冬病夏治・夏病冬治

【質問】
こんにちは。いつも勉強させて頂いております。
冬病夏治、夏病冬治という言葉があります。
冬の病気を、夏の間に予防・治療する。
夏の病気を、冬の間に予防・治療する。
と認識しております。
具体的にはどうすることなのでしょうか?

【回答】
おっしゃるように、冬病夏治・夏病冬治という言葉があります。意味は【質問】のなかでおっしゃっている通りです。

  • 冬 (寒冷が原因) の病気を、夏の間に予防・治療する。
  • 夏 (暑熱が原因) の病気を、冬の間に予防・治療する。

この言葉は、中医学 (中国伝統医学の主要な部分を系統立ててまとめたもの) の用語ではなく、あくまでも中国伝統医学 (長い歴史と大きな裾野をもった中国発祥の医学全般) のなかの考え方です。よって、具体的なやり方がまとめられているわけではありません。

三伏と三九

中国の俗諺に「熱在三伏、冷在三九」という言葉があります。

三伏とは、夏の最も暑い時期のことです。「伏」とは夏至の日差しが地面に伏蔵されて熱せられた状態を意味し、夏の土用〜立秋前後の暑い時期をいいます。日本では「 (夏の) 土用の入り」と表現するようなノリです。

三九とは、冬の最も寒い時期のことです。冬至から9日間を一九、その次の9日間を二九、その次の9日間を三九といい、その計算で1月9日〜1月17日の寒い時期をいいます。日本では「寒の入り」と表現するようなノリです。

やり方よりも「意味」が大切

冬病夏治の実践版として、中国では「三伏贴」という風習があります。三伏の時期にツボに薬を塗りつける治療を言い、これを求めて多くの人が治療施設を訪れるようです。日本で言えば「土用のうなぎ」に近いノリですね。暑い時期の養生意識が非常に高い。また冬に備えた予防の意識が非常に高いことを伺わせます。

しかし、こういう「やりかた」よりも、もっと大切なことがあります。それは、どういう哲学によって「冬病夏治・夏病冬治」の言葉が生まれたかという「意味」です。これが理解できれば、それにのっとって人それぞれのオーダーメイドの養生ができるというものです。

こういう考え方こそが、中医学の真髄ですね。

「冬病夏治・夏病冬治」には、〇〇のツボがいいとか、✕✕の薬がいいとか、そのたぐいのことで単略的に陥ってしまうと、中医学の「本質」が失われます。

夏は陽を養う・冬は陰を養う

どういう哲学があるのでしょうか。

「冬病夏治・夏病冬治」の原理・原点は、黄帝内経《素問・四氣調神大論02》に登場する “春夏養陽.秋冬養陰” という言葉にあります。

・夏は陽を養う。
・冬は陰を養う。

このフレーズの前後の文章は、中医学における「養生」を語る上で欠かせないものです。よって詳しく読み解いていきたいと思います。

原文に興味がない方は、 >> で始まる箇所が意訳になりますので、そこを読んでみてください。
ただし、原文を読まなければ真意は伝わらない… ということも知っておいてください。

《素問・四氣調神大論》をひもとく

夫四時陰陽者.萬物之根本也.
(それ四時陰陽は、万物の根本なり。)
>> 春夏秋冬における「生長収蔵」は、人間・動植物すべての「生命の根本」である。
※生長収蔵…芽が出て (生) 、背が高くなり (長) 、結実し (収) 、種となって地中に隠れ (蔵) 、次の春の芽吹きを待つ。

所以聖人春夏養陽.秋冬養陰.以從其根.
(聖人、春夏に陽を養い、秋冬に陰を養うゆえんは、その根に従うをもってす。)
>> 春夏は陽 (活動) を養い、秋冬は陰 (休息) を養う… というのは、人間も「生長収蔵」のサイクルに従うということである。自然に逆らわずに生きるのだ。

故與萬物沈浮於生長之門.
(故に万物と生長の門において沈浮す。)
>> つまり春夏秋冬は、我々の命と一体である。春から夏、秋、冬と続く「生長収蔵」 の丸いサイクルの中で循環するのである。このサイクルは行き止まりのない「周回コース」である。我々が歩むべき「道」と言ってもいい。グルグルと昇ったり (生長) 降りたり (収蔵) して、永遠に前に進み続けられるのである。

逆其根.則伐其本.壞其眞矣.
(その根に逆すれば、すなわちその本を伐し、その眞を壊すなり。)
>> その「道」に逆らい、コースからはみ出るようなことがあれば、どうなるか。「生命の根本」が断たれてしまい、「眞」が壊れてしまう。
※「眞」は「匕+鼎」である。匕 (さじ) はスプーンのこと。鼎 (かなえ) には食物が入る。食物とは「生命の本質」である。つまり鼎には中身 (本質) が詰まっている。よって「真」は、本質 (見た目ではない中身) ・本来のもの・真実を意味する。

故陰陽四時者.萬物之終始也.死生之本也.
(故に陰陽四時は、万物の終始なり。死生の本なり。)
>> ゆえに春夏秋冬は、あらゆる生命の始まりと終わりを支配する。生命の根本を支配する。

逆之則災害生.從之則苛疾不起.是謂得道.
(これに逆すれば則ち災害生ず。これに従えば苛疾起こらず。これを道を得るというなり。)
>> 春夏秋冬に逆らえば病が生じる。春夏秋冬に従えば健康でいられる。「生長収蔵」という周回コースを無限に前に進むことができるから健康でいられるのである。これが我々の「生きる道」である。

道者.聖人行之.愚者佩之.
(道は、聖人これを行う。愚者これをそむく。)
>> この永遠かつ持続可能な「道」を賢者は歩む。愚者はこの「道」を歩もうとしない。

從陰陽則生.逆之則死.從之則治.逆之則亂.
(陰陽に従えば生き、これに逆らえば死す。これに従えば治し、これに逆らえば乱る。)
>> この周回コースのサイクル通りに、
従えば、生きる。
逆らえば、死ぬ。
従えば、健康になる。
逆らえば、病気になる。

反順爲逆.是謂内格.
(順に反するを逆となす。これを内格という。)
>> 素直にこのサイクル通りにグルグル回っていれば良いものを、それに逆らうので壁にぶち当たり、跳ね返されて苦しむことになるのだ。

是故聖人不治已病.治未病.不治已亂.治未亂.此之謂也.
(この故に聖人はすでに病むを治さず、いまだ病まざるを治す。すでに乱るるを治さず、いまだ乱れざるを治すとは、此れをこれ謂うなり。)
>> この「周回コースの法則」を知っている賢い治療家は、たとえば冬に病気になってから治療するのを良しとせず、まだ病気になっていない夏の間に治療することを重視する。すでに戦争が始まってから政策を考えるのではなく、平和な内に戦争を防ぐ手立てを講じるのだ。

夫病已成而後藥之.亂已成而後治之.譬猶渇而穿井.鬪而鑄錐.不亦晩乎.
(それ病すでに成りて後これを薬し、乱すでに成りて後にこれを治す。たとうればなお渇して井をうがち、闘いて錐を鋳るがごとし。またおそからずや。)
>> 病気になってから治療をするというのは、戦争が起こってから平和を得ようとするのと同じである。たとえるならば、ノドが乾いてから井戸を掘る、戦争のさなかに武器を作るのと同じである。これでは遅きに過ぎるではないか。

道 (周回コース) に従う

本当に大切なことを言っていますね。

〇〇のツボに鍼をしろとか、✕✕の薬を飲めとか、そういうことは一切書かれていません。書かれているのはただ、「春夏秋冬 (生長収蔵) の法則に従いなさい」ということだけです。

まず、生長収蔵とは何か、これを理解する必要があります。これは、「木火土金水」…五行と健康 に詳しく説明しました。この内容を前提として話を進めますので、お手数ですがこれをまず読んでください。

この「生長収蔵」という終点のない「周回コース」を、コースアウトすることなく、前に前に歩み続けるのです。前に少しでも前進することが、すでに生き生きとした「健康」です。

図の真ん中に「土」がありますね。土は、時計で言えば針のネモトの中心部分で、ぐるぐる回す原動力です。土は飲食です。人間は、活 (肉体も精神も) ・休息 (安) ・飲で生きています。うごく・ねる・たべる。人間のやっていることのすべてとなります。飲食が活動と安静を生むのです。
・動… 陽
・静… 陰
・食… 精 (水穀の精。陰陽を生み出す)

これらを正しく行うこと。それが「道」なのですね。つまり道とは正しい生活習慣です。

飲食は四季のいずれにも関わる「道」です。

そのうえに、
夏には「夏の道」があり、
冬には「冬の道」があります。
正しい生活習慣は、夏と冬では少し違うのですね。

これが「夏に陽を養う」「冬に陰を養う」ということにつながります。

詳しく説明しましょう。

冬病夏治とは

昔は冬の暖房設備がなく、掛け布団が吐く息で凍ったという話も聞きます。カゼでも引くと、それが原因で命に関わります。「傷寒論」はそういう環境下で生まれた書物です。冬になってカゼを引いてしまったら手遅れになることがある。だから夏の間に陽 (活動) をチャージして、冬に陽 (温かさ) が足りないということのないように準備しておく。これが「冬病夏治」の本来の意味です。

冬が苦手という人は、みな陽が足りていません。

だからこそ、夏にガンガン体を動かし、汗を流し脂をしぼる。そういう事がもし可能ならば、冬の冷えとはおさらばできます。ただし、それができない。そんなことをすると夏バテしてしまう。だからこの冬も寒くて冷えてしかたないのです。

体を動かすことができるように体質を変えていく、これが夏に行うべき治療です。いくらいい治療をやっても体を動かさなければ陽は養えません。治療 (正しい弁証論治) が呼び水となり、体を動かすと気持ちいいと感じる。汗をかくと清々しく感じる。これで初めて陽が補えるのです。

これが治療の本道であり、周回コースに沿った夏の「歩み方」です。

冬の「根」は夏に作るのですね。

夏病冬治とは

逆に、夏に暑気あたりや熱病にならないようにするのが「夏病冬治」です。体がヒートアップしすぎないよう、クールダウンする力 (陰) を冬に養うのです。夏になってからクールダウンしようとしても、時の間に合わないので、冬の間に準備しておくのです。夏が苦手という人は、みな陰が足りていません。

だからこそ、冬は思い切って早く寝る。眠れなくても構いません。暗い寝室で目を閉じていれば、それで陰が養えます。冬の間に陰 (燃料) をチャージして、夏に陰 (燃料) が足りないということのないように準備しておく。

燃料が足りなければ、夏に動けなくなります。クーラーの部屋でジッとばかりしていると、熱がこもって本当の涼しさや清々しさ (陰) を味わうことが出来ません。農耕社会においては、夏の暑さをいとわず草掃除などに明け暮れます。日も傾き、きれいになった畑を見ながら感じる涼しさは、現代人が忘れてしまった「陽中の陰」で。これがあれば効率よく陽を補うことが出来ます。

現代人は「陽有余・陰不足」ですね。冬に動けなくなる人よりも、夏に動けなくなる人のほうが多いと感じます。伝統的に冬病夏治が重視されるようですが、現代人は夏病冬治こそ大切だと思います。

ハロウィン・クリスマス・お正月。冬になったら、夜になったら、さあこれからだとなってしまう。あれもしたいこれもしたい。だからこの夏も蝉の声を聞くだけでゾッとするのです。

早く床で休みたくなるように体質を変えてゆく。暗くなったら眠くなるのは健康の証しです。いくらいい治療をやっても早く寝なければ陰は養えません。治療 (正しい弁証論治) が呼び水となり、早く休むことが心地よいと感じる。眠れなくとも自分と向き合う満ち足りた時間だと感じる。

これが治療の本道であり、周回コースに沿った冬の歩み方です。

夏の「根」は冬作るのですね。

“これに逆らえば則ち乱る”

この周回コースは、「天が定めた道」です。

“逆之則死” …これに逆らえば死ぬ。厳しい表現ですね。本当にそんな事があるのでしょうか。

たとえば、3日続けて徹夜麻雀をしたとします。すると頭痛になった。これは四時陰陽 (春夏秋冬・朝昼夕夜) の生長収蔵の周回コースから、コースアウトしかけてクラッシュしたのです。つまり「道」に逆らった。ただし、天は常に我々を守ってくれています。コースアウトしないように、道の両側に壁を作ってくれている。

だから、コースアウトしそうになると、壁に頭をぶつけるのですね。これが「頭痛」です。

これが《素問》でいう “逆之則乱” です。

壁にぶつかり痛い目にあうことによって、ああ、徹夜はやっぱりよくないな… と「気づき」を得る。そうやって素直に周回コースに戻るのです。

つまり夜は麻雀せず早く寝る。
つまり頭痛が治る。

この2つの変化が同時に起こるのですね。

  • 1日サイクル (朝昼夕夜) の生長収蔵に逆らうと、症状が出ます。つまり、昼に体を動かさなければ症状が出る。夜に体を休めなければ症状が出る。
  • 1年サイクル (春夏秋冬) の生長収蔵に逆らうと、症状が半年後に出ます。夏の不養生が冬に出る。冬の不養生が夏に出る。つまり、夏に体を動かさなければ次の冬に症状が出る。冬に体を休めなければ次の夏に症状が出る。

四時陰陽に背けば、どちらにしても壁にぶつかるのですね。

“これに逆らえば則ち死す”

つまり、この「壁」はとても大切なものです。

しかし、この「大自然の作った壁」を「人為的に壊す方法」を人間は考え始めた。そしてそれに成功します。そういうの、いっぱいありますね?
あるいは、この「壁」が生まれつき脆い人もいます。

ただし、この周回コースは非常に良く出来ていて、その壁を壊してすり抜けてしまったとしても、その外に二重、三重、四重、五重…と、壁が用意されていて、コースに戻そうとするのです。自然は我々をすぐに見捨てたりしない。法を破っても、一度や二度は許してくれるのです。「愛ある壁」で守ってくれているのです。

しかし、その壁をも次々に壊してゆく。

徹夜麻雀で頭痛という壁にぶつかり、その壁が消えたらどうなるか。今夜も夜ふかしで麻雀です。このように生長収蔵の周回コースを外れてなお進む。二重、三重と用意された「2つ目の壁」にぶつかる。壊す。「3つ目の壁」にぶつかる。壊す。これを繰り返す。

壁を壊し続ければ、最終的には、崖に行き着きます。

「道」から外れる。コースアウトしてしまう。コースアウトしても前には進めます。前進できる。だから楽だと感じる。楽ではある。が、これは崖っぷちに向かって元気よく走っている姿だったのです。

そしてそのうち、今度は壁ではない景色が展開します。今までは、壁さえ壊せばそのまま進むことが出来ました。しかし、ここにはもう「壁」がない。あるのは断崖絶壁です。

これ以上同じ方向に歩を進めれば、もう後がない。

これが《素問》でいう、“逆之則死” です。

夏の道が冬の道につながる

未病を治す

あまりにも有名な言葉です。

上記の《素問・四氣調神大論》は、この言葉の出典の一つです。最後の方で出てきましたね。

もちろんいろんな応用のできる言葉ですが、

  • 冬の病気になる前に、夏の生活の仕方に気をつけなさい。
  • 夏の病気になる前に、冬の生活の仕方に気をつけなさい。

という意味があったのですね。病気になる前に気をつけて予防する。「治未病」です。

夏の養生をできるだけやる。それは冬の健やかさにつながる。
冬の養生をできるだけやる。それは夏の健やかさにつながる。

かくて無限に「道」はつながっているのです。

コースに戻して、楽にする

“コースアウトしたものをコースに戻しつつ、同時に体を楽にしてあげたり予防したりしなさい”

《素問》は、このような達観を2000年前にわれわれ臨床家に提言しているのですね。

すごい。

それにしても、楽になるために壁を壊し、「道」からコースアウトして崖っぷちにまで迷い込み、「手の施しようのない状態」「何も効かない状態」になっている人がいかに多いことか。とくに高齢者。

正しい道と誤った道。

この2つの道を噛み分け、未病を治すという言葉の本来の意味を具現化できる治療家になりたい。

それは、体が楽になればなるほど運動したくなるし、体が楽になればなるほど早く就寝したくなる。そんな雰囲気を持つ治療です。

王道はない

  • 夏に症状が改善しても、運動しようとしない。
  • 冬に症状が改善しても、早く床につこうとしない。

こういう結果になってしまうならば、頭痛を取ったらますます徹夜麻雀をやりだした… のと同じです。それでは「壁」を壊したに過ぎない。最低限ぼくたちは、鍼灸や漢方を使って「壁」を壊すことのないようにしたい。「壁」のすり抜けを手助けすることのないようにしたい。効いたらいいのではない。脳腫瘍の頭痛が消えても脳腫瘍が消えなければ脳腫瘍は大きくなり続けることになる。

正しく「弁証論治」すること。

結局はこの一言に尽きます。

夏であろうが、冬であろうが、春であろうが、秋であろうが。

大自然と人を、一体として弁証する。

王道はありません。

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