冷めなくする方法
人間の体温 (深部体温) は、約37℃である。
つまり人間の体は、37℃のお湯がはいったペットボトルの容器のようなものである。たとえば気温が10℃だと、放っておけばやがて37℃のお湯は冷めて、10℃になってしまう。
北海道の人と沖縄の人で、同じ部屋に同じ服装で座らせ、室温をドンドン下げていったら、どちらが早く寒がると思いますか? みんな寒さに弱い をご参考に。
冷めないようにするにはどうすればいいか。
ペットボトルをタオルでグルグル巻きにするのである。一重で足りなければ二重に、二重で足りなければ三重に巻けばいい。これが服の重ね着である。皮膚から服の表面までの空気の層が厚ければ厚いほど保温性が高くなる。ピチッとした服をいくら重ね着しても、保温性は高くない。
また、ボトルのキャップのところだけを分厚くしても大きな保温性は得られない。足が冷えるからと言って、靴下だけを分厚くしても、あまり意味がないのだ。
保温の工夫
中綿の入った衣服が温かい。ダウンジャケットとか、シャカパンとか。どこの山に行ってきた? くらいのモッサリした恰好がいい。シルエットのスラッとしたカッコイイやつは空気の層が薄いので駄目である。当院では普段着のパンツの上からシャカパンの重ね履きを推奨している。もう10人くらいはお買い上げである。シャカパン業界から表彰されてもいい。
耳あては手軽で非常に有効だ。頭部は脳を養うために血流が多い。耳たぶはラジエーターのように血液の温度を効率的に奪うため、それを防ぐだけですごく温かくなる。ネックウォーマーは頸動脈の露出を防ぐため血液の温度を守ることができる。どちらも常備しておきたい逸品だ。室内でも使用すればいい。耳あては百均で売っている。ただし温かくなると売らなくなる。これも当院は相当な売上貢献をしている。
これらはすべて「保温」である。
「加熱」してるのにチアノーゼ?
カイロをはるという方法もあるが、これは「加熱」である。
かえって「薄着」になる可能性がある。
冬が苦手な心筋梗塞が持病の患者さんは、カイロを低温ヤケドしながらも腹と腰に貼っておられたが、急に寒くなったある日 (最高気温が5℃) 、手が冷えて紫色になっていた。聞けば、そう寒くないという。
寒いはずなのに、寒さを感じていないのだ。
末端の紫色 (チアノーゼ) は血液の循環が極端に悪くなっていることを示し、心臓への負担やリスクを考えれば望ましいことではない。
カイロの熱さ (約60℃) で手の冷たさを感じなくなった…そう判断して、カイロに頼らずもう一枚ずつ上下に重ね着をするよう指導すると、次回来院時はカイロではなくダウンジャケット着用で来院し、手も体も温かかった。
高温と低温が同時に
考えてみれば、60℃という温度は、それに長時間さらされた細胞にとっては死を意味する。低温ヤケドがその証拠だ。
人間が60℃の掛け布団と敷きフトンに挟まれて何時間もくるまっている状態を考えてみればいい。やがて死んでしまうのである。しかしそうはならない。熱くて苦しくて、フトンから出るからである。
この「熱さ」を感じ取るのは、脳の視床下部である。ここには体温調節中枢があり、暑さ寒さに対応するセンサーの働きを持つ。皮膚には温度受容器である温点と冷点があり、そこから得られた温熱刺激や寒冷刺激は、感覚神経を通じて視床下部に伝えられる。
局部的とはいえ、カイロが貼られた部分の細胞たちは高温に苦しみ悶えている。この高温を視床下部はキャッチしているはずである。そして、この細胞たちを守るためには、全体としての寒さを感じてしまうと非常に不都合だ。重ね着でもされると、さらにそこが高温になるからである。そのために視床下部は、手は冷えてチアノーゼを起こしていても顧みず、捨て駒にしたのだろう。
しかし、これはあくまでも推定である。
手は5℃の寒さにさらされ、お腹と腰は60℃に達する。寒冷の刺激も温熱の刺激も、どちらも感覚神経を通じて視床下部に送られる。温熱刺激 (60℃) と寒冷刺激 (体温よりも遥かに低い気温) が同時に得られた場合、視床下部はどちらの情報をひろうのか。あるいはどのように双方を処理するのか。未研究分野は多いと思われる。今後の研究を待ちたい。
ただし、研究を待っていては「このチアノーゼ」は治らない。こういう場合は「疑わしきは罰す」が必要であると考えたのである。
気温寒暖差のあるとき (温かい日から急に寒くなった日) ほど注意する。急な温かさ (温熱刺激) と寒さ (寒冷刺激) が同時 (短いスパン) で来ると、寒さを感じにくくなることがあると推測されるからだ。寒さを感じないからと言って体が冷えていないわけではない。ペットボトルのお湯の温度が下がっていたとしても、それを計る温度計 (視床下部) が狂っていたら (情報錯綜したら) どうか。
いくら重ね着しても寒い長時間の極寒の環境下である場合、十分な重ね着をした上にカイロをも使用するべきです。たとえば職場などでこれ以上の重ね着ができないにもかかわらず寒さを感じるときは、カイロを使用したほうがいいのです。また冬場の災害時など命に関わる場合、部分的な細胞を守ることにこだわって、全体の命を危険に晒すことはあってはなりません。どういう場合にカイロを用いるべきかをよく考えることです。
臨床から学ぶ
じっさい僕の中医臨床では、カイロを貼ったままで診察すると、脈診や切経に狂いが出る。だから診察時はかならずカイロを剥がしてもらう必要がある。服を着たり電気毛布で全体を温めてもそういう狂いは出ない。やはり、局部的60℃という特殊さがエラーを出すのだろう。
興味深い症例を挙げる。
44歳。女性。2023.1.28
今朝、頭痛 (左側) で目が覚める。今も痛い。
診察すると寒府に反応がある。防寒に問題がある。
「寒っ…て思うことなかったですか?」
「カイロを貼って、寒さには気をつけてるんですが…。」
「カイロですか…。」
カイロを貼ってもいいか脈診で確認する。結果は✕である。脈は (体は) ✕と言っている。それに従って上記の内容を説明をした。そして再度、寒府を診る。反応が消えている。
「いま、ツボの反応が消えました。たぶん『そんなら止めとこ』って思った?」
「はい、思いました。」
「この気持ちでいてくださいね。」
「先生、なんか右目が痛くなってきました。」
「ん? 右目? 左の頭は? 」
「あ、頭はもう痛くないです。」
「頭痛がとれて目の痛みに変わった?」
「はい。」
「頭と目と、どっちのほうが痛かった?」
「それは頭の方が痛かったです。目は大したことないです。」
「左から右に痛みが移動するのは、いいことです。振り子みたいに左右に振れながら、最後に止まるとイメージしてください。」
「分かりました。」
加熱ではなく、保温で寒さから身を守ろう…という正しい決心 (腎志) が腎を補強し、左頭の痛みがその場で止まったのである。これが「正しい決心」であると言えるならば、加熱ではなく保温 (重ね着) が「正しい生活習慣」であるということが推測できる。
「保温」がいい。
保温を軽視した「加熱」はよくない。
このようにして臨床で確信を得る。
局部的な「加熱」によってセンサーが狂い、ほんの少しの薄着を生み、寒冷の気温にさらされる結果となり、それでかえって冷えたのだ。この左頭痛は寒証であると弁証できる。
その後、百会に5番鍼。5分置鍼し、10分休憩して治療を終える。
後日うかがうと、帰りの受付を済ます頃には、すでに右目の痛みも取れ、もちろん左頭痛も消えたまま、その後の痛みの再発はなかった。
そういうことなのである。