胃の痛み。経験のある方は多いはずです。なぜ、痛むのか? 実はこれは体が発する危険信号です。何に対する危険信号なのでしょう。
東洋医学のメガネを通してみていきましょう。
胃の不通
痛みの大原則は、「痛み…東洋医学から見た7つの原因と治療法」で学んだように「不通則痛」が原則です。通じなければ、すなわち痛む。
では、不通になる原因は…。
上の図は、人体の物質的な解剖学的側面を残しつつも、機能的な陰陽論によって説明したものです。機能を写真に撮ったり図示したりするのは本来不可能なので、かなり無理やりな図になっています。
「機能」は理解しにくい概念です。詳しくは を 「四診とは…望診・聞診・問診・切診」 をご参考に。
陽は活動。陰は休息 (充電) 。我々は、活動するために生きています。休息するためではありません。しかし、活動するためには休息が必要なので、休息も活動と同じくらい大切。つまり、陰は陽のために存在する…ということです。
上図での衛気・宗気・営気・血は全て大切ですが、すべては宗気のために存在します。宗気とは、通じさせ、めぐらせ、動きをもたらす原動力。生命は動くために存在します。これは生命全体にも言えることだし、胃という一部分にも言えることです。
上図での衛気・宗気・営気・血のいずれかが機能不全になると、陰と陽とのバランスが崩れます。バランスを崩した陰陽は、厳密には陰陽とは言えません。陰陽を分けるはずの境界も、存在があいまいなものになります。陰は陰らしく存在しえず、陽も陽らしく存在できません。結果として、宗気も宗気としての働きができず、「不通」となります。これが痛みの病理です。
以上をふまえた上で、いろいろな胃痛の病因病理を見ていきましょう。
なぜ不通に…4つの原因と治療法
1.寒邪客胃
病理:冷たい空気・冷たい飲食。こうした寒邪は口から胃に入ります。胃の衛気にダメージを及ぼし、衛気の温める力の後押しを失った宗気はめぐることができず、不通となり、胃痛となります。
この寒邪は一般的な表寒の寒邪とは違います。一般的な寒邪については「寒邪とは」 (外邪って何だろう) をご参考に。
口から入る寒邪については、便秘…東洋医学から見た6つの原因と治療法の「4.陽虚…冷えの便秘」で詳しく説明しました。
症状:外から入るので痛みは急にきます。温めるとましに、冷やすと痛くなります。
治法:温胃散寒,理気止痛。
胃を温めて寒邪を散らす必要があります。
鍼灸:中脘・足三里・復溜・陽池・気海など。
漢方薬:良附丸など。
2.飲食の不摂生
①食滞
病理:暴飲暴食後に胃が張って痛くなります。食べ過ぎ飲み過ぎは、胃の宗気を直接阻害し、不通となり、胃痛となります。
症状:食べると胃痛が増し、ゲップ・胸やけ・未消化物嘔吐などがあり、吐くと痛みはましになります。あまり食べたがらず、放屁・排便によってましになります。舌の苔は分厚く、脈は力があります。
治法:消食導滞,和胃止痛。
痰湿を取り除き胃の下降作用を助けます。
鍼灸:足三里・裏厲兌 (裏内庭) ・中脘・内関など。
漢方薬:保和丸など。
②脾胃湿熱
病理:味の濃いもの、ピリ辛のもの・甘いもの・脂っこいもの・アルコール類を摂取しすぎると、痰湿を生じ、痰湿は気滞を生じ、気滞が熱に変化して、湿熱を形成します。気滞はめぐりを悪くし、宗気が阻害され、不通となり、胃痛となります。
「湿熱」については 「湿熱とは…邪気のステージ」 (正気と邪気って何だろう) をご参考に。
症状:焼けるような胃の痛みがあります。のどが渇くが飲みたくなく、口中裏が乾いたり粘ったりし、口が苦かったり (熱) 甘かったり (湿) します。胃がムカムカし体が重くなります。小便が黄色くなり、大便はスッキリ出ません。
治法:清熱化湿,理気和中。
湿熱を除き、めぐりを良くして痛みを取ります。
鍼灸:上巨虚・臨泣・後渓・胃兪・脾兪など。
漢方薬:清中湯など。
3.肝気犯胃
肝気犯胃は「逆流性食道炎…東洋医学から見た2つの原因と治療法」で詳しく説明しています。
①肝気犯胃
病理:ストレスが原因の胃の痛みです。胃の宗気・衛気が阻害されて不通となり、胃痛となります。
症状:当然ですがストレスで痛みが強くなります。胃が張り、胃の痛みが肋骨に響くことがあります。胸がモヤモヤし、よくゲップ・ため息が出ます。ゲップや屁が出ると楽になります。
治法:疏肝理気,和胃止痛。
肝気の高ぶりをしずめ、胃の活動を良くして痛みを取ります。
鍼灸:肝兪・胆兪・後渓・行間など。
漢方薬:柴胡疏肝散。
②肝胃の熱
肝気犯胃の邪熱バージョンです。
病理:生まれつき熱に偏りやすい体質の人がいます。こういう人は肝気が高ぶると、容易に肝熱に移行します。この体質の人が肝気犯胃となると、肝気によって弱くなった胃にも熱が波及します。こうして肝・胃ともに熱、という病態となります。
症状:胃が焼けるように痛く、急に激しい痛みが襲います。この辺りは火の性質とおなじ。暑さや熱い飲食物をきらいます。常にイライラして怒りやすく、胃酸が上がって胸焼けし、口が乾いたり口が苦かったりします。
治法:疏肝理気,泄熱和中
肝胃ともに熱と言っても、もともとは肝気犯胃から来ているので、肝気犯胃の治療が土台になります。その上に肝胃の熱を取り去り、きつい肝気によって弱った肝血と胃を補います。
鍼灸:臨泣・後渓・肝兪・胆兪など。
漢方薬:丹栀逍遥散合左金丸など。
③瘀血停滞
肝気犯胃の瘀血バージョンです。
病理:肝気が誤った条達をすると、行き詰って滞ります。滞るとめぐらせる力である宗気が弱くなり、血行も滞って瘀血を形成します。この時、肝気は胃を犯し、胃が弱くなっているので胃に瘀血が形成されます。宗気 (陽) ・血 (陰) ともに病む形となり、不通状態は頑固です。
症状:胃の痛みは、針で刺すような刃物で切られるような鋭い痛みで、いつも特定の場所が痛みます。押さえると余計に痛く、食後痛みが増します。夜中の痛みが強く、場合によっては吐血したり黒い大便が出たりすることがあります。舌は紫がかった色を呈してきます。
治法:活血化瘀,理気止痛。
瘀血を取り去ります。瘀血をとると宗気の力が増し、肝気による滞りが解けやすくなります。
鍼灸:臨泣・三陰交・膈兪など。
漢方薬:失笑散合丹参饮。
4.胃の弱り
①脾胃虚寒
病理:肝気犯胃が長く続くと、胃の働きが弱ります。つまり、胃の宗気とそれを助ける衛気が弱ります。胃の動きは鈍くなり、冷えて活動しなくなります。そうして、自然と胃が冷えて寒邪が生まれます。寒邪が痛みの原因になるのは、寒邪のところでご説明したとおりです。
症状:胃がジワーっと持続的に痛い。温めたり、さすったりするとましになる。お腹がすくと痛みが強く、食べるとましになる。弱りがあるので食事を摂ると弱りが回復し痛みがましになります。無理をするとひどくなる。、冷たい飲食物を摂ったり、体を冷やしたりするとひどくなる。食欲なし。澄んだ胃液を吐く。手足が冷える。心身ともに疲れやすい。軟便。
治法:温中健脾,和胃止痛。
胃を元気づけ温めて痛みを止めます。
鍼灸:足三里・太白・脾兪・胃兪・外関・申脈など。
漢方薬:黄耆建中湯。
②胃阴虧虚
病理:肝胃の熱が長く続くと、熱を冷まそうと陰が常に頑張るため、陰が疲弊します。陰が弱ると胃に潤いがなくなり、おまけに陰は宗気を生むベースになるので、宗気が働かず不通となって胃痛となります。
症状:胃はジワーっと焼けるような痛みがあります。じみーに持続的に痛いのは弱りの特徴で、上記①脾胃虚寒もそうです。空腹感はあるが食べることができず、口が乾き、体重が減少し、大便が固く便秘となります。舌は赤く乾き、苔が剥げてしまうこともあります。
治法:养陰益胃,和中止痛。
胃の陰を補い痛みを止めます。
鍼灸:脾兪・胃兪・列缺・照海など。
漢方薬:益胃湯合芍薬甘草湯など。
まとめと意味論
以上、見てきたように、胃の痛みという危険信号の意味するところは、ストレス・飲食の問題に帰着します。
イライラすることは胃痛の原因にもなるし、また人と人の争いの元にもなり、ひいては戦争の原因となります。食べ過ぎ・飲み過ぎは胃痛の原因となるだけでなく、自分中心の欲の行き過ぎを生み出します。一椀・一歩を譲るという考え方なしに世の中がまとまることはあり得ません。
東洋医学は、「病気」というものをそういう視点から分析します。警察みたいなものですね、病気は。世の安寧秩序を守るためには必要な物。でも、ちょっとうっとうしい。
イライラしても仕方ない。むしろ、感謝の方が気分もいいし得だ。独り占めしても楽しくない。養える分があればそれで十分だし、分け合った方が気持ちいい。…そんな考え方を、人間はどこかに持っています。これは動物には想像すらできない考え方でしょう。そんな考え方から歩みがそれたとき、我々の体は異変を訴えます。
古代中国人はそう見たのです。病気には意味がある…と。
そんな発想から生まれた東洋医学。「こころ」と「からだ」を分けて考えません。体が良くなるということは、心が良くなるということ。成長するということ。一本の鍼で治療するということは、そういうことを後押しすることでもあります。もともと心は、新芽のように太陽に向かって、まっすぐに伸びようとする性質がある。
だから体は良くなるのです。