奇経八脈って何だろう <後編>

▶脈の “海”

奇経八脈って何だろう<前編>  で展開したように、奇経は人体そのものとも言える「大きな袋」です。その袋には陰 (血) が入り、陽 (気) がその袋を覆っています。

つまり、陰陽を大きく支配していると言えます。任脈が “陰脈之海” 、督脈が “陽脈之海” 、衝脈が “十二経脈之海” と呼ばれ、これらが奇経八脈の根幹であることを考えると、これは当然のことであります。

任脈… 陰脈之海.<医宗金鍳・任脈循行歌>
督脈… 陽脈之督綱.<医宗金鍳・督脈循行歌>
衝脈者.十二經之海也.<霊枢・動輸 62>

八綱をご存知でしょうか。陰陽・表裏・寒熱・虚実です。弁証のもっとも大切で基本になる部分です。ここを大きく動かす力がある、それが奇経だと思っていただいて結構です。

<前編>を基礎として、もう一歩話を広げたいと思います。

▶一源三岐

まず、前提としたいことがあります。

球形の受精卵が着床したときに接着する部分、それが臍 (前) になりますが、この時点で、その球体には
・前 (任脈) と
・後ろ (督脈) と
・その中間 (境界) にあたる衝脈
が現れます。この3つはともに “胞中に起こる” “会陰より起こる” ので、3つにして1つ、1つにして3つです。

一源三岐といいます。

陰 (任脈) と陽 (督脈) と、その陰陽を仕切る「境界」、この3つが重要とされます。境界とは陰にも陽にも偏らない真ん中のことです。中庸とも言いかえられるでしょうか。

衝脉任脉.皆起於胞中.<霊枢・五音五味 65>
督乃陽脈之海.其脈起於腎下胞中.<奇経八脈考>

督脈起於會陰,循背而行於身之後,為陽脈之總督,故曰陽脈之海;
任脈起於會陰,循腹而行於身之前,為陰脈之承任,故曰陰脈之海;
衝脈起於會陰,夾臍而行,直沖於上,為諸脈之衝要,故曰十二經脈之海,

奇経八脈考>李時珍(1518-1593)

一源三岐という言葉は、張景岳が「類経」で、 “啓玄子(王冰)引古経云 …任脉衝脉督脉,一源而三岐也。” と言っていますので、王冰が言い出したことなのでしょう。金元の四大家である張従正 (攻下派) が残した<儒門事親>にもこの言葉があります。

衝、任、督三脈同起而異行,一源而三歧,皆絡帶脈。

<儒門事親>張従正(1217-1222)

これを<前編>では、一枚のコインのような形で説明しました。立てたコインの縁 (ふち) が任脈と督脈です。それがコイン回しのように、上下軸 (衝脈) で回転するのです。するとその残像は、まるで地球のような球形となります。

奇経八脈って何だろう<前編>  より引用

一源三岐が元となって、球形が誕生します。

縁 (ふち) には正面があって、正面が任脈で陰、後面が督脈で陽です。人間のお腹側と背中側ですね。このように考えると、督脈が陽脈之海、任脈が陰脈之海、衝脈がそれらを綜 (す) べる十二経脈の海であるという意味がイメージしやすくなります。

十二経 (経絡) も奇経も、基本的には左右に二走行・二穴です。これは面を示します。人体とは面を持つ立体です。しかし、任督のみは線です。正中線上に一走行・一穴しかありません。これは、回転して球面を作る前の、静止したコインの縁です。この一走行の線がクルクル回りながら変化して、十二経と奇経が作られているのです。だから “海” なんですね。任脈へのアプローチは陰脈すべてに、督脈へのアプローチは陽脈すべてに影響するのです。

コインを見ると分かるように、その任督を支えているのは衝脈です。衝脈が腹部 (体幹部) の腎経と同じであることは、このコイン (衝脈) の前身が 五臓の図形化… 球形をイメージする で説明した “ドット” すなわち「精」であることを示すかのようです。その精が元となって陰陽 (任督) を生み、三陰三陽 (十二経) へと分化します。だから “十二経之海” なのですね。

▶両維脈と帯脈

▶北半球・南半球・赤道

地球には、赤道があります。これが帯脈です。縦軸の衝脈はもともと上下を持った脈 (前編を参照) なので、この時点で上と下との中間 (境界) も現れます。つまり帯脈 (中) は衝脈 (上下) から生まれたとも言えます。

帯脈 (赤道) と同時に現れるのが南半球と北半球です。これが両維脈 (陰維脈と陽維脈) です。

  • <前編> では両維脈と帯脈をビーチボールのような「ふくろ」として捉えましたが、今度は、南半球と北半球を両維脈、赤道を帯脈として捉えます。

また、任督という前後が確定し、衝脈という上下が確定し、帯脈という立体が確定すれば、おのずと左右が確定します。この左右が両蹻脈 (陰蹻脈と陽蹻脈) です。

陽維は一身の表を主り、陰維は一身の裏を主る。乾坤 (天地=上下のこと) を以て言うなり。
陽蹻は一身の左右の陽を主り、陰蹻は一身の左右の陰を主る。東西を以て言うなり。
帯脈は諸脈を横より束ねる。六合 (天地東西南北のこと) を以て言うなり。

奇経八脈考>李時珍(1518-1593)

両維脈・両蹻脈・帯脈を、この奇経八脈考の文言に照らし合わせていきます。

▶一年を陰陽に分ける

図のように、地球は上下 (陽維脈と陰維脈) に分けた時、北半球は陽維脈であったり陰維脈であったりします。南半球も同じく、陽維脈であったり陰維脈であったりします。

陽維脈であったり陰維脈であったりは、周期があります。その周期は、半年ごとに入れ替わります。一年を陽 (夏場) と陰 (冬場)に分けているのですね。

地球と対比する両維脈・両蹻脈

見ると分かるように、日本が夏の時は北半球の陽気 (オレンジ色) の面積が陰気 (灰色) の面積に勝ります。この状態は陽維脈がメイン、陰維脈がサブで、全体としては陽維脈です。日本が冬の時は、その逆つまり陰維脈が主、陽維脈が従です。

日本が夏のときは、北半球が表で明るく、南半球は裏で暗くなります。
日本が冬のときは、南半球が表で明るく、北半球は裏で暗くなります。

陽維脈・陰維脈とは、一年を夏場 (昼の時間帯が長い時期) と冬場 (夜の時間帯が長い時期) の陰陽に分けた時に、夏は夏らしいハツラツした活発さのある心身の状態 (健康) 、冬は冬らしいシットリとした落ち着きのある心身の状態 (健康) となるための土台となる働きのことを言います。

夏は活動が健康、冬は静寂が健康です。これが自然です。

▶両蹻脈と衝脈

▶昼半球・夜半球

それに対して、地球を左右 (陽蹻脈と陰蹻脈) に分けた時、昼半球は陽蹻脈であり、夜半球は陰蹻脈です。これら昼と夜の半球は、地軸に合わせて北極からみて右回転で回っています。南を向いて太陽を観察した時、左 (東) から右 (西) に時計回りで回転するのと同じことです。地球の回転は北極から見て左回転ですね。

“陽蹻は一身の左右の陽を主り、陰蹻は一身の左右の陰を主る。東西を以て言うなり” <奇経八脈考>という意味がよく分かります。

▶一日を陰陽に分ける

そしてこの周期は、半日ごとに入れ替わります。一日を陽 (昼) と陰 (夜)に分けているのですね。さっき陽蹻脈だったところは今は陰蹻脈となり、陰蹻脈だったところが陽蹻脈となります。

陽蹻脈・陰蹻脈とは、一日を昼と夜の陰陽に分けた時に、昼は昼らしいハツラツとした活発さのある心身の状態 (健康) 、夜は夜らしいシットリとした落ち着きのある心身の状態 (健康) となるための土台となる働きのことを言います。

昼は元気で眠くないのが健康、夜は眠くておとなしいのが健康です。これが自然です。

▶両維脈・両蹻脈の相違点と共通点

▶流注から見る相違点

両蹻脈はともに跟中 (かかと) から起こり、それぞれに走行し、晴明 (めがしら) で再び交会し、連携の緊密さが伺えます。足と目は一日の活動・休息の起点になる部位ですね。小さな場での小回りの効くサイクルの陰陽であることが伺えます。小さいだけに連携しているのですね。

両維脈は督脈・任脈との連携が緊密です。陰維脈は任脈の廉泉・天突と交会します。陽維脈は督脈の風府・瘂門と交会します。そして、陰維脈と陽維脈の交会穴はなく、この2つの緊密さは伺えません。両脈の連携は、その背後にある任脈と督脈の連携に依拠するかたちです。大きな場でのサイクルの陰陽であることが伺えます。大きいだけに互いに独立している感があります。ただし、春分と秋分はバトンタッチがあるので、まったく繋がりがないわけではありません。

▶立体球からみる相違点

両維脈が主導する夏冬の陰陽は、地球の公転によって生まれます。公転は変化がゆっくりで、 “綱維” つまり太く維持する…と言うにふさわしく、大きな場の陰陽と言えます。一年がサイクルです。

両蹻脈が主導する昼夜の陰陽は、地球の自転によって生まれます。自転は変化が “蹻捷” つまり敏捷 (びんしょう) で、小さな場の陰陽と言えます。一日がサイクルです。

また、こうもいえます。

「北半球と南半球」では、赤道がそれらを仕切ります。これは永遠にして不動のライン (境界) です。両維脈を仕切る境界も “綱維” なのです。

ところが「昼半球と夜半球」ではそれを仕切るライン (境界) はあるものの、そのラインは一秒ごとに移動し変化してやまないものです。両蹻脈はそういう素早さを持っており、それらを仕切る境界も “蹻捷” なのです。

▶共通点は、任・督・衝

衝脈が根源

不動の横のラインを突き詰めると、地軸の中点に行き着きます。中点は不動です。
一秒ごとに移動する縦のラインを突き詰めると、それは地軸の回転に行き着きます。回転は変化です。

地軸とは衝脈です。衝脈 (精) は、「不動」と「変化」という陰陽を生み出すのです。「任脈」と「督脈」という陰陽を生み出すのです。

任督衝は一体

昼半球が表の地球 (陽蹻脈) 、夜半球が裏の地球 (陰蹻脈) であるとします。
夏半球が表の地球 (陽維脈) 、冬半球が裏の地球 (陰維脈) であるとします。

太陽に近い側 (督脈) は表、遠い側 (任脈) は裏になりますね。

  • もっとも太陽に近く明るく熱い部分は太陽、もっとも太陽から遠く暗く冷たい部分は太陰とも言えます。これは線ではなく面で考えた場合です。つまり地球をコインではなく、立体球として考えた場合です。

コインの回転で考えると分かりやすいかもしれません。督脈が表、任脈が裏です。回転すると表と裏が入り混じります。つまり立体球の表面は、どこでも表となりえるし、裏にもなりえる要素をもっているのです。地球がそうですね。

「任脈・督脈・衝脈とは」と題して、いずれ展開しますが、
・督脈は背部だけでなく、腹部にも流注します。
・任脈は腹部だけでなく、背部にも流注します。
・衝脈も、腹部・背部に流注します。

なぜこういう流注を古代中国人は見出したか、その理由が「コインの回転」から立体的に理解できるとともに、両維脈・両蹻脈が任督衝の活用変化である…ということが分かります。

▶まとめ

両維脈は一年の陰陽を支配します。夏場は活動的に、冬場はゆったりと、この陽と陰とのメリハリが、健康に直結します。自然のなりわいですね。逆らえば体を壊します。内関・外関・築賓・金門など、境界の帯脈は帯脈・臨泣などが重要穴処です。冬は落ち着いて過ごさせ、夏はハツラツと過ごさせる。両維脈を治療することで、そう仕向けることができます。そう仕向けることができれば、枝葉の症状は自ずと取れます。

両蹻脈は一日の陰陽を支配します。昼は活動的に、夜は早く床につく、この陽と陰とのメリハリが、健康に直結します。自然のなりわいですね。逆らえば体を壊します。肩髃・申脈・照海などが重要穴処です。晴明の代わりとして膀胱経の正営など、百会の左右も使えるでしょう。夜は落ち着いて過ごさせ、昼ははハツラツと過ごさせる。両蹻脈を治療することで、そう仕向けることができます。そう仕向けることができれば、枝葉の症状は自ずと取れます。

人間は、活動と休息 (睡眠) さえできれば、それが延々続けられれば健康です。

夏冬・昼夜という陰陽を、奇経によって大きく動かすのです。

さらにいえば、衝脈という「精」が、陰と陽とのエッセンスである任脈と督脈を生み出し、その2つのエッセンスが、四季という陰陽 (両維脈) と、昼夜という陰陽 (両蹻脈) を生み出した…といえます。そういう天地自然の骨格を我々はいただき、その骨格は住心地の良い家のように、我々を養い育ててくれているのですね。

その家とは、この地球でもあり、この体でもあるのです。

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