傷寒論私見…茯苓四逆湯〔69〕

まず、結論からです。

  • 汗下法をかけることによって、急激に下焦の陽気 (腎陽) を弱らせ、陽気が格拒されて上に押しやられ上焦の熱 (心火) をひどくし煩躁する。
  • 汗下法で中焦のバケツが急激に小さくなり、水が溢れて痰湿が生じる。これが心火を取り囲んで断熱剤のように冷めにくくするため煩躁が止まない。
  • 汗下法で、心神の家の屋根と柱であるところの気・血・陽気が弱くなり、心神はそこに居住していられず外に飛び出す。心の陽動性が露骨になり煩躁する。

本条を2つの文に整理します。

  1. 発汗、病仍不解、煩躁者、茯苓四逆湯主之、
  2. 下之、病仍不解、煩躁者、茯苓四逆湯主之、

微似汗で悪化

発汗、病仍不解、煩躁者、茯苓四逆湯主之、

1.の文は、68条と同じく、桂枝湯で発汗していると思われます。証に従って微似汗を得たのに、意外にもひどくなった…というニュアンスです。一般成書では誤治で発汗過多となり後に下した、と説明されますが、本ブログは異なる見解です。以下にこれを展開します。

桂枝湯証に桂枝湯でうまく発汗させたが、病はなお解さず、意外にも煩躁し出した。これは、桂枝湯証と同様の状態だったが、桂枝湯証ではなく、茯苓四逆湯証だったからです。つまり68条と同じで、表は標で、本は裏であった。表を治療しても効果は出ず、裏を治療すれば標である表は勝手に治癒する。そういう状態だったのです。もともと裏証が際立っていて、裏の問題が主要矛盾で表を呼び込んだのなら、裏を治療すれば勝手に表証も取れますし、裏を治療しない限り表証が取れません。そういう体質の人だった。

痰湿と脾腎陽虚

では、裏証とは、どんな裏の問題があったのか。

まず、痰湿が問題になる人です。痰湿があって、それが心を侵すと焦燥感がでます。心の陽動性が痰湿に阻まれて動けなくなり、熱が閉じ込められて焦燥感となります。

痰湿が留恋すると脾虚となり、脾は気を生みだすだけでなく、生血作用があるので、脾虚となると血が不足します。そうすると気血ともに足りなくなります。心には心神という住人がいて、その家は気 (屋根) と血 (柱) からできています。気血が弱くなると家が弱くなり危険です。心神はますます落ち着きをなくします。

それと同時に、脾腎陽虚があります。脾腎陽虚で運化や気化ができないと、ますます痰湿が増し、中と下が冷えると、陽気が格拒されて上に押しやられがちになり、それがまた痰湿で身動きが取れなくなり熱になって心火をひどくする…という悪循環があります。

+ 表証

こういう体質の人が、表証に陥った。心火はただでさえ痰湿に阻まれ身動きが取れないのに、その上、風邪や寒邪が表を襲うと、風邪にあおられ熱はますます激しくなり、寒邪に閉ざされて熱はますます身動きが取れません。煩躁は強くなるのです。そこに汗法を行った。大した発汗ではなかったとしても、ただでさえ弱い気・血・陽に追い打ちをかけ、さらに弱らせます。だから煩躁が強くなった。

発汗は陽気を奪い、それが中焦・下焦に及んだ。中下焦の急激な弱りはさらなる痰湿を爆発期に増やします。中下焦の急激な冷えは、そこにあった陽気を格拒して上焦に追い、上焦の熱は急激に増します。

これが茯苓四逆湯証の煩躁の基本病理です。

下法の影響は

2.の文の説明です。「若下之」に2つの意味があります。

下之、病仍不解、煩躁者、茯苓四逆湯主之、

◉発汗ししてもだめ、煩躁がひどいので陽明病かな、と思って下してもみた。
◉太陽病が長期に渡って治癒しない。そのうち煩躁が出てきて、陽明病かな、と思って下してみた。

2つに共通するのは、“正気のくたびれ” が出てしまったという点です。二陽併病が参考になります。そういうくたびれがある状態で下しています。

上下という観点から本証を見直してみましょう。

煩躁があるということは、上焦に熱があるということです。茯苓四逆湯証では、この熱が、下焦 (中焦も) の冷えと、中焦の弱りによる痰湿によって起こります。下焦が冷えると格拒を起こして上焦 (心) に熱をもつ場合があります。また痰湿が心火を取り囲んで断熱剤のように冷めにくくしてしまいます。

いま、下法をかけることによって、下焦の陽気 (腎陽) を急激に弱らせ、下焦の急激な冷えは、そこにあった陽気を格拒して上焦に追い、上焦の熱は急激に増します。下焦が冷えることで、相対的に上焦の熱 (心火) をひどくしたのです。また下法で中焦のバケツが急激に小さくなり、さらなる水が溢れ痰湿を爆発期に増やし、断熱材が分厚くなります。また急激な弱りによって、心神の家の屋根と柱であるところの気・血・陽に急なガタがきます。そういう変化が生まれます。

大した下し方ではなかったとしても、ただでさえ弱い気・血・陽に追い打ちをかけることになります。

       〇

68芍薬甘草附子湯の時は、まず発汗させて悪寒がひどくなっています。悪寒がひどくなって陽明病かなとは思いません。だから下法はかけていません。本条は、まず発汗させて煩躁がひどくなっているので、下法も試す可能性、長期に渡る太陽病が煩躁を来たしているので下法を試みた可能性、これらを踏まえています。発汗のみでも、発汗+下法でも、下法のみでも、どれでも茯苓四逆湯なのです。それが「若」のニュアンスです。「仍」という言葉がそれを強く裏付けます。

汗法・下法を行う前に、最初から茯苓四逆湯を与えておけば、おのずと表証は取れたでしょうし、多少煩躁気味であったものも落ち着いたことでしょう。

清濁を分け陰陽幅を大きくする

痰湿とは清濁混交のもので、清と濁にキッチリと分け、清は上に濁は下に、清をますます純粋な清たらしめるために発汗が必要だったり、濁をますます純粋な濁たらしめるために二便が必要だったりするのです。清とは大気であり天空です。濁とは土であり地球です。生命が清濁混交になってるのは、清という陽と、濁という陰が機能していない状態で、陰陽ともに虚です。こういう状態では、気血という陰陽も幅を小さくします。また、痰湿は陰邪なので、陽に負担をかけ、陽気を衰えさせます。

まず、茯苓四両で清濁を大きく分け陰陽幅を増やし、人参ですこし気血を補い、四逆湯で脾腎の陽気を鼓舞する。脾・腎という陰陽 (先天・後天) をハッキリさせるのに、常に邪魔をする痰湿をさばくというのが、本法の主旨です。上 (心) が清となれば、煩躁は起こらなくなります。陰陽の幅を広げるために、この体質の人には最も有効な処置なのです。

昼夜ともに煩躁

成書では、61乾姜附子湯と比較して、本証は「昼夜ともに煩躁する」と説明され、原因は陰陽ともに虚であるからである、とします。本ブログでの捉え方でも、それは説明できます。痰湿は陰邪なので昼は弱くなり、夜ほど強くなる傾向があります。心火は陽邪なので昼は強くなり、夜ほど弱くなります。そのため、昼夜とも煩躁の程度は変わりません。

緩脈に見えて細脈

脈はどうなのでしょう。発汗前もおそらく、痰湿があるので緩脈だったと思います。だから桂枝湯証と間違った。ただし、68条でも説明しましたが、正しい脈診ができれば、幅のない細い脈が蝕知できたはずです。そこで表証が本ではないことが看破でき、裏虚による痰湿をさばかなければ表証が取れないことが分かるはずです。おそらく桂枝湯服用直前には煩躁がややあったはずです。細い脈は輪郭がシッカリせず、陽虚を伺わせるものであるはずです。

68芍薬甘草附子湯と同じく、本法も慢性疾患に対応する薬だと思います。本当かどうか定かではありませんが、北陸方面の大学で、研究室は徹夜つづきのハードさらしく、茯苓四逆湯を煎じて大勢が常用しているということを聞いたことがあります。その可否は別にして、慢性疾患的に常用している専門家もいるみたいです。

茯苓四逆湯方 茯苓四両 人参一両 甘草二両 乾姜一両半 附子 (生) 一枚 右五味、以水五升、煮取三升、去滓、温服七合、日三服、

乾姜一両半は、まあ少ない方です。甘草乾姜湯・小青竜湯などは三両です。生附子は全処方で一枚しかありません。人参は三両使っている処方も多いですから、一両は少ないです。茯苓の四両は処方中で最大です

四逆湯…           甘草2 乾姜1.5 生附子1
茯苓四逆湯… 茯苓4 人参1 甘草2 乾姜1.5 生附子1

茯苓だけでなく、人参にも安神作用があります。気血を双補して、心神の家の屋根 (気) と柱 (血) を強化し、心神を落ち着かせます。

四逆湯に、人参と多量の茯苓が加わるので、短期間の使用に適した四逆湯の性質が緩和されます。

鍼灸

鍼灸で行くなら、陽池が候補に挙がります。お灸もよく効くと思います。三焦の少陽枢によって清濁を分けつつ、原穴の特性である元気を補い、陽池の穴性である全身 (三焦) の陽気を補う作用を応用します。

やや神門側に反応が出ていれば、人参のように気血とも補うこともできるでしょう。虚実錯雑 (陽虚と痰湿) を強く意識するのであれば、奇経よりの外関も面白いと思います。

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