7歳。女の子。2023年9月30日。
0歳の時から7年間、毎週診ている患者さんである。
まずお母さんが38℃台後半、それがお父さんと当該患者にもうつった。
母子ともに当院以外は受診していない。
【経過】
昨日 (9/29/金) 、学校から帰宅したとき、ノドが痛いと訴える。
寝る時、37.4℃。
翌朝 (9/30/土) 、起きたらノドはましになっていたが頭が重い。
食欲がないのでおかゆを少し食べた。
朝9時、38.2℃。吐きそうな気持ち悪さがある (今まで吐くのを怖がって吐いたことがない) 。
当院に電話、12時に来院。
体を触るとシッカリ熱い。38.2℃。
〇
カゼの治療は、最近は本当に楽にできるようになった。昔は診立てがあいまいで、本当に悲壮な覚悟で治療したものだった。以下に診断方法を示すが、これは僕のオリジナルであることを断っておく。至って単純である。 >> カゼ (実際の治療例)
まず、印堂を診る。印堂に反応があれば、感染症。 ウイルスの問題>免疫の問題。
次に、天突を診る。天突に反応があれば、表証。 外邪の問題>正気の問題。
>> 新型コロナウイルス偶感…流行の意味するもの…東洋医学的見地から
>> 表証…カゼ (風邪・感冒) を治す意味
>> 外邪って何だろう
本症例では、印堂にも天突にも反応がなかった。つまり、
免疫の問題>ウイルスの問題
正気の問題>外邪の問題
である。
要するに、正気を扶 (たす) けてやれば免疫が上がり、ウイルスや外邪を撃退できるということである。ウイルスや外邪は相手にしなくていい。
正気を扶ける方法は? 食欲が無いなら、食べすぎないことである。
こういう病態を「陰火」という。正気の弱り (脾の弱り;脾虚) によって発熱するものである。漢方薬では補中益気湯がこれを主治する。
「食欲ないんやな?」
「いえ、おなかは空いたっていうんです。でも、食べるとなると食べられないらしくて。」
お母さんの手を握りに行く。いつもはしない。吐き気がしてしんどいのだ。
「そうか…。リンゴとかナシとか、いま食べたい?」
「…うん。」
「じゃ、この帰りに、スーパーでリンゴかナシか買って帰りましょか。」
「え? ご飯じゃなくて果物ですか? 」
「はい、おなかがすいているのに食べられないというのは胃陰虚です。陰の潤いが足りないので、陰気の強い果物を食べると、陽気の強いご飯を食べることができます。一度に食べないでよく味わえるように、薄く切ってあげてください。少しリンゴとかを食べて、ご飯が食べれそうになったらご飯を食べ、またご飯が食べられなくなったら、少しリンゴを食べ、…を繰り返すといいと思います。」
>> 足三里の反応が、当該患者では認められなかった。ここが大切な見極めである。もし足三里に反応があれば、食滞がある。食滞があれば、体のキャパを越えた無理な量を食べている (食べすぎている) 可能性が高く、食滞が脾を弱らせて陰火を起こしていると診断できる。その場合は白米と素朴なお野菜にするとか、おかゆと梅干しにするとか、本人の好物や口当たりが良くて食べやすいものを避けるよう指導する。また白米の量をおかずがこえないことも、食べ過ぎを防ぐコツとなる。しかし、当該患者では足三里の反応がなく、食べる必要がある (空腹感がある) のに食べられない状態であると判断したのである。
急性の胃陰虚は、暑い時期に起こりやすい。今年は秋分を過ぎてもなかなか涼しくならない。陰とはクールダウンである。暑いとこれが虚す (弱る) のである。そこに感染があって発熱し、さらに陰を弱らせたのである。
胃陰虚による食欲不振は、漢方薬なら麦門冬湯だが、僕の経験では果物で十分効く。コツは、ご飯を食べるために果物を食べるということである。果物を食べることによってご飯がノドを通るようになる。美味しいからと言って果物ばかりを食べてしまうと、陰は補えても虚が補えない。ご飯をたべるから穀気 (正気) が補えるのである。
治療は、古代鍼で行う。かざすだけの鍼なので、痛みも何も感じない。
中脘。金製古代鍼で補法。
左少商。銀製古代鍼で瀉法。
中脘で脾胃を補い、正気を補う。これで陰火の火は虚火ではなくなり、実火 (実熱) に変化する。少商でその実熱を瀉す。このように、表証や外邪は全く相手にしていない。これで補中益気湯の働きが出る。
しかし治療後は、しんどさ気持ち悪さは全く変わらず。
お母さんに抱っこしてもらって院を出た。
〇
10月2日 (月) 、来院。経過を聞く。
翌朝 (日曜) にはすっかり元気になったらしい。
今日 (月曜) は普通に学校に行った。
聞けば、本人も母親も大丈夫かなとか考えなかったという。ウイルスは死ぬのに3日はかかるというのだが、それくらい治療翌日が普通に元気だったのだろう。免疫が急激に高まった結果と考えられる。
前回治療からの経過は以下のとおりである。
【詳しい経過】
9/30 (土) の12:00に治療を受け、自宅まで40分かかる車での帰路、同じように気持ち悪かった。
ところが帰宅してすぐに昼食、リンゴを喜んで食べ、ご飯も食べるとすごく元気になった。
熱はまだあったが、普通に元気になった。
夕食前になると、またしんどくなってきたが、食べるとまた元気になった。 >>空腹でしんどく、食べると楽になるのは、脾虚のきついものである。感染症で急性ならばまだ許せるが、慢性的となると治療のしがいのあるものである。
熱は36〜37℃台。その夜よく寝た。
翌日、10/1 (日) は、朝から元気で平熱。
食欲はいつもどおりに回復、ノドの痛みも消えていた。
コロナ5類移行後、インフルエンザやアデノウイルス (プール熱など) など様々な感染症が急増していると聞くが、当院で診るカゼに関しては、みなこの陰火である。
マスクを外した途端の話なので、やはり確実に効いていたのだ。
正気が弱っている。正気の弱りが中心で感染症が増えているのである。外邪はそんなに強くない。ウイルスも急に強くなったわけではない。受け手側が弱くなったのだ。特徴は、一様にみな食欲がなくなることである。当該患者の家族も、3人ともカゼがうつったが、みんな食欲がなくなった。食欲がなくなるのは、脾胃の正気の弱りである。
なぜ一様に正気が弱るかと言うと、一様におこなってきた「感染を避けるための行動」と関わりがあると考えられる。
たとえば満員電車のような「不自然」な人口密度の中では、人為的にウイルスを避けるマスクの着用は合理的である。不自然さには不自然さで「対処」するのである。ゆえにマスクは有効であり必需品である。
しかしたとえば公園で散歩するなどの状況ではそれほどの混雑は考えにくく、その人口密度が「自然」の範囲内であるならば、ウイルスの飛散量は微量であり、マスクをしてそれを避けるという行為は「不自然」と考える。
コロナ禍以降、我々が行った特殊な行動は、対処か不自然かを見分けることなしに二六時中マスクをし、指導があったからと言ってそれを急に外したことである。われわれは、何かにつけて極端が過ぎるのである。
そもそも人類とは、恐竜が滅んだ後にネズミのような姿で現れた生命体から進化してきたものである。その長い幾星霜を、「自然」のなかで、ウイルスとともに歩んできたのである。人類とウイルスとがどのような関係にあるのか。悪い面ばかりが目につくが、知らず知らずに受けている恩恵があるとするならば、我々はそれに鈍感であるにちがいない。
東洋医学の思想は、世の中に不要なものはないと考える。
自然の奥深さは、我々の窺知し得べきものではない。
マスクが常習化していなかった頃は、知らぬ間に微量のウイルスに感染し、知らぬ間に免疫反応が起こっていたと考えられる。それによって免疫が鍛えられる同時に、多少の食欲のなさが出れば一口を控えていたり、多少の体のだるさが出れば一時を早く床についたりして、自然と体を休め、それも免疫を高めることにつながっていたと考えられる。
つまり不顕性感染である。もちろん、こういうことを証明するのは非常に難しい。
感染症に出会って、そこで隠し持っていた「疲労」があらわになり、食事を控えたり体を休めたりすることで、自然とその疲労が取り去られていくメリットがあるとするならば、非常に逆説的な捉え方である。ウイルスとともに長く同居してきた人類としては、ウイルスを助け助けられている (共存している) 側面があるとは、あながち無謀な考え方とは言い切れない。
そして、ウイルスに出会ったときに重症化しないコツがあるとするならば、そもそも疲労を隠し持たないことである。そのためにこそ、ふだんから早寝早起き、腹八分目。当院ではこれを推奨している。これを怠れば、弱っちいウイルスにもやられてしまい、重症化する危険すらあると考えている。
今後新手のウイルスが出ても、それが強いウイルスなのか弱っちいウイルスなのかをよく吟味する必要がある。だがその前に、我々の体が脆弱になっていないかどうかを中医学的に検討する必要があるだろう。強いウイルスならば強力な感染対策が必要となる。弱っちいウイルスにまでその対策を強行するならば、成果よりもデメリットの方が浮上する可能性を視野に入れるべきだ。