「お腹が痛いんです。」
「いつから? 」
「昨日、娘 (小学生) のクラスで陽性が出て、急きょ学級閉鎖になって、お昼に迎えに行ったんです。そしたら帰りに胸やけみたいに胸が熱くなって、お腹 (下腹) が痛くなってきて、夕方には熱いのはなくなったんですけど、それからお腹がずっと痛いんです。今まで経験ないような痛み方で…。」
「今も痛い? 」
「はい…。」 痛みが強いのか、消え入りそうな声だ。
「それってストレスやんな。こわいなって思った? 」
「出たんだって程度で、特に何とも感じなかったんですけど…。」
「そう、それはおかしいな…。体を見て判断しますね。」
- ツボの診察…正しい弁証のために切経を をご参考に。
お腹が痛い…と来れば足三里である。強い反応がある。左右とも実の反応で、邪熱がある。
この邪熱が取れなければ、腹痛は治らない。
何の熱だろう。
「消化器に熱がこもっていますね。どこから来た熱かな? 熱といえばまず疑わなければならないのが、 (1) 急に暑くなった・ (2) 食べ過ぎた・ (3) ストレス…となるけど、まあ (1) は今はないので除外するとして、どう? 」
「特にストレスになるようなこともないし、食べすぎないようにも気をつけているんですけど…。」
- 邪熱とは << 正気と邪気って何だろう をご参考に。
ポイントは、今はないが「胸やけ」である。この患者さんは胸やけなどした経験がなく、今回が初めてである。胸やけの基本病理は、肝気犯胃である。
- 逆流性食道炎…東洋医学から見た2つの原因と治療法 をご参考に。
何かのメンタルの要因があると疑うべきだ。手足のツボに出ないなら、背中で探そう。
うつ伏せで診察する。実の反応は右に偏る。右胃兪 (気滞) がトップ。ストレスが原因なら肝兪がトップで出るはずなのだが…。
ストレスにもう少しこだわる。督脈に手をかざし、上からスーッと下ろしていく。ん? 中枢 (左右胆兪の中央) に実 (邪熱) の反応がある。督脈上に出るのはかなり変わった出方だ。そして、この反応こそが病因病理の中心を表している。※胆兪ととも蠡溝にも反応が出ることが後日わかった。
「やっぱり何かあると思うな。何か気持ち的に引っかかっていること、ない? 」
「こんなのが原因になるかどうかわからないんですが、お正月に親戚で集まって食事をしたんですけど、ちょっと前(1月下旬) に、子供が二人ずつ (親戚に) いるんですけど、四人とも感染して熱が出て、その親も感染して…。もちろん正月に会ってから二週間以上経ってからだったんですけど…。」
「ああ、それは驚きますね。」
「そうなんです。まあ、お正月以来一度もあってないし、住所も離れているので、うちには関係ないんですけど…。」
これ、どうだ?
うつ伏せになってもらう。
中枢は? 消えてる。右胃兪はそのまま。
仰向けになってもらう。足三里、消えてる。
「それが原因やな。無意識にあったなんとなくの不安が、学級閉鎖で触発され、水面下で緊張と熱が生まれて、それが胃に波及したと思います。その話をされてからツボの反応が取れたから、たぶんそれです。いま、お腹は? 」
「え? あ、そう言えばさっきよりましです…。」
「いま、自分に向き合えたことで、問題を解決しようと体が動き始めています。この気持でいてください。」
- 自分と向き合う、体と向き合う をご参考に。
関元に2番鍼、5分置鍼。肝気をめぐらせながら気を引き下げ熱を鎮める。
抜鍼時、腹痛なし。
身近な人が相次いで…となれば、学級閉鎖でも驚かないはずである。しかし口に出さない分、不安は見えづらい深い場所に蓄積されていった。考えたくないという意識も働き、さらに感じにくい不安となる。自分で意識できないほど深いストレスであるため、当然、それにうまく向き合うことができない。向き合って消化吸収できなければ、不安は消え去ることなく、水面下で体に負担をかけ続ける。
深いストレス。
一般に、督脈上の反応 (とくに圧痛) は、新しい反応を示すと言われる。新しい反応は浅いという印象があるが、今回のは新しいが深かった。督脈は圧痛以外の反応が取りにくい穴処ではあるが、立体的に見て深い部分に何かが感じられる時、その督脈反応は好ましくないというのが、経験的な印象だ。
中枢は、胆兪の真ん中に位置する。胆は、裁いて決断 (判決) を下す働きがある。
胆者.中正之官.決断出焉.《素問・靈蘭祕典論08》
今回ならば、「身内の件」から「学級閉鎖」までをどう裁くか、相手にすべきか相手にすべきではないか、である。その判決が出ぬまま「お蔵入り」になってしまっていた。「お蔵」の容量がいっぱいでレッドゾーンに入った体は、腹痛という悲鳴を上げてこれを教えようとした。
心と胆は陰陽関係 (子午陰陽) にある。胆はメンタルに関わるのである。俗に言う “胆 (きも) がすわる” である。
「体」が絶え間ない血流を必要とするように、「心」も、絶え間ない「流通」が必要なのである。押入れに詰め込むばかりでは良くないのだ。
「たしかに、こういう話は人にはしたくないですよね。たぶん、みんなそうだと思う。でも、ホントはカゼなんて引いても隠す必要なんかない。そんなこと当たり前ですよね。インフル、人に隠す必要あった? ともかく、ここ (当院) では必要ない。他人にはできなくても、僕には、気になることがあったら何でもお話してほしい。安心は一番体にいいんですよ。これは本当です。そして、正直がいちばん安心できる。僕は治すためだったら何だってする。だから本気でこういうことを言うんですよ。」
「ハイ…」
「それからいつも言ってることやけど、腹八分目、早寝早起き、もしもの時でも大丈夫なように、避難訓練、お互い気をつけあっていきましょう。」
その後、この腹痛の再発なし。