傷寒論私見…甘草乾姜湯・芍薬甘草湯・調胃承気湯・四逆湯〔29〕

29 傷寒、脈浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、反与桂枝湯、欲攻其表、此誤也、得之、便厥、咽中乾、煩躁吐逆者、作甘草乾姜湯与之、以復其陽、若厥愈足温者、更作芍薬甘草湯与之、其脚即伸、若胃気不和、譫語者、少与調胃承気湯、若重発汗、復加焼鍼者、四逆湯主之、

傷寒、脈浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、
反与桂枝湯、欲攻其表、此誤也、得之、便厥、咽中乾、煩躁吐逆者、
作甘草乾姜湯与之、以復其陽、若厥愈足温者、更作芍薬甘草湯与之、其脚即伸、
若胃気不和、譫語者、少与調胃承気湯、
若重発汗、復加焼鍼者、四逆湯主之、

《傷寒論》

イメージしてほしいのは低体温症です。冬山で遭難した時の非常に危険な状況を想像してください。張仲景先生の時代は、現代のような暖房設備がなく、このような状況と隣り合わせであったと考えられます。

▶成書とは異なる解釈

非常に含蓄のある、難解な条文です。

読めば読むほど、成書での解釈には異を唱えざるを得ません。

成書では、甘草乾姜湯で体が温まり、芍薬甘草湯で足が楽になって、そのあと譫語するなら、調胃承気湯を与える、と簡単に言います。順調に健康に復する過程で、譫語などという重篤な症状が出るでしょうか。

譫語とは、病人が意識朦朧の状態で、支離滅裂なことを大声で口走ることです。インフルエンザの異常行動をイメージしてください。実在の患者さんを想定するとどうでしょう。さっきまで煩躁し “つらいつらい”と 騒いでいた患者さんが、治療の過程で意識が混濁し、大声でメチャクチャなことを言い出したら、「ああ、これは良くなっているんですよ。」って家族の人に言えますか? そうではない、これは悪化です。

それをふまえ、文章の構成を確認します。

▶略解

傷寒、
≫この時点で傷寒の特徴が揃っているが、証候の列挙を省略している。3「太陽病、或已発熱、或未発熱、必悪寒、体痛、嘔逆、脈陰陽倶緊者、名曰傷寒、」

脈浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、
≫この時点で傷寒ではなくなっている。裏寒 (寒邪直中) ・陽明病・二陽併病 (48条) の可能性。

反与桂枝湯、欲攻其表、此誤也、
≫初級者は自汗があるので太陽中風と見て桂枝湯を選択する。中級者は二陽併病と見て桂枝湯を選択する。いずれも誤り。

得之便厥、咽中乾、煩躁吐逆者、
≫桂枝湯を服用するとこのような悪化がみられた。以下に、桂枝湯服用後の①~③の処置法を提示する。

①作甘草乾姜湯与之、以復其陽、若厥愈足温者、更作芍薬甘草湯与之、其脚即伸、
≫散見される熱証は、裏寒による格陽とみなして甘草乾姜湯を与える。足が温まれば、それが正解と分かる。裏寒ゆえの汗出・小便数なので、裏寒をなおしてから陰液を補う。

②若胃気不和、譫語者、少与調胃承気湯、
≫譫語が出れば、陽明病が伴うことが確定。微悪寒がある状態なので二陽併病である。二陽併病は本来は下してはいけないが、譫語があるので下してよい (110条) 。

③若重発汗、復加焼鍼者、四逆湯主之、
≫①のケースで、甘草乾姜湯を与えず、桂枝湯をもう一度与えたら、さらに陽気を漏らすので甘草乾姜湯に生附子を足す必要がある。

▶結論

まず、結論から入ります。

「脈浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、」・「厥、咽中乾、煩躁吐逆」では、双方とも、次の①・②の可能性があります。
①太陰の寒邪直中により、陽が上焦あるいは体表に格拒された証。
②太陽病を残しながらも、陽明に一部転属した証。すなわち二陽併病

下に、①・②それぞれのケースに分けて説明を展開します。

この2つの区別をつけ、最初に桂枝湯ではなく、①の場合は甘草乾姜湯、②の場合は調胃承気湯を与えておけば、すんなり治癒したと思います。

▶驚くほど難解

15~29条まで、原則を述べて臨床を語っていますが、驚くほどに難解です。とくに本条は、なぜいきなりこんな難しい例を出すのかと思うくらいです。これから傷寒論をよく読んで勉強し、本条が説明できるくらいになりなさい、という意図でもあるのでしょうか。張仲景にはこういう意地悪なところがあります。あるいは、名著というのは最初の一編を読んだだけですべてが分かるということを聞いたことがありますが、その範疇なのでしょうか。

上記の説明も、いきなり難しいものになりました。以下に、詳しく説明していきます。

 ▶桂枝加附子湯ではない?

ちなみに成書では、最初の段階での証は、桂枝加附子湯だと言っています。30条の「問曰、証象陽旦、」で始まる文章が根拠になるのでしょうが、この文章は明らかに後人が注釈として挿入したものです。仮にそれが正解なら、なぜ附子のない甘草乾姜湯をセカンドでチョイスするのかが理解できません。桂枝加附子湯証を桂枝湯でなお発汗し、陽気を漏らしているのですから、附子は絶対に必要なはずです。要附子の証を1度発汗させ、それを戻すのに附子が要らず、2度発汗してやっと附子 (四逆湯) が要るとは、おかしな話です。本条は、そもそも要附子の証ではないのです。

▶①と②、それぞれの詳しい説明

▶傷寒、

傷寒 (太陽病、或已発熱、或未発熱、必悪寒、体痛、嘔逆、脈陰陽倶緊者、名曰傷寒、) にかかった。傷寒と断っているのですから、これをゆるがせにするとロジックがなくなります。

▶脈浮、

①寒邪が強いがために太陰に直中したなら、中焦が急に冷えて格陽 (後で説明) をおこし、上昇して上焦にこもり、その邪熱が脈に反映されて浮になった可能性があります。

②二陽併病なら、浮脈の可能性があります。外感の寒邪にやられて、いったんは浮脈で、表で持っていたのだが、一部が陽明に転属した。

▶自汗出、

傷寒で自汗があれば治癒するのがセオリーです。しかし治癒しないどころか悪化していく。傷寒で自汗があるのに治癒しない場合、次の①・②の可能性を踏まなければなりません。

 ▶四逆湯の汗と甘草乾姜湯

①寒邪直中が起こっている可能性を探る必要があります。その時の自汗は陽気が漏れる気虚の汗でもあり、陰寒が陽気を外に弾き、格陽を起こした汗でもあります。四逆湯証の汗は気脱液随と言われ、危険な汗です。油汗が出るとも言われます。

363条「大汗出、熱不去、内拘急、四肢疼、又下利厥逆、而悪寒者、四逆湯主之、」
364条「大汗、若大下利、而厥冷者、四逆湯主之、」

ただし、本条での汗出は、四逆湯ではなく甘草乾姜湯で仕留めていますから、病状的にそこまでひどいものではありません。が、傷寒論論中、甘草乾姜湯の乾姜三両は最高量です。中焦を強烈に温める薬であり、四逆湯の汗に準ずるものであることには違いありません。

四逆湯…甘草2 乾姜1.5 生附子1
甘草乾姜湯…甘草4 乾姜3

汗出を止めることができなければ、四逆湯まで悪化するのですから、ここで食い止める。その薬が甘草乾姜湯と言えます。つまり、太陰病 (寒邪太陰直中) で自汗出・厥冷のあるものは、甘草乾姜湯が主るのです。

 ▶陽明の汗

②陽明に転属した可能性があります。陽明証に「大汗」があります。陽明病でも汗が出るのです。

直中で格陽を起こしたのか。もしくは陽明病に転属したのか。よく分からないが自汗があるから桂枝湯だろう、という考え方はデタラメだし、直中に表の薬を出す恐さを考える必要があります。356条に「傷寒、六七日不利、便発熱而利、其人汗出不止者死、有陰無陽故也、」とあります。

▶小便数、

小便も頻繁に出だした。排尿障害です。自汗と合わせて、津液が漏れています。陽気を漏らす可能性もあり、陰陽幅が縮小する可能性もあります。

①冷えの可能性があります。中焦の冷えが下焦に影響して起こった可能性と、中気の衰えが不制水となった可能性もあります。全体としては脾土の弱りから、制水できなくなり、汗と小便で津液と陽気が漏れ出しています。寒邪直中で起こり得ます (寒冷利尿) 。

「制水とは」…「下痢…東洋医学から見た6つの原因と治療法」をご参考に。

②陽明転属の可能性もあります。陽明胃経は少陰心経に流注します。そのため、陽明の熱が心に波及した場合は、心火が小腸に波及し、小腸の機能が滞って津液 (特に液) を気化できず、淋疾を起こす可能性があります。煩躁して小便も落ち着かなくなった。

排尿障害…東洋医学からみた7つの原因と治療法」をご参考に。

▶心煩、

①寒邪直中により、中焦に急な冷えが入り込み、それまでそこにあった陽気が上に押し出され (格拒) 、心に熱をもって心煩が起こった可能性があります。

②陽明に転属した可能性があります。足陽明胃経は心を貫いていますので、陽明の熱は容易に心を侵します。

 ▶格拒とは

格拒という言葉は、初めてですので、説明しておきます。これから何度も出てくる言葉だと思います。

冷えが熱と入り混じらず、たがいに弾き合うことを格拒といいます。たとえばヤカンにお湯を沸かし、それを蛇口の方に移動して冷水を勢いよく入れると、熱湯と冷水がぶつかり合って、ブクブク泡立って沸騰します。突沸です。

たとえば味噌汁のようなものを、ナベいっぱいに冷蔵庫で冷やしておいて、それをガスにかけ、強火で沸かそうとすると、突沸して周囲に飛び散ることがありますが、これは液体の粘度が高く、下の熱さと上の冷たさが対流せず、別々のままになるので起こる現象です。生卵を電子レンジで加熱すると爆発するのも同じです。

気象でも、太平洋の温かい空気と、大陸の冷たい空気がぶつかり合うと、その寒暖差が大きければ大きいほど激しい風雨が起こります。人体も自然なので、同じ現象が起こります。激しく突然起こるアレルギーはこれによって説明できます。

最近「偏西風の蛇行」という言葉をよく聞きますね。熱い空気と冷たい空気はすぐには混じらない。温暖化の影響で赤道付近の温度は熱くなっています。それが北極に向けて北上、北極圏の冷たい空気に、赤道で生まれた熱い空気が侵入しようとすると、冷たい空気は熱い空気に居場所を奪われるようにして南下するのです。

「あんこ」を手のひらに乗せ、それを握りつぶすと、指のすきまからアンコが飛び出ますね。こういうイメージで、熱い空気は冷たい空気を押しのけ、冷たい空気が下に飛び出る。飛び出た冷たい空気は、下にある熱い空気を押しのけ、熱い空気は上に飛び出るのです。

これを気象用語で「オストアンデル現象」 (押すとアンコが出る) というらしいです。この南下した冷たい空気と、北上した熱い空気が偏西風の蛇行部分で、近年の異常気象の原因となっているとのことです。

このように、すぐには入り混じらず、寒が熱を押しのけ、熱が寒を押しのける現象を、東洋医学では「格拒」といいます。対義語は「順接」です。東洋医学は、こういう概念を少なくとも2000年前から持っています。最新の気象の研究を、すでに人体に見ていた。すごいの一言です。このすごさが治療効果にも反映されるのです。

▶微悪寒、

①寒邪直中なら悪寒がひどいはずですが、格陽があれば悪寒が強くない可能性があります。
②陽明転属なら不悪寒のはずですが、一部転属なら太陽病としての悪寒がある可能性があります。二陽併病です。
また、熱厥を起こしているなら、「少し寒い」と訴えてもおかしくありません。熱厥とは、陽明の熱が強すぎてこもってしまい、末端が冷えることです。
360条「傷寒、脈滑而厥者、裏有熱也、白虎湯主之、」

▶脚攣急、

引きつりは汗・小便による津液不足が原因です。

「けいれん…東洋医学から見た6つの原因と治療法」をご参考に。

▶反与桂枝湯、欲攻其表、此誤也、

①太陰に寒邪直中か、②56条の二陽併病の適応か、どちらかなので、こういっているのです。“56条の二陽併病” については、いずれ後日に説明します。今は、理解するために必要な条文を挙げるにとどめておきます。

12太陽中風、陽浮而陰弱、陽浮者、熱自発、陰弱者、汗自出、嗇嗇悪寒、淅淅悪風、翕翕発熱、鼻鳴、乾嘔者、桂枝湯主之、44太陽病、外証未解者、不可下也、下之為逆、欲解外者、宜桂枝湯、主之、
44太陽病、外証未解者、不可下也、下之為逆、欲解外者、宜桂枝湯、主之、
48二陽併病、太陽初得病時、発其汗、汗先出不徹、因転属陽明、続自微汗出、不悪寒、若太陽証不罷者、不可下、下之為逆、如此可小発汗、
56傷寒、不大便六七日、頭痛、有熱者、与承気湯、其小便清者、知不在裏、仍在表也、当須発汗、若頭痛者必衄、宜桂枝湯、

「傷寒、脈浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、」の段階で…

初級者は12条に基づき、桂枝湯を出します。
中級者は44条48条に基づき、桂枝湯を出します。
上級者は56条に基づき、承気湯を出す可能性があります。

▶得之便厥、咽中乾、煩躁吐逆者、

ここからは、桂枝湯服用後の悪化としての反応です。桂枝湯を服用すると、次の瞬間には、厥・咽中乾・煩躁・吐逆が出るというのです。

◉厥…
①寒邪直中の場合、桂枝湯で発汗させることが悪化につながることは、すでに述べました。汗が出て陽気が漏れたのです。
②陽明病 (正確には二陽併病で下すべき証) に桂枝湯を与えると、桂枝は土を温めますので、陽明の熱は悪化します。熱厥が起こったのです。

◉咽中乾…
①寒邪直中に桂枝湯を与えると、陽気が漏れて格陽がひどくなり、「心煩」だけでなく、咽中乾まで起こってきます。
②陽明の熱が咽にまで達して咽中乾まで起こってきます。

◉煩躁…
心煩がひどくなった状態です。上記の「心煩」を参考にしてください。

◉吐逆…
①寒邪直中に桂枝湯を与えると、発汗によって中焦の陽気がますます漏れ、嘔吐が出ます。太陰病の嘔吐です。

282条「太陰之為病、腹満而吐、食不下、自利益甚、時腹自痛、若下之、必胸下結鞕、

②二陽併病で、下すべき証に桂枝湯を与えると、陽明の熱がひどくなり、それに伴い傷寒もひどくなって嘔逆が出ます。

3条「太陽病、或已発熱、或未発熱、必悪寒、体痛、嘔逆、脈陰陽倶緊者、名曰傷寒、」

▶作甘草乾姜湯与之、以復其陽、若厥愈足温者、

桂枝湯で悪化させたのち、①の寒邪直中かと考え付き、甘草乾姜湯を使ってみた場合の話です。この時点では①とは確定しておらず、もしかしたら②二陽併病かもしれません。

それがたまたま①で当たっていた。
だから、甘草乾姜湯で効いて、足が温まったとするならば…、と読んでください。足が温まると同時に「自汗出」もなくなっているはずです。

①の場合は、もともと気虚があり自汗しやすいタイプで、気虚の人は寒さを嫌がって避けるはずなのに、何のはずみか寒邪にやられたのです。興奮するようなことがあって、寒さに気が付かなかったのかもしれませんし、身動きの取れない場所で寒さを避けられなかったのかもしれません。そういうシチュエーションをイメージすることは大切だと思います。

もともと中焦が弱く、気虚があるのに、肝気で突っ張ってごまかしているタイプは、寒さを感じず、たまたま傷寒にやられると、直中を起こしやすくなります。

▶更作芍薬甘草湯与之、其脚即伸、

まず、脾陽を回復させると、上に格拒された熱が中焦に下り、邪熱が陽気 (正気) に変わります。そのようにして邪熱を0にしてから、芍薬甘草湯で、発汗・小便数によって失われた陰血を補い、下肢の痙攣を収めたのです。甘草乾姜湯と芍薬甘草湯を一緒に飲ませてしまうと、急激にやられた脾陽を急激に戻すことができなくなります。

桂枝湯で誤治せず、いきなりズバッと甘草乾姜湯でいったとしても、すでに下肢の痙攣は出ているので、芍薬甘草湯が必要でしょう。この場合の痙攣は、正気が虚して脈 (境界) そのものがが病んでいるので、陽を補えば勝手に陰も補える…という陰陽の振り子は振れないと思います。陽は陽で、陰は陰で補い、境界 (脈) を復活させるのです。

「けいれん…東洋医学から見た6つの原因と治療法」をご参考に。

▶若胃気不和、譫語者、少与調胃承気湯、

 ▶桂枝湯 (甘草乾姜湯) で陽明の熱が悪化

もし、桂枝湯を服用して、厥・咽中乾・煩躁・吐逆という悪化プラス、「譫語」が出たら…という話です。もしくは、甘草乾姜湯を服用してみたが、「厥愈足温」という良い反応が出ず、そのうえに譫語が出たら…と見ても良いと思います。

とにかく、譫語まで出てしまえば陽明病 (ここでは二陽併病で陽明病が主となるもの) で確定できる。それが張仲景先生の論です。後で「譫語の法則」として説明します。たとえば低体温症で譫語が出ることがあります。トムラウシ山遭難事故でも「奇声(キャーとかアーとか)を発した」「呂律の回らない言動」「意味不明な言葉を発した」などが記録として残っています。このときは甘草乾姜湯などで温めてはならないのですね。

陽明病としてみなしたとき、咽中乾・吐逆は、胃気不和によるものとなります。

桂枝は土を温め、気化した結果として衛陽を作る薬です。なので、陽明に転属しているのに桂枝湯を与えると、陽明の熱が悪化します。甘草乾姜湯も同じく悪化します。うわ言を言い出す (譫語) のですから、危険だと考えましょう。と同時に、譫語まで出たら陽明だと確定できます。そこまで悪化させず、事前に見破ることができていれば、最初から調胃承気湯を少量から飲ませて様子を見るとよかったのです。

ここで注目すべきは、まず桂枝湯が誤りだということ、そして甘草乾姜湯証 (極寒の証) か、56条の腸胃承気湯 (極熱の証) 、この二者一択を迫られるわけですが、名人ならそれができるのですがそうではない場合は、まず寒証とみて甘草乾姜湯から行ってみなさい…というのが仲景先生の指導方法であるということです。これなら、もしあてが外れていたとしても後で腸胃承気湯に行けば何とかなる。しかしこれが逆になれば、つまり寒証なのに腸胃承気湯に行ってしまえば、取り返しがつかず、おそらく命を落とす重篤さを言外に示唆していると思います。

 ▶譫語の法則…再度「微悪寒」についての考察

「脈浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、」
「厥、咽中乾、煩躁吐逆」
上に説明したように、これらの証候は、見ようによっては陽明病に転属しているとも考えられます。ただ問題は、微悪寒です。

「微」という詞を入れている事自体、太陽病と陽明病双方の可能性が捨てきれないニュアンスです。

実は、

44条「太陽病、外証未解者、不可下也、下之為逆、欲解外者、宜桂枝湯、主之、」

48条「二陽併病、太陽初得病時、発其汗、汗先出不徹、因転属陽明、続自微汗出、不悪寒、若太陽証不罷者、不可下、下之為逆、如此小発汗、」

で、二陽併病で太陽証が残っていたら、桂枝湯で治療すべきであり、承気湯はダメだ、と明言しつつ、

56条「傷寒、不大便六七日、頭痛、有熱者、与承気湯、其小便清者、知不在裏、仍在表也、当須発汗、若頭痛者必衄、宜桂枝湯、」

では、傷寒で不大便が続き小便が濁ならば承気湯で行け、という例外を提示し、桂枝湯か承気湯かのボーダー明記しつつも、

110条「傷寒、十三日不解、過経譫語者、以有熱也、当以湯下之、」

で、二陽併病で経過中に譫語があれば下してよい、という例外的法則を述べています。ぼくはこれを「譫語の法則」と呼んでいます。
同じく110条に、「小便利者、大便当鞕」とあり、本条も燥屎を形成している可能性は十分にあります。

とても複雑なので、後日改めて詳しく展開します。

本条で「脈浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、」という症状から、まだ譫語が出ていない段階での承気湯という選択は非常に難しい。「微悪寒」が恐いのです。56条の便秘や小便の色を聞いて判断するしかありません。しかし、これはかなり上級向けなので、桂枝湯 (あるいは甘草乾姜湯) で誤治した後 (譫語が出た後) なら、陽明転属済みであることがハッキリするので、それが明確になってから調胃承気湯を与えよ、と言っているのです。調胃承気湯は「少少温服」です。

もしも、寒邪直中に承気湯を出してしまったら、死なせてしまう可能性があります。先ほども触れた356条に「傷寒、六七日不利、便発熱而、其人汗出不止者、有陰無陽故也、」というのはここのことで、寒邪直中で自汗があるうえに下痢をさせてしまうと恐ろしいことになる。だから先程も言うように、甘草乾姜湯から出して、譫語するなら承気湯なのです。陽明は土のように厚く邪を受け入れ、また陽気を蓄えてくれます。恐ろしいのは土がなくなることです。地球がなくなることが一番怖いのと同じです。

 ▶脚攣急は調胃承気湯でも収まる?

さて甘草乾姜湯証のときは、その後、芍薬甘草湯を飲ませて「脚攣急」を治療しました

調胃承気湯証であるならば芍薬甘草湯は要りません。そもそもけいれんは、「脈」という境界が止むことによって「筋」が病的となる。それによって起こります。

虚が中心の場合は脈そのものが弱っているので、陰陽ともに補う必要があります。

実 (多くは邪熱) が中心の場合は、邪熱 (陽) が脈という境界に激しく衝突して、その余波が筋 (陰) に影響したに過ぎないので、熱さえ取れれば陰は勝手に補われます。

「けいれん…東洋医学から見た6つの原因と治療法」をご参考に。

「脈浮、自汗出、小便数、心煩、微悪寒、脚攣急、」の段階で寒熱両方の可能性を見破り、仮に熱証であるならば、この時点で二陽併病を見破り、熱の深さをも見破って調胃承気湯を出す。それで完治で完璧ですが、これを問診だけでできる人はまずいないでしょう。必要なのは切診に巧みになることだと思います。

ツボの診察…正しい弁証のために切経を
ツボは鍼を打ったりお灸をしたりするためだけのものではありません。 弁証 (東洋医学の診断) につかうものです。 ツボの診察のことを切経といいます。つまり、手や足やお腹や背中をなで回し、それぞれりツボの虚実を診て、気血や五臓の異変を察するのです。

▶若重発汗、復加焼鍼者、四逆湯主之、

甘草乾姜湯証なのに、もっと桂枝湯を飲ませたり、焼鍼を当てたりして、もっと発汗させたらどうなるか。陽気がドンドン出ていきます。ここで初めて下焦の弱りがでて、附子が必要になります。

 ▶焼鍼とは

ちなみに焼鍼と、16条にでてくる温鍼とは別物です。焼鍼は本条以降に何度かでてきますが、「脈を焼く鍼」で害を与えます。温鍼は「脈を温める鍼」で益をもたらします。脈は、気を集めて温められることでめぐります。めぐることによって邪を外に出す働き (たとえば発汗) が出るのです。

細い鍼で、鍼を熱して刺しても、それだけでば発汗を強制させるような働きは出ません。

焼きゴテのようなものをブスッといけば、大量発汗するかもしれません。しかしそれ以前に、そんなことをすると正気を傷つけたり邪実を沈めたりするということが、これはやってみたらわかります。僕はやったことあります。で、もうやりません。

古代ではそういう使い方が流行ったようです。巴豆で下すのも流行ったようです。汗をかかせればいい、大便が下ればいい…そういう短略的な考え方をする人がいるのは、今も昔も変わらないようです。

こういう考え方は、「お金さえもうかればいい」「いい点さえ取れればいい」「痛みさえ止まればいい」「病気さえ治ればいい」…そういう考え方にも通じます。

▶仲景が言いたいこと

寒邪直中か、陽明病 (二陽併病による) か。間違うと大変なことになります。命の危険すらあります。そういう対極の証が、証候において一致する。心してかかれよ、という宣言・忠告とも取れます。虚実の鑑別、寒熱の見分けがどれだけ難しいものか。八綱は基本であり蘊奥である。それを傷寒論の冒頭、390条あるうちの29条目で、はやくも諭しているのです。

仲景先生に言わせれば、それが東洋医学というものなのでしょう。

また、本条の内容は、太陽病、陽明病、少陽病 (咽中乾) 、太陰病、厥陰病 (煩躁吐逆) 、少陰病 (四逆湯) すべてが関わってきます。全章を腹に入れて、初めて理解できる文章ではないかと思います。こんな文章を初巻の締めにもってくるとは、仲景先生はなかなか厳しい方ですね。

今後、傷寒論を読み進める中で、本条の見解は変わるかもしれません。そのときは改めて私見を展開します。

甘草乾姜湯方甘草四両 乾姜三両右咬咀、以水三升、煮取一升五合、去滓、分温再服、

甘草乾姜湯、甘草が四両です。これは傷寒論で最大量です。甘草には偽アルドステロン症 (低カリウム血症) という副作用があります。甘草を多量に長期に渡って摂ることはリスクがあると考えていいでしょう。

乾姜三両も、傷寒論で最大量です。

芍薬甘草湯方白芍薬四両 甘草四両右二味、咬咀、以水三升、煮取一升半、去滓、分温再服之、

芍薬甘草湯、これも甘草乾姜湯と同様、甘草四両です。

調胃承気湯方大黄四両 甘草二両 芒消半觔右三味、咬咀、以水三升、煮取一升、去滓、内芒消、更上火、微煮令沸、少少温服、

腸胃承気湯です。大黄・甘草・芒硝です。芒硝は芒消とも書きます。

四逆湯方甘草二両 乾姜一両半 附子 (生) 一枚右三味、咬咀、以水三升、煮取一升二合、去滓、分温再服、強人可大附子一枚乾姜三両、

四逆湯です。体質的に強い人は附子をもう一枚と、乾姜をもう三両増やしていいとありますね。逆に言うなら、増やすなら慎重にやれということです。附子は毒性があるのでわかりますが、乾姜は意外かもしれません。それほど乾姜 (乾燥させたショウガ) は強い薬です。

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