67 傷寒、若吐、若下後、心下逆満、気上衝胸、起則頭眩、脈沈緊、発汗則動経、身為振振揺者、茯苓桂枝白朮甘草湯主之、
▶結論から
急激な寒邪が皮毛を襲った。もともと水邪がある。そこに急激な吐下による急激な中焦の弱りが起こり、水を入れる器が小さくなってあふれ、ますます水邪が急激に増幅する。
この寒邪・水邪によって、もともとあった命門の火の温度が相対的に高まる。つまり、上焦・中焦が冷えて、下焦が熱している状態となり、上昇気流が生じて上に気 (熱) が昇る。心下満がおこり、胸に気が昇る感覚がある。
中焦には水邪がなおあり、清濁を分けることができないため、清陽が清空を満たすことができない。そのため眩暈が起きた。
水邪 (邪気) が生じたため津液 (正気) が足りなくなり、筋脈を潤すことができず、けいれんを起こす。
▶条文の解析
①傷寒、≫表寒実がある。
②若吐、若下後、≫中焦の弱りが出た。
③心下逆満、≫上焦の実熱と中焦の虚寒が拮抗。
④気上衝胸、≫表証がなおある。15条の気上衝。
⑤起則頭眩、≫水邪による清陽不昇。
⑥脈沈緊、≫沈は裏が本で表は標であるということを示す。緊は裏の寒実。
⑦発汗則動経、≫水邪が多くなると、役に立つ水 (津液) が不足する。
⑧身為振振揺者、≫水邪の特徴を表現している。
茯苓桂枝白朮甘草湯主之、
▶①傷寒、…
傷寒がまずあります。3条の「太陽病、或已発熱、或未発熱、必悪寒、体痛、嘔逆、脈陰陽倶緊者、名曰傷寒、」を思い出しましょう。寒邪>風邪です。
▶②若吐、若下後、…
寒邪を中心とした外邪が表にある状態で、吐かせた、もしくは下した。中焦の弱りが出ます。下法なら下焦の弱りもあり得ますが、吐・下のどちらにも共通して弱るのは中焦です。
▶③心下逆満、…
すると心下逆満が起きた。これは気が胸に上衝することによって起きた。心下逆満は、上熱下寒によるものです。膈を境界として寒熱がぶつかり合うと、結胸や痞のように、心下に症状が出ます。心下満はそれの浅く軽いものと考えます。上は表寒に阻まれて熱、下 (中焦) は水邪で冷えています。
▶④気上衝胸、…
「気上衝」に関しては、15条「太陽病、下之後、其気上衝者、可与桂枝湯、方用前法、若不上衝者、不可与之、」により、桂枝湯類に行けばよいということになっています。
▶⑤起則頭眩、…
ところが、立ち上がると眩暈がする。気の上衝とは真逆です。横になると急に陰の状態になるので、もともと陽が高ぶり気味だと相対的に陽が高ぶって気が昇りめまいがする…こういう病態もありうるのが気の上衝によるめまいです。陽亢や痰火が該当します。
立ち上がって眩暈するというなら、まず考えなければならないのは血虚あるいは津液不足です。58条に「凡病、若発汗、若吐、若下、若亡津液、陰陽自和者、必自愈、」とあり、吐下したのならまず、津液不足で陰陽不和に陥っていることを疑うべきです。
▶⑥脈沈緊、…
ところがところが、脈は沈緊である。これは桂枝湯に行けないし、陰液不足でもない。60条に「下之後、復発汗、必振寒、脈微細、以内外倶虚故也、」とあるように、津液不足になれば脈は細いはずです。
傷寒が持続するなら「脈陰陽倶緊」ですが、吐下によって「沈緊」になった。ではこの沈緊とは何なのか。緊脈は、寒・痛・食積で見られます。滞りを示します。本条の場合、消去法で寒邪です。しかし純粋な寒邪では眩暈はしません。立ち上がって起こる眩暈で、陰液不足以外のものといえば…水邪です。水邪の冷え (寒邪) による緊さなのです。
▶⑦発汗則動経、…
「発汗則動経」についてです。「経」とは何か。経絡・経脈・経筋・経別とありますが、これらのいずれかでしょう。これらのいずれかが「動」ずる。痙病をイメージさせます。痙病の基本病理は、筋脈を養えないことです。よって「経」とは経脈、あるいは経筋のことと考えていいと思います。これについては「けいれん…東洋医学から見た6つの原因と治療法」に詳しく説明しました。
表寒はありますが、すでに本は裏に移っていますので、発汗しても空振りです。それどころか、発汗すると陰液がもれるのですから、筋脈が養えなくなります。だから筋痙攣を起こすというのです。吐下による津液の損傷は少ないが、津液が水邪化することによる津液不足の方は深刻なのです。
▶⑧身為振振揺者、…
洗面器に水を入れます。左右に揺らすと水も一緒に揺れます。上下に揺らしてもそうなります。それで、洗面器を動かさないようにしたとしても、しばらく水だけが揺れます。「身為振振揺」です。水邪による眩暈はこういう揺れ方をします。
この「振振揺」が水邪による眩暈であることの裏付けとなります。
▶「気上衝」は眩暈の原因ではない
④気上衝胸、⑤起則頭眩、を補足します。
正気が外に張り出す元気があることを示すのが「気上衝」です。その意味で、苓桂朮甘湯証は表証があります。
ちなみに、この「気上衝」は本条の眩暈の病理ではないのでしょうか。答えは否です。
▶眩暈は水邪による清陽不昇
眩暈の病理を復習します。
清空に清陽が足りなくなったり、清空に濁陰が混じりこんだりして、清空が機能しなくなるというのが眩暈の基本病理です。水邪による眩暈は、めまい…東洋医学から見た6つの原因と治療法 の「痰濁上蒙」の中で説明したように、2つの原因があります。
㋐水邪が中焦にあって、清濁を分けることができず、故に清陽が清空に昇れない。
㋑水邪が気滞化して腎陰に負担をかけて上逆する。
㋐について。本条での「起則頭眩」は、㋐の病理です。清空に清陽が届きづらいため、立つと余計に届かなくなります。
㋑について。たしかに本条での「気上衝」は㋑と同様の現象が起こっています。ただし、水邪の上衝は胸どまりです。清竅を侵すところまでは行っていない。水邪が上逆して清竅を侵して眩暈がしたならば、「起則頭眩」ということは言い切れません。座っていても寝ていても眩暈があり得ます。
▶苓桂朮甘湯での水邪の上逆
話がそれますが、㋑ではなぜ水邪が上逆するのでしょう。
水邪はモタモタした水なので、気機を滞らせ、気滞を生じます。気滞は化火しようとしますが、腎陰がそれをクールダウンして化火を防ぎます。この腎陰が追い付かなくなると、陰という求心力が弱り、遠心力が勝ち、結果として気は上に昇ります。このパターンで気滞の実が中心であれば気逆証と言われ、腎陰の虚が中心であれば陽亢証といわれます。気の上逆と水邪は一体化しているので、水邪が清竅を塞いで眩暈となります。これが本条の「気上衝」の原因です。
気象で例えるともっとわかりやすくなります。気上衝は上昇気流だと考えて下さい。台風の上昇気流と考えると分かりやすいでしょうか。地表近くには海水があります。太陽に照らされて、海水温はドンドン高くなります。上空に冷たい空気が流れ込んだりして、上空の空気の方が冷たくなると、急激に水蒸気が上昇し、積乱雲をつくります。
水蒸気を含んだ上昇気流は熱風です。熱だから上昇するのです。ただし、先ほど言うように「気上衝胸」つまり胸までの上衝です。清竅までは達しておらず、めまいの原因にはなっていません。なっているのは「心下逆満」の原因です。上焦が熱、中焦が寒で、これが心下の証の原因になります。
▶苓桂甘棗湯との比較
65苓桂甘棗湯と苓桂朮甘湯を比較します。すなわち「奔豚」と「心下逆満」の比較です。両者に共通するのは水邪の上衝があるということです。しかし、その上衝の機序はかなり異なります。
ちなみに、くどいようですが、苓桂朮甘湯の上逆は胸どまりです。眩暈の原因にはなっていません。
▶求心力の弱り
大きく違うのは、本条は表衛の温熱の弱りが原因、65条は心陽の温熱の弱りが原因だということです。共通するのは、本来あるべき上の温煦が弱ったために、本来あるべき下の水をつなぎ留めておく求心力が弱った、ということです。
求心力とは。
例えば、気の固摂、腎の封蔵。これらはよく似た働きですが、陰陽の分類がややこしいですね。求心力は陰の力なのか、陽の力なのか。
気の固摂は、気は陽なので明らかに、陽の力です。
腎の封蔵は、陽亢という病理から見たとき、陰の力です。
腎気虚で頻尿を起こす場合は、気を補えば求心力がつくのですから、陽の力です。
腎陽虚で尿閉を起こす場合は、陽を補えば遠心力がつくのですから、陰の力です。むろん、水邪が邪魔して尿閉を起こすという細部を省略し、巨視的に見ての話です。
苓桂朮甘湯と、苓桂甘棗湯とを比較すると、この謎が解けます。生命を脾 (土) として見たとき求心力は陽です。生命を腎 (水) として見たとき求心力は陰です。つまり地球 (下) を、土として見るのか、水 (=精) として見るのかの違いです。
▶求心力は陽
土として見たのが、65条の苓桂甘棗湯です。心陽という太陽の衰えにより、土が冷えてしまい、土気が縮小し、地球そのものが急に小さくなって、コア (精) が瓦解し、冷えが宇宙に拡散する…という病理でした。
陽が衰えたために求心力を失ったのです。
▶求心力は陰
本条は土 (地球) は崩壊していません。太陽が衰えていないからです。ただ単に、地球の上空に冷たい空気が流れ込んだ (傷寒) のです。それにより、急激な水蒸気 (水邪) を生み出しながら、上昇気流 (気上衝) が巻き起こります。それもこれも、地球そのものが、上空に比べて、相対的に熱 (陰不足) があるから起こる現象なのです。自然現象としての上昇気流がなぜ起こるかというは、東洋医学を学ぶものとしては前提として知っておくべきものです。
陰が不足したために求心力を失ったのです。
ちなみに、表の寒邪が強いとはいいながら、気の上衝を起こすほどのものだったのでしょうか。おそらく、吐下によって裏が虚した分、相対的に表の実が強くなっています。内陥しないということは、そういう陰陽のシーソーが動くはずです。表寒は吐下によって非常に強いものになったのです。
本条は内陥はしていません。陽明病でもないし、少陽病でもない。陰分に内陥して冷えているのなら、直中と同じですから、下痢がとまらないはずです。表の寒邪が非常に激しくなったため、境界に影響し、裏に影響を与えた。上空の寒気が強すぎるために、地上に影響を与えて雲を巻き起こしたのです。
▶相火とは
このように見ていくと、65苓桂甘棗湯と苓桂朮甘湯は、同じ水邪の上逆でありながら、その上逆の原動力は、まったく違うものであることがよく分かります。苓桂朮甘湯は、上昇気流であると端的に言いましたが、東洋医学の用語でいうと、相火が原動力となります。相火には、肝相火・三焦相火・命門相火などがありますが、本条は命門相火あるいは三焦相火が該当します。命門は陽気のもとですが、急激な表寒と水邪の増幅によって、相対的に命門の温度が勝ち、中焦の水を持ち上げてしまうのです。ここでの命門は、太陽の熱が蓄積した地温と考えると分かりやすいでしょうか。上昇気流も、地温が相対的に高いから生まれます。
この水邪の上逆は、ストレスでも起こります。急激なストレスがあると、肝相火が高ぶり、気が上逆します。これが気逆です。それが中焦の水を持ち上げて眩暈が起こることもあります。ストレスが脾を急激に弱らせます。もし、ストレスが落ち着き、その後も脾虚が持続した場合、つまり標本が逆転して、脾虚水泛が本になっていたら、表寒がなくても苓桂甘棗湯でバッチリだと思います。
ついでに相火について説明しておきます。相火とは、君火と相対する概念です。君火とは宮中深く隠れる君主で、名のみで実行しません。実行するのは位をもつ宰相 (相火)の方です。
宰相はえてして力を持ちすぎ、主君を脅かします。君主と宰相は、実体と実用の関係です。実用としての相火は大切だが、実体の受け皿に乗りきらない実用は危険で、相火妄動といわれます。心腎 (少陰) が君主だとすると、相火は実働部隊、つまり腎精・腎陰を基礎として動く陽動です。肝・胆・三焦・命門などがそれです。
▶参考となる条文
比較して益ある条文を書きだします。
3 太陽病、或已発熱、或未発熱、必悪寒、体痛、嘔逆、脈陰陽倶緊者、名曰傷寒、
15 太陽病、下之後、其気上衝者、可与桂枝湯、方用前法、若不上衝者、不可与之、
28 服桂枝湯、或下之、仍頭項強痛、翕翕発熱、無汗、心下満、微痛、小便不利者、桂枝去桂加茯苓白朮湯主之、
40 傷寒表未解、心下有水気、乾嘔、発熱而欬、或渇、或利、或噎、或小便不利、小腹満、或喘者、小青龍湯主之、
58 凡病、若発汗、若吐、若下、若亡津液、陰陽自和者、必自愈、
60 下之後、復発汗、必振寒、脈微細、以内外倶虚故也、
茯苓桂枝白朮甘草湯方 茯苓四両 桂枝三両 白朮二両 甘草二両 右四味、以水六升、煮取三升、去滓、分温三服、
▶苓桂朮甘湯の組成
桂枝甘草湯・茯苓桂枝甘草大棗湯はともに桂枝四両、本法は桂枝三両です。桂枝湯も三両です。心陽の弱りといえるのは、四両以上と見ます。でないと、桂枝湯証まで心陽虚になってしまいます。発汗過多のない本法は心陽虚とは言えません。だから動悸はあったとして水邪によるものであって、心陽虚によるものではない。気上衝は、心下までは昇るけれど、ノドまでは昇らない。ノドまで昇れば奔豚です。
桂枝甘草湯… | 桂枝四両 甘草二両 |
苓桂甘棗湯… | 茯苓八両 桂枝四両 甘草二両 大棗十五枚 +甘爛水 |
苓桂朮甘湯… | 茯苓四両 桂枝三両 白朮二両 甘草二両 |
苓桂甘棗湯は心陽の弱りによって、中から脾を冷やしている。
苓桂朮甘湯は表寒によって、外から脾を冷やしている。
茯苓・白朮で補中しながら裏の水邪をさばきます。桂枝は標である表にも、本である裏にも温通効果を与えます。甘草は表裏の境界に行き、また上下の境界に行き、双方をまとめる意味があると思われます。
▶素体をイメージする
さて、ここからどんな素体・人柄が見えてくるでしょうか。裏に水邪をいくらか持っている人は、営陰がシッカリはしていないはずです。そういう体質なら、多少寒がりで、桂枝湯証になりやすい。しかし、その寒さを感じなかったがために、寒邪に襲われ、傷寒になった。
吐・下がなくても、急激な中焦の弱りになることはあります。肝気のつっぱりが強いタイプで、そのつっかえ棒が急に外れた場合です。水面下で脾虚が進んでいて気づかない、というのは現代のストレス時代において、誰もが陥っている病態です。これはガンが2人に1人という世情とも深く関連しています。
そもそも、もともと裏に水邪があるという時点で、食べ過ぎ・飲み過ぎがあります。動物は栄養が足りていればそれ以上の栄養を取ろうとはしませんが、人間はそれをやりますね。大脳が発達しすぎて、ストレスがあるからです。苓桂朮甘湯は、そこまで考えた処方にはなっていません。
本条で眩暈を起こしたように、早めに水面下のものが表面化し、ケアしてフィードバックするならば、それに越したことはありません。
▶鍼灸
鍼灸で行くなら、足三里や陰陵泉が基本になります。境界やストレスを加味すると応用は無限です。