※基礎弁証による証と、傷寒論というストーリーで表現される証とは、次元を異にします。前者が画像だとすると、後者は動画です。生きた証を学ぶことの重要さは、鍼灸家・漢方家の別を問いません。
弁太陽病脈証并治 上
1 太陽之為病、脈浮、頭項強痛、而悪寒、
▶風邪と寒邪の割合
太陽病 (=風寒・表証) の定義です。臨床上の大前提を言っています。表証は風寒と言われるように、風邪と寒邪が合わさったものです。風邪は衛気をすり抜ける力 (疏泄) があり、風邪が先導役となって寒邪の侵入を助けます。このとき、風邪の割合が多い場合と、寒邪の割合が多い場合があります。また、その比率は患者さんによってまちまちです。
風邪は陽邪・寒邪は陰邪です。風・寒には陰陽関係があり、それは消長関係が成り立つ証しでもあります。風邪が優位に立てば立つほど、寒邪は劣位となる。寒邪が優位に立てば立つほど、風邪は劣位となる。もちろん常があれば変があり、例外があります。常と変も陰陽です。ただし常がシッカリしなければ変を語ることはできません。まず、これを基本的な視点として、以下を読んでいきましょう。
外邪って何だろうをご参考に。
▶寒邪は必ず存在する
まず、この条文に悪風がないことに注目します。悪寒を、寒を悪 (にく) むと読むならば、悪寒とは寒邪があるということです。同様に、悪風も風邪があるということです。太陽病の定義で、悪風を入れていないということは、寒邪は必ずあるが、風邪はないこともあり得るということです。風邪なしでどうやって寒邪は侵入できるのでしょうか。
たとえば風のない密室で、気温が非常に低い、そこにずっといるとします。これはカゼを引きます。場合によっては健康な人でも低体温で死にます。太陽病に風邪は必ずしも必要ではないのです。しかし、寒邪は絶対にありますよ、ということ、だから悪風ではなく、悪寒が前提となります。
2 太陽病、発熱、汗出、悪風、脈緩者、名為中風、
▶中風は 風邪>寒邪
中風 (表虚証・桂枝湯証) の定義です。太陽病ですから、1の条文+αを述べています。つまり、
【脈浮・頭項強痛・悪寒】+【発熱・汗出・悪風・脈緩】
となります。風邪>寒邪 です。風邪が中心なので、中風 (風にあたる) と名がついています。ゆえに悪風が加わります。太陽病なので寒邪もいくらか存在します。だから頭項強痛があります。
この条文では、中風とよばれる、限りなく風邪の占める割合が多い風寒のモデルとして、典型的証候を挙げています。下の3条でも寒邪による表証のモデルを出しています。風邪の特徴は何か。寒邪の特徴は何か。こうした基本モデルを踏まえたうえで、風と寒の入り混じる臨床を、自由自在・臨機応変に行えばいいのです。
▶風邪は疏泄する、寒邪は疏泄しない
風邪と寒邪の最大の違いは、風邪は疏泄しますが、寒邪は疏泄しないことです。緩脈は輪郭のぼやけた脈で、風邪が疏泄するさまを捉えることができます。汗出も疏泄するからです。頭項強痛は寒邪によるもので、寒邪は疏泄しないから滞り、痛みが出るのです。ただし寒邪の占める割合は少なく、大した痛みではありません。
12条の桂枝湯にも出てきますので、そこで詳しく説明します。
3 太陽病、或已発熱、或未発熱、必悪寒、体痛、嘔逆、脈陰陽倶緊者、名曰傷寒、
▶寒邪100%の典型例で、寒邪の性質を知る
傷寒 (表実証・麻黄湯証を含む) の定義です。太陽病ですから、1の条文+αを述べています。寒邪>風邪 も含みますが、悪風がないので寒邪100%とも言えます。そういう典型例を出しています。15条の麻黄湯は臨床で多くみられるもので、寒邪が中心ですが少し風邪も混合しています。典型例と混合例とを 比較すると、寒邪がどういう働きを持っているかが分かりやすいと思います。
混合例とは麻黄湯証のことです。傷寒論私見…麻黄湯〔35・36〕をご参考に。
以下の条文で、「傷寒〇〇」の書き出しで始まる文は、寒邪>風邪 の風寒を前提にしていると考えるべきだと思います。
▶或已発熱、或未発熱…寒邪は衛気を冷ます
発熱したり発熱しなかったりというのは、衛気 (陽気) と寒邪 (陰気) が取っ組み合うので、初期は寒邪が衛気を完全に機能停止させてしまうことがあるからです。衛気が表に集まりだすと、陽浮 (cf.12条) になるので発熱します。
寒邪は皮毛に膜を作ります。外気温が低いとその膜は、冷たい空気の層の厚さ分だけ非常に分厚いものとなります。温かくしてやると冷たい空気の層がなくなるので、その膜は皮毛に限局された薄いものになります。だから薬を服用するだけでなく、布団で覆って温かくすることが大切です。
どちらにしても膜は強固で、衛気はその膜を破って外に噴き出そうとしますが、なかなか果たせません。こうして衛気が表で渋滞し、陽浮となるのです。
▶体痛…寒邪は気滞を生む
痛みについて、寒邪による郁滞が必ずあるので痛みがあります。太陽病の定義である「頭項強痛」 だけでは済まない、体のあちこちが痛むというのが特徴です。寒邪には凝結させる性質があります。そのため気滞を生じます。気滞は痛みの主要な原因です。
痛み…東洋医学から見た7つの原因と治療法をご参考に。
▶嘔逆…嘔と吐のちがい
嘔逆について、皮膚の衛気がストップしますので、衛気を張り出そうとする肺の宣発がフリーズします。肺気は脾腎の陽気のバックアップを受けているので、脾腎が郁滞します。脾腎の陽気は飲食物のバックアップを受けているので飲食物がフリーズします。こうして胃の下降作用ができなくなると、必然的に飲食物は逆流し嘔逆となります。
臨床的には、寒邪の比率が大きければ大きいほど嘔逆しやすくなると見ます。
「嘔吐…東洋医学から見た6つの原因と治療法」をご参考に。
嘔逆とは何でしょう。嘔とは「オー」という声音のみで嘔吐物なし、吐とは声音なしで嘔吐物のみを吐くことですが、諸説あります。僕の考えとしては、「嘔」とは、声音があるということが確定で、嘔吐物の有無は問わない…という意味で捉えています。
▶脈陰陽倶緊…滞りの脈証
陰陽ともに緊、という脈証について。
陽とは表衛のことで、陰とは営気のことです。両方充実しているということです。衛気が寒邪に抑えられているので、営気がドンドン衛気を作り出して、救援に向かわせようとします。しかし寒邪がどけてくれないので、渋滞して緊になるのです。
ここには「無汗」が出ていませんが、寒邪は疏泄しないので、当然、無汗です。もし営弱ならば発汗するはずです。
つまり、営気は強いまま頑張っているということです。
緊脈は、寒・痛・食積で見られます。滞りを示します。
(4~11は省略)
※傷寒論には後人の攙入文が混じっているという説があります。できるだけ簡潔に文脈を追うことを主旨として、いくつかの条文を省略しました。