傷寒論私見…桂枝加芍薬生姜各一両人参三両新加湯〔62〕

62 発汗後、身疼痛、脈沈遅者、桂枝加芍薬生姜各一両人参三両新加湯主之、

▶概略

桂枝湯証を発汗しすぎて、脱水を起こしたときの一例です。体が痛くなった。脈は沈遅である。16条で、「太陽病、発汗、…」という表現は、桂枝湯証を発汗し…と読んでみるんだ、と説明しました。本条でも桂枝湯を発汗後…とは書いていませんが、そう考えて読み進めます。

本条は、虚証の痛みの病理を解き明かすための大きな指標となります。優れた文章というのは、様々なヒントを我々に与えてくれるものです。

▶発汗過多で正気を損なう

「発汗後」についてです。59・60・61条と、「下之後、復発汗」の書き出しで始まり、本条から68条までは「発汗後」の書き出しに変わります。60条に説明したように「下之後、復発汗」は明らかに誤治です。その流れの本条~68条ですから、この「発汗後」も誤治によるものです。

汗をかかせ過ぎたんですね。それで正気を損なった。

▶もともと寒邪があった

そもそも桂枝湯証は太陽病というカテゴリーに含まれます。太陽病は、1「太陽之為病、脈浮、頭項強痛、而悪寒、」です。もともと、後頭部に痛みがあります。その痛みの原因は寒邪です。

寒邪は凝結の性質があり、温煦を押さえつけ、推動を弱らせます。推動できなくなると気滞が生じ、「不通則痛」の原理に基づいて、痛みとなります。冷たい水に手を浸けると痛く感じますね。

太陽病の多くは風邪と寒邪の混合したものです。風邪と寒邪には比率があります。桂枝湯証では寒邪の割合が少ないので、部分的 (項や頭) に少し痛いにとどまります。

麻黄湯証は寒邪の割合が多いので、全身的な痛みとなります。35「太陽病、頭痛、発熱、身疼、腰痛、骨節疼痛、悪風、無汗而喘者、麻黄湯主之、」のように、身疼痛が出てきます。寒邪がきついから、気滞がきつくなったのです。

つまり、寒邪がもともと存在した。痛みの原因がもともとあったのです。

▶裏虚による痛み

さて、表寒が原因の痛みなら浮脈のはずですが、本証は沈脈です。この時点で、表寒はあったとしても標となり、本は裏であることが分かります。

遅脈は推動力の不足を示します。邪が推動を阻んでも推動力は弱るし、推動そのもの (気) が弱る場合もあります。ただし、虚による推動力の不足が原因の「不通則痛」ならば、だるさや力の入らない感じを伴う痛み (虚痛) です。

ところが、本条は「疼痛」とあり、もっとシッカリとした痛み (実痛) であるニュアンスがあります

組成を見ながら解いていきましょう。

桂枝加芍薬生姜各一両人参三両新加湯方 桂枝三両、芍薬四両、甘草二両、人参三両、大棗十二枚、生姜四両、上六味、以水一斗二升、煮取三升、去滓温服一升、本伝、桂枝湯、今加芍薬、生姜、人参、

▶組成

 桂枝湯… 桂枝3 芍薬3 甘草2 生姜3 大棗12
 桂枝加芍薬湯… 桂枝3 芍薬6 甘草2 生姜3 大棗12
 新加湯… 桂枝3 芍薬4 甘草2 生姜4 大棗12 人参3 

芍薬を増やしているということは、血を増やしているということです。
生姜を増やしているということは、気の推動を増やしているということです。
人参を加えているということは、気血を増やしているということです。

桂枝湯を基本にしながら、より気血を補い、推動を出そうとしています。

太陰病の薬である桂枝加芍薬湯に結果としてよく似ています。人参も太陰病です。裏虚とはどこの虚かというと脾のレベルで、脾気を補って気血を増しているということが言えます。

288「本太陽病、医反下之、因爾腹満時痛者、属太陰也、桂枝加芍薬湯主之、」

ただし、桂枝加芍薬湯は下後なので、病理が異なります。また芍薬は桂枝湯の倍の6両です。ですから、本証 (新加湯証) は表証があることは明らかです。

▶そもそも痛みの基本病理とは

痛みの基本病理は「不通則痛」です。そのもっともオーソドックスなものは、気滞による痛みです。本条の痛みは応用編です。

本条での痛みが血虚によるものであるからといって、血虚が痛みの原因と誤解されている方がおられます。芍薬甘草湯で痛みが治まることがあるのは、血虚を補うことで気滞がマシになるからです。これを柔肝といいます。念のため付記しておきます。

「不通則痛」を詳しく分析します。通じないのは脈のことです。

脈とは血管のことではありません。東洋医学は人体生命を物質的に捉えません。機能的に捉えるのです。物質は、砂糖の白い粉に相似し、機能は砂糖の甘さに相似します。機能は視覚化できないのです。

脈とは、陰陽の「境界」のことです。「通じない」=「機能しない」ということで、境界が機能しなくなると脈が通じなくなるのです。では、境界を基準とする陰・陽とは何でしょう。陰とは陰静です。陽とは陽動です。睡眠と活動のハザマで命 (臓腑) が延長していくように、陰静 (血) と陽動 (気) のハザマで脈が通じていくのです。

これが推動の意味するところです。

▶気血両虚でなぜ実痛

さて、陰陽とはそもそも、相反する性質同志でありながら、お互いがお互いを助け合う関係にあります。言い換えれば、一方が弱ると、もう一方が強くなる。特に、急性にどちらかが弱った場合は、それが顕著になります。

気と血は陰陽関係です。どちらかが弱って窮地に立った場合、もう片方が強くなってそれをサポートしようとします。だから、陰陽倶虚、気血両虚という形は異例なのです。その異例な状態がいきなり起こった。それほど激しい発汗があったのでしょう。

汗という陰液がもれ、その分、陽動が頑張るはずが、汗とともに陽動まで漏らしてしまったのです。この時点で痛みが出るとすれば、推動力が不足し、だるさを伴う痛みとなるはずです。

ところが、正気が弱ることによって、もともといくらかあった邪気が相対的に強くなった。正気と邪気も陰陽関係にあります。一方が弱ると、もう一方が強くなる。寒邪が強くなったのです。これが虚痛ではなく実痛が現れる病理です。

「正気と邪気って何だろう」≫「正常な正と邪」をご参考に。

▶まとめ

まず、桂枝湯証から始まっています。風邪>寒邪ではあるが、寒邪が衛気 (脈の陽側) を阻遏してそれが機能しなくなった。それが浅い浮絡で、しかも部分的に起こったのが頭項強痛です。その状態から、全身的な発汗過多があった。

発汗は陰陽ともに漏らします。つまり、陰液・陽熱ともに漏らすので、正気としての陰陽の場が縮小し、つまり陰陽の振り子の揺れ幅が小さくなり、境界がぼやけてしまう…まずはそういう脈の不通 (不栄) が起こったのです。当然、発汗前よりも痛み (虚痛) が増します。

寒邪はもともと弱かったが、正気 (陰液・陽熱) が急激に弱ったため、正邪としての陰陽の場が動きます。陰陽のシーソーが動き、正気が弱った分、邪気が相対的に強くなるのです。強くなった邪気は、推動を邪魔します。脈の不通が起こり、痛み (実痛) が起こります。

58条の「凡病、若発汗、若吐、若下、若亡津液、陰陽自和者、必自愈、」と照らし合わせるなら、正邪 (表裏) という陰陽を和し、気血という陰陽を和する、となります。

▶血虚気実・気虚気滞

雑病でいうならば、もともと気滞があり、何らかの原因で急激に正気を損なうと、もともとあったいくらかの気滞が相対的に強くなり、痛みを起こします。そういうときに本法は応用できるでしょう。

血虚気実・気虚気滞という概念は、ある程度急な正気 (気血) の弱りが起こって、そのために相対的に気滞の邪が強くなったケースと捉えていいと思います。

気血ともに弱るということは陰陽倶虚 (互根) が起こったということです。
気実のUPは陰陽消長 (シーソー) が急性のために働いたということです。

血虚が症状として見られるとともに、気滞があれば血虚気実と表現します。
気虚が症状として見られるとともに、気滞があれば気虚気滞と表現します。

気虚が見られず血虚だけが見られるとしても、気虚が隠れていると見るべきでしょう。
血虚が見られたとしても、気虚が見られれば、単に気虚と表現することがあります。

なかなか複雑ですね。

急激に正気を消耗する場合、本証のように気血ともに消耗することもあれば、気のみ消耗する場合、血のみ消耗する場合、もあります。気のみ消耗する場合は、何かハアハアするようなこと (肉体労働・運動など) をしたときであり、血のみ消耗する場合はハアハアしないこと (目を使う・心配するなど) をした時です。

よって本証は素体としては、もともと肝気が、よく言えばシッカリしている、悪く言えば高ぶりやすい、そういうタイプをイメージすればいいと思います。肝気で頑張って突っ走ってしまい、体力 (気血) が付いてこない…とも言えるし、気が勝って血が付いてこない…ともいえるでしょう。

そういう場合、数ある症状の中から、生命は痛みをチョイスして、ブレーキをかけようとするのです。時に無茶をする頑張り屋さんタイプです。

▶鍼灸

治療方針としては脾気を高めて血を強くし、肝気を下げるような治療をすれば、寒邪は縮小し痛みは癒えるでしょう。

鍼灸で行くなら中脘・脾兪・太白などから反応する穴処を用いればいいでしょう。

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