めまい (眩暈) 。メニエール病のように眩暈そのものが病気の主体となるものもありますが、しばしば眩暈は様々な病気の主訴となりえます。たとえば、高血圧・パニック障害・貧血などで、眩暈が主訴になりやすい。
こういう場合は、眩暈の東洋医学的メカニズムを明らかにし、その主訴に対する「証」を立てます。すると血圧も下がり、パニック障害も落ち着き、貧血の数値も改善する…という結果が期待できる、というのが東洋学の特徴です。
東洋医学の「証」って何だろう をご参考に。
また、主訴にはならないが、随伴症状として眩暈が現れることもあります。例えば内科の病気がある場合、それに軽い眩暈を伴っていれば、それがどういう眩暈なのかを明らかにすると、体質 (証) を紐解くヒントになることがあります。
東洋医学では、過去と現在の病気を、病名や科が違ったとしても別々のものと考えず、そこに潜む一連の流れを読み取ろうとします。そういう意味で、眩暈が脳梗塞につながる場合があることも特記事項でしょう。どういう変遷が見て取れるのでしょうか。
さて、いつものことながら、東洋医学独特の「たとえ」をつかい、眩暈のメカニズムを解いていきましょう。
東洋医学は、なぜ「たとえ」を多用するのでしょうか。
「東洋医学の気って何だろう」をご参考に。
西洋医学と東洋医学は基礎とするものが違います。詳しくは
「四診とは…望診・聞診・問診・切診」
をご参考に。
頭は清々しい空
清空とは
われわれの頭は、健康ならばスッキリしています。モヤモヤするのは異常です。澄み渡った空。見上げれば雲一つないきれいで涼しげな青い空。そういう空が、人体の最上部である頭部にもある。そう考えてください。そして、それが正常である。
人体はミクロコスモスです。頭部には、このように涼しげな清らかさを維持する機能があり、この機能を東洋医学では「清空」といいます。
清陽とは
清空は、「清陽」で満たされています。我々が生命を営む上で不可欠な飲食物は、清く軽いもの (清陽) と、濁って重いもの (濁陰) の混在したものです。脾臓 (消化・吸収・栄養分配機能) は、腎臓 (父母から受け継いだ生命根源エネルギー) の力を借り、飲食物を清陽と濁陰に仕分けし、清陽は上に持ち上げ全身にめぐらせ、濁陰は二便として下降させます。
清竅とは…清空につながる竅 (あな)
昇った清陽は清空を満たします。当然、濁陰は清空には存在してはならないものです。清空には、清陽のみを通し、濁陰を通さないようにする機能が備わっています。東洋医学ではそれを「清竅」と呼びます。
人体外部からうかがえる清竅は7つあって、目 (2) ・鼻 (2) ・耳 (2) ・口 (1) です。いずれも清空につながり、澄み切ったものであるべきです。
めまいにおいては「人体外部からは伺えない清竅」を、病理の説明のために用います。
竅とは。読み…キョウ・あな。
オープンなスペースにつながる穴のような開口部をイメージします。
こういうイメージのものが機能的に存在します。
清竅って何だろう をご参考に。
めまいの基本メカニズム
さあ、この清竅、あるいは清空に、清陽以外のものが入ると? あるいは竅がふさがり清陽が入れなくなると? それはよくありませんね。そういう状態が眩暈です。
どんなものが入って眩暈が起こるのか。入る原因は何なのか。
どんなものが竅をふさぐのか。竅がふさがる原因は何なのか。
後述していきます。
また、清陽が十分に備わらず、清空が清陽で満たされないと、やはり眩暈がおこります。それも追って見ていきましょう。
以下、1~6にまとめました。
1.陰虚陽亢
陰虚陽亢とは、陰虚と陽亢が同時に存在する病態です。
陰虚とは
例えば、精神的ストレス (肝気鬱結) があったとします。精神的ストレスは緊張・軋轢 (気滞) を生みます。緊張・軋轢は熱 (邪熱・肝火) を生みます。体は、熱を何とか冷まそうと頑張ります。この頑張る力を「陰」といいます。陰はたびたび生じる邪熱を冷ましてくれていますが、そのたび力をつかい、それが長期に渡ると、陰の消耗 (陰虚) をきたします。
陽亢とは
陰は、同時に求心力でもあります。求心力 (引力) の中心…地球でいえば核にあたる部分…は、臍下丹田 (ヘソの下) にあります。ここを核として、陰によって鎖でつながれていた気滞・邪熱ですが、陰の消耗と同時にこの鎖は解かれ、自由になった気滞・邪熱は、上に昇ろうとする性質のままに、上に昇ります。この状態を陽亢といいます。
肝臓の「風神・雷神」
もともとの原因はストレスによる肝気 (肝臓の機能) の鬱結ですが、鬱結を起こさないような柔軟な考え方、ストレスをストレスと感じないような考え方が大切。肝臓は「風雷」に比喩されるような激しい性質を持っていて、普段はそれを秘めています。風神・雷神ですね。風雷は、ここぞというときに予想以上の力を発揮する力。そして、そういうことができる人は、肝臓が伸びやかな人です。逆に、肝臓が滞っていれば、一つ間違うと陽亢のような激しい反応が生じます。
巻き上がる風
勢いよく昇った気滞・邪熱は、急激な上昇気流を生み出し、風を巻き起こしながら、清竅をおかし、清空に乱気流をもたらします。これが陰虚陽亢による眩暈です。
◉陽亢>陰虚ならシーソーが傾く原因が気滞や邪熱なので、それらを取り去る治療を行います。肝臓に由来するツボを用います。肝兪・百会・合谷・内関・後渓・行間など。
◉陰虚>陽亢なら、シーソーが傾く原因が陰虚なので、陰を補う治療を行います。腎臓に由来するツボを用います。照海・大巨・関元・陰谷・曲泉・腎兪など。
≫「東洋医学の肝臓って何だろう」をご参考に。
≫「東洋医学の腎臓って何だろう」をご参考に。
≫「気滞とは」 (正気と邪気って何だろう) をご参考に。
≫「邪熱とは」 (正気と邪気って何だろう) をご参考に。
陰虚陽亢については「頭痛…東洋医学から見た4つの原因と治療法」でも詳しく説明しています。
2.肝火上炎
陽亢はあるが、陰の弱りがない状態のことです。清竅・清空を風が侵す病理は、陰虚陽亢と同じです。
治療は陽亢>陰虚と同じ。
3.腎精不足
陰の弱りはあるが、陽亢がない状態のことです。陽亢がなければ風が清空を侵すことはないので、腎精不足による眩暈は風によるものではありません。腎精 (陽を生むための陰のこと) は清陽を生み出す大本になる機能です。そもそもそれが足りないのですから、清陽が作れません。清空に清陽が届かなければ眩暈が起こります。
治療は陰虚陽亢と同じ。
4.痰濁上蒙
食べ過ぎ・飲み過ぎは脾臓を弱らせます。脾臓には栄養分を各細胞に送り届ける働きがあり、これが弱ると、栄養分を含んだ体液がモタモタし、滞って「痰湿」というネバネバ・ドロドロの副産物を形成します。ここから2つのパターンによる眩暈が起こります。
いわゆる苓桂朮甘湯証です。
痰湿が清竅に張り付く
痰湿があると循環は滞り気滞を生じます。気滞は陰に負担をかけて陽亢を生じ、陽亢による上昇気流は痰湿を巻き上げて清竅をふさぎます。清竅が閉ざされると、清陽は清空に入ることができず、眩暈となります。上に昇った痰湿はまるで洗面器に入った水のような揺れ方をします。この揺れ方がめまいに反映されます。
清陽で満たされるべき清空に、痰湿という濁陰が入ろうとする状態です。清竅をふさいでいる痰湿を取れば、陽亢も自然と治まり、眩暈は消え去ります。ちなみに、自然界での気象で、上昇気流は高温の水蒸気によって生じます。高温は邪熱、水蒸気は痰湿。そっくりですね。
水邪が清陽を抑え込む
水邪が中焦にあって、清濁を分けることができず、故に清陽が清空に昇れないことが原因です。清空を清陽で満たすことができなければ、眩暈となります。
中焦という洗面器に水が入っていて、頭や体を動かすと水が揺れます。水の揺れ方が清陽の昇り方と波長があうので、水が揺れるような眩暈となります。
公孫・豊隆・陰陵泉・足三里など。
5.瘀血阻竅
瘀血とは滞って動かない血のこと。手術や外傷で頭部に瘀血が生じると清竅をふさいで眩暈となります。
臨泣・三陰交・膈兪など。
6.気血両虚
大病の経過が長かったり、出血があったりして、その後の回復が良くない。あるいは労働過多・安逸過多などで体を弱らせる。すると、生命力の柱である気血を弱らせます。
気とは機能・力です。血とは力を生み出す土台・物質です。
気が弱ると、清陽を作ったり上に運んだりする「力」がなくなり、清空が満たされず眩暈となります。
血が弱ると、清空というスペースそのものを維持できず、結果として上に清陽が昇れず、眩暈となります。
百会 (灸) ・足三里・中脘・脾兪・三陰交・血海など。
めまいから脳梗塞への変遷
陰陽のシーソー
体がまだそんなに悪くない場合、陽亢と陰虚はシーソーのように、一方が主体となれば、もう一方はましになります。
陽亢は陽の部分で起こり、陰虚は陰の部分で起こります。つまり、陽が勝てば陰は影を潜め、陰が勝てば陽はおとなしくなります。これが陰陽のシーソーが動いている状態です。陰陽のシーソーが動いている状態なら、清空をおかされても、眩暈や頭痛で済みます。
動かないシーソー
しかし、病が長期化して陰も陽も同時に病むと、そこで踏みとどまれなくなます。シーソーの両端に、均等に大きな負担がかかり、つりあったシーソーが動かなくなるからです。同時にこれは、シーソーそのものが壊れてしまいかねない状態です。巨視的にみると、こうして青天の霹靂は起こります。
シーソーが動かなくなるということは、陰陽が働かなくなるということです。陰陽が働かないということは、陰陽の境界が機能しないということです。つまりチョウツガイですね。この状態では、陽は陽らしく、陰は陰らしく…ということが叶いません。
シーソーの真ん中…臓腑経絡
清陽は濁陰があるからこそ、きれいな陽でいられるわけで、清あっての濁、濁あっての清です。それがカオス状態になると、清空は清空の機能を保持できなくなります。それが進めば進むほど、体に異変が起こります。陽が陽らしくあり、陰が陰らしくあることは、生命のために非常に重要なことです。
陰と陽がハッキリ区別できなくなる。人体での陰陽を分ける境界のことを「臓腑経絡」といいます。この臓腑経絡がやられると、陰陽はカオス状態となり、生命は危機に立たされます。シーソーの真ん中付近でボキッと折れてしまうのです。
臓腑経絡が弱ると、風・痰湿・瘀血が臓腑経絡を直接おかすところとなり、「中風」となります。脳梗塞のことを俗に「チュウブ」あるいは「チュウブウ」というのをご存知でしょうか? 中風とは、「風に中 (あた) る」という意味。風が臓腑に命中することです。転じて「脳卒中風」…脳に卒然として風が中る…略して「脳卒中」といいます。