎陽に波及し、腎気不固となったオネショが多かったと推測できる。

暖房設備が整う現代は、寒さそのものが肺気を弱らせる原因にはなりにくく、冷たい飲食物や間食などが脾肺を弱らせることによるものが多い。肺の粛降が滞ると肝気の昇発も滞るので、現代のオネショについては「遺尿 (おねしょ) …東洋医学から見た原因と治療法」 として、後日考察したい。

考察

上図の流注を見ると分かるように、肺経は経脈が列缺で分岐して手掌側 (少商へ) と手背側 (商陽へ) に、手を前後から挟むように走行する。

その上、絡脈がやはり列缺から出ていて、一方は魚際から手掌を支配し、一方は合谷 (魚際の反対側) から手背を支配している。

列缺を起点にして、手掌と手背を執拗に流注しているのが分かるだろうか。

実は、手掌は上半身の前面 (顔面から前胸部) と、手背は上半身の後面 (後頭部から上背部) と、いずれも相似関係にある。

ちなみに表寒は後頭部から上背部を犯す。

列缺を用いると、この2つに大きな影響力を与えることができると考えられる。

とくに、列缺は任脈の主穴であり、また合谷は表寒実を取り去る名穴である。任脈で正気を補う、つまり営血を補いつつ衛気を鼓舞する。そして表寒を皮毛に追い詰めて一気に取り去る。そういうことが列缺一穴でできるのは、経脈と絡脈の流注から見ても、絡脈の作用から見ても、納得ができる。

絡脈 (十五絡) とは
経絡とは、「経」と「絡」とからなる。「経」とは、経脈・経別・経筋のことである。「経」とは、経脈・経別・経筋のことである。 「絡」とは、絡脈のことである。《霊枢・經脉》を紐解きつつ、イメージ画像を添えて絡脈とは何かを考察する。

このような機序をうまく利用したのが、2時間での解熱 (2歳) である。昼過ぎから40℃近い発熱が起こりぐったりした状態のものが、その場で元気になり、わずか2時間後に解熱したものである。

《霊枢》には記されていないが、虚実錯雑の表寒を取り去る名穴として、列缺を挙げておきたい。

経絡の流注は、東洋医学の解剖学である。これを軽視しては東洋医学を語ることすらかなわないと知るべきである。

手の太陰肺経《経脈》
手の太陰肺経、経脈の流注と病証について図を交えて詳説する。
手の太陰肺経《経別》
手の太陰肺経、経別の流注について、図を交えて詳説する。経別とは、肺と肺経を一体化し、肺と大腸を一体化する脈気である。
テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました