傷寒論私見…桂枝湯の “壊病” とは〔16〕

16 太陽病、三日、已発汗、若吐、若下、若温針、仍不解者、此為壊病、桂枝不中与也、観其脈証、知犯何逆、随証治之、

▶壊病とは…条文を読み解く

壊病についてです。壊病は誤治によって起こった病証のことであると、一般的に言います。本当なのか読み直してみます。

  • 「太陽病、三日、已発汗、」なお不解 → 壊病1
  • 「若吐、若下、」なお不解 →→→→→→ 壊病2
  • 「若温針、」なお不解 →→→→→→→→ 壊病3

これらには「桂枝不中与也、」つまり、桂枝湯ではハズレである。

  • 壊病1 >> 太陽病が長引いている。もうすでに桂枝湯で発汗させたのに治らない。そういうものは (太陽病に似ていてもそうではなく) 壊病だから桂枝湯ではハズレである。
  • 壊病2 >> 太陽病でないのだろうから、陽明病かもしれないと、吐法・下法をやってみた。それによってできた証も (太陽病に似ていてもそうではなく) 壊病だから、桂枝湯ではハズレである。
  • 壊病3 >> 温補の針もやったが治らない。これも壊病だから桂枝湯ではハズレである。

太陽病に似ていても、壊病というのがあって、これはここまで説いてきた桂枝湯ではハズレである。よって、脈・証を鑑み、どんな矛盾があるのかを知り、これから示す証に従ってこれを治するのである。

これから以下、壊病の解説をするぞ、難しいぞ、という宣言です。

▶壊病とは…考察

壊病1は桂枝湯証 (にソックリ) なのに桂枝湯 (温補の薬) では効かないものです。
壊病2は桂枝湯証を吐法・下法で誤治したものです。
壊病3は桂枝湯証 (にソックリ) なのに温針 (温補の鍼) では効かないものです。

つまり、壊病には次の2種類があると考えられます。
●桂枝湯証誤治証… 桂枝湯証を誤治したもの
●桂枝湯もどき証… ちゃんと証に従って桂枝湯なり温補の鍼なりをやったのにうまくいかないもの

「桂枝不中与」は、「 (桂枝) 不可与《15条17条》」と対比されるべきです。
・不可は、〜してはいけない。桂枝湯は明らかに間違いである。
・不中は、〜しても命中しない。桂枝湯はハズレではないがアタリでもない。
そういうニュアンスがあります。

壊病1と3は、桂枝湯適応証に似てはいるが似て非なるもの (全く別の証) 。よって全く別の薬や手法 (鍼) を使うことになります。

壊病2は、桂枝湯ではぎりぎりハズレ (似ているようではあるが少し違う) 。よって、気上衝 (浮脈) があっても純粋な桂枝湯で行かず、桂枝湯をアレンジしたもので行くということが必要になります。

これから壊病がドンドン出てきます。桂枝湯証によく似た証なのに桂枝湯ではうまく効かない、このような「桂枝湯もどき証」には、白虎加人参湯や甘草乾姜湯のように、まったく違う薬を出して対応したり、風池や風府の鍼のように、まったく違う手法で対応したりしています。「桂枝湯証誤治証」には、桂枝湯にアレンジを加えてた薬 (桂枝湯アラウンド) で対応しています。

▶ “太陽病” という出だしは桂枝湯証

太陽病、…已発汗、…仍不解者、此為壊病、桂枝不中与也、
太陽病を発汗させたが、それでもなお治らないものは桂枝湯ではない…この文脈から、発汗させた薬剤は「桂枝湯」であると読み取れます。よって太陽病とは太陽中風の病、つまり桂枝湯証です。

このような壊病…すなわち「桂枝湯証誤治証」は、気上衝 (浮脈) があったとしても「桂枝湯ではもうハズレだよ」というのです。

よって、誤治によって起こった壊病は、桂枝湯証を誤って治療したという仮定で読みたいと思います。つまり、太陽病といえば、桂枝湯証を踏まえるのです。これからたくさん出てくる、
「太陽病、発汗、…」
「太陽病、下之、…」
という表現は、桂枝湯証を発汗し…桂枝湯証を下し…とそう意識して読んでみるということです。

さらに言えば、特に断りがなく “太陽病” といフレーズが単独で用いられている場合は、桂枝湯証のことを踏まえていると仮定していいでしょう。

▶温針について

▶温針と焼鍼はちがう

ちなみにここで出てくるのは「温針」です。焼鍼ではありません。焼鍼は29条以降に何度か登場しますので付記しておきます。

成書では温針と焼鍼を同じものとして扱っていますが、僕はそう捉えません。「温める針」と「焼く鍼」とが同じとは思えません。ここではもっと単純に捉えます。126条に「太陽傷寒者、加温針、必驚也、」とありますが、これは温針ではなく焼鍼とすべきでしょう。126条は後人の攙入文の可能性があり、後人もやはり温針と焼鍼を混同して扱っていると思います。

温鍼も焼鍼も、手法は同じであっても影響の与え方がちがうというニュアンスがあると思います。

温鍼は脈を温める鍼のニュアンスで、温補に効く鍼を示唆します。脈をめぐる宗気は、衛気に温められることによって、機能することができます。その宗気の推動によって営血は動くのです。温鍼は気の昇降出入を活発にし、臓腑機能を全からしめ精を守ります。

焼鍼は脈を焼く鍼のニュアンスで、害があることを示唆します。脈は臓腑に通じ、臓腑は精に通じます。それを焼くのですから、陰陽ともに傷つけます。焼鍼は29条以降に何度か登場しますが、焼鍼によって発汗が止まらなくなるのは、陰と陽がもれだしているからです。

桂枝湯で効かない桂枝湯証、温針で効かない桂枝湯証。
どちらも温補で効かない桂枝湯証という意味で、同じことを言っています。

▶温補でなぜ効かない

温補、つまり補法では効かない桂枝湯証とは何でしょう。24条が参考になります。そこで詳しく説明しますが、陰 (肌肉) と陽 (肌表) とを分ける境界に、すごく強い風邪が勢いよくぶつかったケースです。風邪なので桂枝湯証ですが、風邪が強すぎて温補では風をあおってしまいます。しかし風邪は瀉法ができません。

境界が侵されたということは、陰 (瀉法) も陽 (補法) も、ともに機能しなくなったということです。境界に直接働きかける治療が必要です。24条の風府・風池はその一例を挙げています。桂麻各半湯〔23〕もそういう処方であり、補剤 (桂枝湯) だけでなく、瀉剤 (麻黄湯) を入れていますね。

つまり、虚実錯雑です。これには補剤と瀉剤を両方用いることが大切になります。これから徐々に展開していきます。

温針は温補の鍼と考えると、このように陰陽の広い世界が見えてきます。そういう意味でも、温針と焼鍼を別物として考察することの価値があると思います。

▶小柴胡湯の “壊病” との比較

壊病という言葉は、276条にも出てきます。小柴胡湯の壊病です。

「壊れる」ということは、もともとハッキリした形体があったということです。桂枝湯証と小柴胡湯証は、ハッキリした形体をもっているのです。この二つの証は、傷寒論において「基準 (境界) 」となる、特別の位置づけにあるのです。肌表と半表半裏です。

275条を比較のために見ておきましょう。

275 本太陽病、不解、転入少陽者、脇下鞕満、乾嘔、不能食、往来寒熱、
尚未吐下、脈沈緊者、与小柴胡湯、
若已 吐、下、発汗、温針、譫語、柴胡湯証罷、此為壊病、知犯何逆、以法治之、

「本太陽病、不解、転入少陽者、」こういうものは、
「脇下鞕満、乾嘔、不能食、往来寒熱、」となるが、もし

  • 「尚未吐下、脈沈緊者、」ならば  →→→→→ 「与小柴胡湯」
  • 「若已 吐下、発汗、温針、譫語、」ならば  → 壊病

となる。

もともと太陽病だったが解表できなかった。それで少陽に転入したならば、脇下硬満・乾嘔・不食・往来寒熱がでるものである。もし、まだ吐下しておらず沈緊なら少陽病なので、迷わず小柴胡湯に行けばよい。

  • これ (少陽病) にもし、吐・下・汗を加えていたら、柴胡湯証ではなく、壊病となす。>> 少陽病には吐下汗を用いてはならない。
  • これ (少陽病) にもし、温針 (温補の鍼) をしていたら、柴胡湯証ではなく、壊病となす。>> 少陽病には温補を用いてはならない。少陽病は虚実錯雑なので温補で悪化 (壊病化) する。
  • これ (少陽病) にもし、譫語があるなら、 (たとえ脇下の証があっても) 柴胡湯証ではなく、壊病となす。

ここでも温針が出てきますね。

少陽病は境界が侵された典型的な証です。つまり、陰 (裏) と陽 (表) との境界、つまり半表半裏です。半表半裏はよく聞く言葉ですが、大きな意味を持ちます。

陰 (瀉法) も陽 (補法) も機能しない。だから小柴胡湯は柴胡で瀉しつつ人参で強く補っています。虚実錯雑です。温補では悪化するのです。瀉法はいけない。補法もいけない。譫語 (うわごと) が出るようだと、そもそも太陽病を解表するところで大きな見落としがあったということです。

いずれも邪気を深〜いところに落ち込ませてしまっています。

温針 (温補の鍼) だけでなく、補剤でもそうなると行間を読むべきでしょう。

▶まとめ

“似てはいるが少し違うもの”
“似て非なる全くのニセモノ”

基本的な証 (八綱) を軸にしてこの二つを分別する。これぞ弁証の基本であり真髄です。

観其脈証、知犯何逆、随証治之、
脈証を観察し、何が主要矛盾となっているかを知り、証にしたがって治療を行え。

仲景先生は、この詞によって弁証の大切さや難しさをまとめておられます。

真贋を見抜く目を鍛えることは、臨床でも日常でも大切です。

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