じつは、「痛風」とはもともと東洋医学の言葉です。14世紀 (元代) の《格致余論》(朱丹渓) に、すでにその名が登場します。時代が下って、それを西洋医学も用いるようになったのですね。
名の由来から知るその病態
痛風の名前の由来は、よく言われるのが「風が吹いただけで痛い」から…というものですが、誰がそんなことを言い出したのでしょう。たしかにタオルをかけただけでも圧痛が生じるほどの激痛ではありますが、それとこれとは別です。およそ「風」がつく病名は、ほぼ全て東洋医学が出典で、中風とか、破傷風とかもそうです。破傷風は《仙授理傷続断秘方》という唐代の書物にすでに登場します。ですから、そんな安易な意味で「痛風」と名付けられたのではありません。
《格致余論》(朱丹渓) を見ると、病因病理だけでなく、その名前の由来までが見えてきます。
痛風者,大率因血受熱已自沸騰,其後或涉水或立湿地……寒涼外搏,熱血得寒,汗濁凝滞,所以作痛,夜則痛甚,行於陽也。
【訳】痛風は、およそ血分に邪熱がこもって激しくなっていることが根本原因である。その原因に、さらに体を冷やすようなことをすると風寒に襲われて体表を冷えが覆い、血分の邪熱が (魔法瓶状態で) 閉じ込められてしまう。すると邪熱に煎熬 (熱せられて濃くなること) されて、汗が濁り (尿酸濃度が高くなるイメージで) 凝滞し、痛風発作を起こすのである。夜間が特に痛みが甚だしい (血分に邪熱があると深夜に悪化し、風寒があると明け方に悪化する) 。陽気の盛んな時間帯 (昼) はめぐりやすいので痛みは落ち着く傾向にある。
“寒涼外搏” というのは、明らかに表寒 (表証) のことです。すべて表証というのは、かならず風邪 (ふうじゃ) を伴います。だから風寒・風熱・風湿などと言われるのですね。こういう病態を名付けて、外感病 (気候変化の影響を受けた病態) と言います。この知識を前提に、痛風の名前の由来に踏み込みます。
痛風は、別名を白虎風あるいは歴節風とも言われます。中風や破傷風も含め、これら「風」の字が付せられた病名はすべて「風病」を意味します。風病とは「風邪 (ふうじゃ) による病態」を示す病名ですが、さきほど言うように外感病はすべて風邪が一枚噛みますので、広義においては外感病 (表証) はすべて風病です。ちなみに「白虎風」は、虎に噛まれたほど痛い風病…という意味です。「歴節風」は、外邪が関節に歴訪した風病…という意味です。
名前の由来はイメージできたでしょうか。簡単に理解できる説明ではなかったはずです。ある程度の中医学知識がないと、一言や二言で「風フウ」を説明することなど出来ません。上のリンクに飛んで、その前後も含めて学習し理解を深めてください。
外感と内傷
つまり、「風」という言葉は、外感病 (表証) がからんだ病態を示すのですね。
それに対して、痛風には内傷病 (体の内側から生じる病気) の側面もあります。「ぜいたく病」とも言われたように、食生活による体内の問題が、ベースとしてあります。明代の《景岳全書》ではすでに「過度の肥甘厚味」(ご馳走の食べ過ぎ) に原因があると喝破しています。
夜間に悪化
食べ過ぎは邪熱を生じます。邪熱が久しく留まると「深い領域」つまり血分に侵入することがあります。上文の “血受熱” とはこのことを言っています。こういう病態のことを中医学では営血蘊熱 (血熱証) と言います。営血蘊熱は深夜に症状が悪化するという特徴があります。
痛風発作は夜に悪化しやすいという特徴がありますが、それに対する説明の一つが、内傷病としての営血蘊熱によるということが言えます。血に入った深い熱を除去することで、発作を収めます。
さらに、外感病としての風寒が体を取り囲んでしまう状態 (表証・表寒証) だと、この邪熱が外に逃げられなくなります。表面は冷えて内部は熱い。まるで魔法瓶ですね。表面が温かければ、内部はすぐに冷めていきます。内部が冷めれば発作は消える、そうすることが痛風発作を起こしているときの、まず第一着手となるのです。いわゆる先表後裏です。表寒を取り除くことで、発作を収めます。
ちなみに表寒証があると、午前3時ごろからの明け方に症状が悪化しやすいという法則があります。明け方は天地陰陽が寒涼に傾き、寒邪を強くします。寒邪が強くなると、とうぜん強く邪熱が閉じ込められ (魔法瓶状態) てしまい、痰湿が煎熬されて「痰核 (痛風石) 」(尿酸結晶・痛風結節に相当) を形成して激痛を生じます。あるいは血が煎熬されると「瘀血」(尿酸結晶・痛風結節に相当) を形成して激痛を生じます。痰湿や瘀血を取り除くことで、発作を収めます。
夜中から早朝にかけての時間帯に痛風発作は起こりやすく、現代の統計では日中2:夜間5 くらいの割合と言われており、上文《格致余論》でもこれを特記しています。
西洋医学的には「夜中から明け方にかけて」は、1日のうちで尿酸値が最も高くなる時間帯であると言われます。また睡眠中は体温が下がるため、尿酸結晶が生じやすいと言われます。しかし、この知識があっても、それをコントロールするのは難しいですね。中医学は、操作できる切り口から切り込みます。それが表証であり、営血蘊熱証であるということです。
僕の経験では、表証はうまくやれば養生指導を与えるだけで取れてしまいます。営血蘊熱証は三陰交が主治します。痰湿は豊隆、瘀血は臨泣または三陰交が主治します。
西洋医学における痛風発作の原因と対策
尿酸値が高いものを高尿酸血症 (7mg/dL以上) と呼ぶ。
高尿酸血症を放置し尿酸値が高くなると、尿酸が血液中に溶け切らなくなり尿酸結晶を生じる。尿酸結晶は針のような形をしており、これが関節内に溜まると、痛風発作 (急性痛風性関節炎) と呼ばれる激痛となる。足の親指の付け根 (中足趾節関節;MP関節) が好発部位で50~70%がここに生じる。
男性 (特に30代前後) に多く、女性は少ない。更年期以降の女性はやや多くなる傾向がある。
発作が始まると半日から2日くらいが痛みのピーク、その後7~14日で自然軽快する。

尿酸は以下の原因によって血中に存在する。
・リボ核酸 (RNA) とデオキシリボ核酸 (DNA) が代謝分解されたときに尿酸が生まれる。
・食品に含まれるプリン体が尿酸に変換される。プリン体はRNAとDNAの材料となる。
血中に増えすぎた尿酸は、腎臓によって濾過され尿として排泄される。当然、腎機能が低下すると尿酸値は上昇する。ただし腎機能に異常がなくても尿酸だけ濾過されない場合が高尿酸血症では多く見られ、これは遺伝による。痛風が遺伝すると言われる理由である。
夜間睡眠中は、1日のうちでも尿酸値が高くなることが知られている。夜間は水分を摂らないため、血液の濃縮が起こり、尿酸の濃度が相対的に高くなる。
また尿酸は低温では溶けにくくなる性質を持っており、そのため体温が下がると血液中の尿酸が結晶化しやすくなって関節などに沈着しやすくなる。よって体温が下がる夜間睡眠中は、発作が起きやすいといわれる。
夏場は発汗によって尿酸濃度が上がるため、痛風発作が起きやすくなる。
冬場は寒冷によって局部的体温が低下するため、痛風発作が起きやすくなる。
- 急性期 (痛風発作) は炎症を抑えて痛みを止める薬を用いる。
また1日1.5〜2Lの水分補給をして、尿酸の排泄を促す。 >> 中医学的にはこの行動は水湿痰飲の邪を生む可能性がある。 - 寛解期 (高尿酸血症) は尿酸値を下げる薬を用いる。
プリン体は、肉類、魚介類、ビール (大麦) などに多く含まれる。またアルコールは尿酸の生成を促進し、排泄を妨げる作用がある。ビールが特に良くないと言われるのはそのためである。
【私見】そもそもプリン体はRNAとDNAを作るための必須栄養素である。よって他の様々な食品にも含まれている。何かを食べなければ防げるというものではなく、全体としての「食べ過ぎ」を防ぐ必要がある。遺伝的な腎臓の問題があって尿酸を排泄できない体質の人は、なおさらここに留意すべきである。でなければ、尿酸値を無理に下げたところで食生活が依然として変わらず、他の問題 (血糖・コレステロール・中性脂肪など) に置き換えられるだけであることを知るべきである。
中医学における痛風発作の原因と対策
邪熱が根本原因となります。もともと暑がりで陽気が盛んなタイプ (素体陽盛) は邪熱を生じやすく、臓腑に邪熱がこもらせがちです (臓腑蘊毒) 。もしそれが長引くと、強烈な邪気である毒邪を形成します。その毒邪が関節内に攻め入って痛風となるのです。
- 湿熱濁毒、留注関節
>> 湿熱痺阻証:四妙散加減など
その邪熱は、そもそも脾胃の不調が生み出したものです。脾胃の不調は邪熱だけでなく、痰湿をも生み出します。邪熱と痰湿が結びついて湿熱となり、強烈な邪気である毒邪 (湿毒・熱毒) となって経絡を閉塞させ、毒邪は関節にまで侵入するに至ります。このとき正気 (巡らせる力) が弱いと、毒邪は長くそこに留まり除去することができません。こうして毒邪は、関節内に入っては隠れ、入っては隠れを繰り返し、やがて関節を占拠して石のように固い痰核 (西洋医学の尿酸結石と同義;中国語では痛风石) を形成します。 - 脾虚為本、湿濁為標
>> 脾虚湿阻証:四君子湯加減など
さきほど “正気 (巡らせる力) が弱いと” と言いましたが、この「正気」は主に脾が作っています。もともと脾が弱く、さらに飲食不摂生が加わると、脾胃を損傷し、運化作用が失調して巡りが悪くなり、痰湿が生まれます。その痰湿が、皮毛・肌肉・関節・臓腑などの各方面に運ばれて、そこに留まって痰核となり痛風を発症します。 - 外邪侵襲
>> 風寒湿痹证:薏苡仁湯加減など
外邪も一枚からみます。皮毛から外邪が入って、肌肉や関節内まで侵入すると、気血が留滞し伸びなくなります。よって経絡が不通となり、不通則痛の原則により痛みが出ます。 - 気血不暢、痰瘀互結
>> 痰瘀痺阻証:桃紅四物湯合二陳湯加減・二陳湯合桂枝茯苓丸加減など
外邪に侵襲された状態が長く続く、あるいは久病で気血が弱ったり陰陽の幅が小さくなると、
①関節内の気血の推動が弱り、痰湿 (痰核) ・瘀血を生じる。
②血熱から瘀血を生じる。
このようにして痰瘀が互結し、さらに経絡を閉塞させ関節が腫れ、変形したり結節ができたりします。
【参考;医学百科】
考察 (私見)
外邪侵襲についての私見
重要なのは、やはり表証です。表寒証・外感病・外邪侵襲 とも記述している部分です。
上文の「中医学における痛風発作の原因と対策」は、中国語原文に沿って日本語訳したものですが、僕の臨床では、外邪はそんな簡単に肌肉や関節に入るものではありません。外邪は体表を取り囲んでいるだけです。取り囲むだけで邪熱や痰湿を非常に取れにくくします。
表面が冷たい魔法瓶状態になると、邪熱が冷めません。
表面から冷やすと、痰湿はますます固くこびりついて取れません。皿にこびりついた餅や油汚れを想像するといいでしょう。
痛風発作はある日突然起こります。これは外邪の特徴です。たとえばカゼ引きも、ある日突然起こりますね。カゼ引きも外邪によるもので、ある日突然取り囲まれるのです。
ですから、まずこの外邪をいかに診断し、それを取り去る技術を身につけるかが最重要となります。明確な診断ができればできるほど、取り去る技術も上がります。ですが、最初から高度なことは出来ないので、まずはカゼを引いたときなどに自分のツボの反応を見ることからです。肺兪・外関・申脈などから見ていくといいでしょう。反応が見て取れたら、鍼を打ってみることです。※本ページは医療資格を持つ方から受けたご質問をもとに書いたものです。一般の方は鍼を用いることは出来ませんので注意してください。
脾気急躁が関わる
痛風に、外邪・邪熱・痰湿・瘀血、これらが関わることは言うまでもありません。
しかし、もう一つ僕が大切と考える要素がメンタルの問題です。ここの見出しに「脾気急躁」と書きましたが、実はこれは中医学用語ではありません。下リンクに詳しく説明しているので一読ください。

脾気急躁という病態 (証) を、つまりは発見したのです。
脾気急躁の診断点は、大都と左脾兪一行です。この2つが揃っている時、脾気急躁と断定します。脾気急躁は問診では弁証できず、おそらく切経でのみ弁証できるものです。もちろん、ツボの反応は一朝一夕に見極められるものではありません。ツボの診察…正しい弁証のために切経を に詳しく書きましたのでご一読ください。
なにか、身辺の騒がしさ、気忙しさがあるのです。ただし、本人もその騒がしさをそう意識できていない。そういうものが大都に反応してきます。それが尿酸の排泄を妨げていると思います。ただ単に食事に気をつけたからと言って、尿酸値が下がらないのは、根本的にはメンタルの問題があるからだと考えています。
痛風の好発部位は、この大都 (母趾MP関節) ですね。脾経である大都に痛みが出やすいのは、飲食との関わりだけでなく、脾気急躁のトリガーポイントであることも関わっているということです。
この大都の反応は、他にもいろんな痛みに関わってきます。たとえば痛風でない人が大都が痛いという場合がありますが、臨床をやっていれば分かると思うのですが、なかなか取れにくいですね。ところが脾気急躁を取ると、いままで痛い痛いと言っていた人がケロッと治ってしまうことがあります。ただし、大都に鍼を打っても脾気急躁は取れないと思います (打ったことがないので分かりませんが) 。どうやって取るかは、上リンク「脾気急躁…肝ではないストレスがあった」を熟読してください。
同じようなことが、手指の関節痛 (腱鞘炎など) や、肋間神経痛なんかでも言えます。手指の関節痛は拇指その他の指で出ますが、本当に取れにくいですね。こういうものが取れるという経験をしています。
私見まとめ
「私見」と断っている箇所以外は、すべて中医学に沿った内容です。
そこに私見を加えました。すなわち、外邪侵襲は、中医学で説明されている以上に絡んでいることが多く、これを診断し取り除くことが重要である。さらに、中医学では触れていなくとも、メンタルの問題が痛風には関わっており、それを脾気急躁という概念で重視する。
中医学の教科書的なものに則 (のっと) る。一通り押さえる。
これは最重要です。基礎がないと話になりません。
そのうえで自己一流のものを構築していく。
物事を極める場合、どんな事柄でもこの法則から外れません。
名前がすでに病因病理や病態をイメージしやすくしています。こういうことは西洋医学でもよくやることで、そもそもネーミングとはそういうものです。東洋医学においても安易なネーミングなど存在しません。