【質問者】曲池は万能のツボとのことで平素押しております。押すと必ず、お腹が、ぐぐっとなります。寝入りばなに、ここを押すことは、休んでいる胃腸を起こすことになり避けた方がよろしいのでしょうか。アドバイスお願いします。
【回答者】まず、万能のツボなどは存在しないと言い切っておきます。僕も含めて、治療の際にツボを一箇所しか使わない鍼灸師は、ツボの功能を誰よりもよく知っています。それだけに、そういうことを決して言いません。全身に何十本も鍼をする先生方でも真面目な方ならそういう事は言わないと思います。誰がそんなことをまことしやかに言うのかな?
それでは学問も何もないですよね。曲池に治療し続ければ何でも治ることになります。そういうことは断じてありません。
治療の基本は、まず診断をつけることです。その診断とは「証」とよばれ、東洋医学的な診断であり、決して現代医学で用いられる病名のことではありません。診断がついてのち、はじめてツボを決めるのです。
ぼくは、初診の患者さんを見るときはマンツーマンで、病状の説明だけでも2時間かけます。なぜこういう病気になったかを詳しく説明します。今の体の状態を、ご本人が知ることが何よりも大切だと思うからです。正しくツボを治療すれば効きはするでしょうが、病気の原因をつくった「良くない生活の仕方」がそのままでは、かえって悪い影響が出ます。
たとえば徹夜麻雀が大好きでそれが連夜に及んだ。そしたら頭痛が出た。だから然るべきツボに治療した。そしたら頭痛が止まった。そしたら、何が起こるでしょう? 今夜は麻雀を休むはずであったところなのに、麻雀をやりますね? 徹夜麻雀という「良くない生活の仕方」は、ますますエスカレートしてしまいます。睡眠不足は、ガン・脳梗塞・アルツハイマー性の認知症になるリスクを高める…というエビデンスがあります。医療者が、そんな病気になる手助けをすることは許されません。
徹夜麻雀をしたら、なぜ頭痛になるのか。徹夜麻雀をすることによって、体にどんな変化が起こるのか。その変化は、どういう病気につながっていくのか。現代では、これはまったく分かっていません。だから東洋医学を勉強するのですね。
前置きが長いですね。本題です。僕の経験では、曲池 (大腸の合穴) は痰湿を取り除く働きがあります。おっしゃるような反応は、それと関係があるとは思いますが、その用途で使うならば下腿の豊隆を使います。曲池はほとんど使いません。
曲池は大腸の合穴ですから、便通を良くする働きがあるかもしれません。しかし臨床では曲池はほとんど使わず、上巨虚 (大腸の下合穴) を使います。これは、非常に気をつけて使う必要があります。例えば中末期のがんの患者さんに、これをヘタに使って下痢が止まらなくなり、ひどく衰弱させた苦い経験があります。もちろん若い頃の経験です。今はそういうことは決して起こさない診断力を持っています。
それは、その「怖さ」を知り、そしてそれに向き合い続けて克服したからです。鍼一本で勝負する先生は、そういう経験は少なからずお持ちだと思います。前にも言ったように、いろんなツボを一度に使うと効果が相殺される…ということがあります。そういうやり方なら、そういう怖さには出会うことはないと思います。効く治療であればあるほど、修羅場をくぐってきているのですね。
操作するというのは、船体が見えていることが必要です。舵取りですね。船体だけでなく、波や風、方位、潮の流れも、すべて見えていて、予測もついている状態でなければ大海を渡ることは難しいです。
ただし、ちょっと自家用クルーザーで遊んでみたい、というのは「あり」です。太平洋の横断は、そんな遊びから始まるものです。だから、この調子で興味を持ち続けてください。 ただし今日は、怖さを知らずに沖に出ると怖いことがあるよ…という説明でした。
そしてこの説明に、真剣に耳を傾けた人のみが、大洋走破を成し遂げるのだと思います。
【質問者】私の問いがあまりに稚拙で、恥ずかしくなるとともに、先生の鍼に傾ける情熱情念を感じる文章に、感激しました。遠浅の海岸で水遊びの者ですから、太平洋に出ることはありませんが、水遊びの者なりに、感じることがありました。ありがとうございました。
【回答者】生活習慣を正して、体質が改善するならば、必ずツボにも変化が出ます。それは、普段からツボを意識していればしているほど、その変化が分かりやすくなります。変化とは、触診で得られるものだけでなく、自覚として感じられるものです。
例えば、ツボを皮膚の上から押すと、気持ちいいことがありますね。そういう気持ちよさが「皮膚の下」から押されるような感覚で得られます。これは「ツボが浮く」という現象です。ツボが浮けば経脈の流通が良くなり、体が良くなり楽になります。
ツボがどの場所なのか、どういう効果があるのかを、常に興味をもって観察していると、ツボが鋭敏になって「ツボが浮く」という現象が得られやすくなります。ただし、浮かすと良くなるのですから、あまりグイグイ押さないほうがよく、最低限の按圧にするといいです。鍼はもっとも少ない面積による「按圧」です。鍼の代わりに「爪」で按圧する先生もおられます。押すのではなく、さするのも良い方法です。
この調子で、悠々と遊び続けてくださいね。