42歳。女性。
定期的に見ている患者さん。
いつもどおり、問診する前に体の診察をする。
合谷に熱がある。なにか症状が出てるかな?
「どうですか。」
「前回の治療の時、右のお尻〜太ももが痛いって言ってたと思うんですけど、そこがまた痛いんです…」
右の坐骨神経痛である。そのとき問題だった表証の反応は取れている。なぜ痛みが再発したのだろう。
「なるほど。うつぶせになって。」
右の大腸兪に邪熱がある。これが原因だろう。
「前回の痛みは、いったんはましになった?」
「はい、その日の夕方には無くなってたんです。調子よく過ごせてたんですけど、今日の昼過ぎから急に痛くなって…。ギクってなったのかな、って思うくらい急に痛くなったんです。」
急に痛くなった?
昼過ぎから痛くなったのは邪熱の特徴だが、そんなに急にとなると、やっぱり表証が疑わしい。しかし今日は表証がないことは確認済みだ。
となると、内風が疑わしい。行間を探る。左右ともに実の反応がある。
手の井穴を診る。少商に実の反応がある。
内風が起こり、スキマ風に乗じて、外の暑気が体内に入った。だから合谷や右腰に邪熱の反応が出たのだ。悪寒・発熱などの表証の特徴はないが、急に症状が起こる点は表証と同じである。
本症例では外邪 (暑邪) から身を守る衛気は十分に働いている。しかし、衛気というバリケードにも継ぎ目はあって、その継ぎ目の僅かなスキマから風が行き来した。その風に乗って暑邪が入ったのである。
外邪の影響は、表証という形を取るとは限らない。表証は脈が浮く。しかし本症例では脈は浮いていない。ただし、外邪の影響を受けていれば「脈の浮位の流れ方」に必ず異常が出る。これは中医学の教科書にはない脈証で、僕が独自に見つけたものである。そしてその反応は、はっきりと出ている。
「これから反応を消しますね。気を付けておいてほしいのは、心に波風を立てないこと。喜びすぎたり、悲しみすぎたり、怒りすぎたりすると、その波風の風が立ってスキマから外の暑さが入ってくる。それでウィークポイントの右腰に熱がこもったんです。淡々とした気持ちを意識してくださいね。」
恬惔虚無.眞氣從之.精神内守.病安從來.<素問・上古天眞論01>
【訳】淡々として無欲ならば、生命力は自ずと従いてくる。精神が右往左往しなければ、病気などがどうして従いてくるようなことがあろうか。
「実は今日、保育士の試験の合格発表があって…」
「え? で、どうだったんですか?」
「合格したんです。」
「へー ! よかったやん ! 」
「喜びすぎたんでしょうか…。」
同じ喜びでも、感謝という喜びは体にいい。しかし喜びすぎてパ〜っとなったりホッとしすぎたりするのが体に良くない。実に「こころ」というのは微妙なものである。
「痛くなったのは発表の後?」
「ハイ。」
「ははは、まあ、そうですね。そういうことかなー。」
そういうことだ。今日、合格。その後すぐに腰痛である。
この時点で、ツボや脈を再度確認する。さっきあった合谷と右行間の反応が、消失、浮位の脈証も正常に復している。正しい指導を行うと、ツボや脈の矛盾が改善する。これは常に経験するところだ。同時にこれらの矛盾が消失することによって、描いた病因病理が正しかったということが証明される。
こういう臨床経験を積むことで、中医学に導かれた病因病理に確信が得られる。
患者さんから問題を出され、それを解いてみて、正解かどうか答えを確認する。こういうことができるのは、本当にありがたいことだし、楽しいことだ。患者さんからいろいろなことを学んで行けるからである。
右合谷に2番鍼補法。5分置鍼後、10分休憩して治療を終える。
帰りの受付に向かう患者さんに声をかける。
「いま、どうですか?」
「ああ、ぜんぜんマシになりました。来る時はこうやって歩くのも痛かったんですけど、今は普通です。」
「そうですか、よかった。まあ喜びすぎず、淡々と行きましょか。」
「ハハハハハ、はい、ありがとうございました ! 」