傷寒論私見…桂枝甘草湯〔64〕

64 発汗過多、其人叉手自冒心、心下悸、欲得按者、桂枝甘草湯主之、

▶神舎が弱った

桂枝湯証を発汗させ過ぎた。すると動悸が出た。

手を交叉させて心臓部分を冒 (おお) う。胸を押さえたがる。喜按ですね。虚証です。こういう人は、寝るときもうつ伏せになり、心臓部分を圧迫したがります。そうすると少し楽だからです。

本条の主となる症状は動悸です。動悸の病理は「動悸…東洋医学から見た9つの原因と治療法」で詳しく述べましたが、かいつまんで説明します。

心臓は神舎ともいわれ、心神の舘です。神舎は屋根 (陽気)と柱 (陰血) から作られています。心神の性質は陽動です。屋根もしくは柱が弱った舘では、住人である心神は落ち着いてくつろげず、外に飛び出してしまいます。すると、もともとの性質である陽動…すなわち動悸があらわになります。

発汗過多があったということは、神舎の材料である陽気と陰血が弱った可能性があります。

桂枝甘草湯方桂枝四両 甘草二両右二味、以水三升、煮取一升、去滓、頓服、

▶急性の陽虚

組成を見ると、陰を補う薬はありませんので、陽気が弱ったと考えられます。急性に起こった陽虚なので、陰陽の振り子は機能しており、陽を補えば勝手に陰も補えるのです。

甘草の役割が大きい。甘草は陰陽の境界に立って、陰と陽との橋渡しをする役割がありますが (私見) 、桂枝で陽を大きく補った分だけの陰が補えるのです。甘草が仲介役となって陰分に働きかけ、陽が孤立しないようにするのです。

急性の陽虚だからできることだろうと思いますが。

▶陰陽幅か狭くなった

まず、桂枝湯証がありました。これに桂枝湯を与えて発汗が過ぎた。風寒は桂枝湯の発汗によって弱まりはしました。しかし陽気 (衛陽) も弱くなる。正邪 (陰陽) が両方弱って陰陽幅が狭くなる。ここがポイントです。

陰陽幅が狭くなると陰陽の境界がハッキリしなくなります。そのため、表裏 (太陽・陽明) の境界と、陽分陰分の境界の区別ができなくなるくらいに陰陽幅が小さくなった。

風邪の残党は肌表にあり、ただし微力です。しかし、境界という壁が薄くなったために、表裏の境界 (比較的浅く細い脈=少陽) だけでなく、陽分陰分の境界 (比較的深く太い脈=少陽) に動揺を与え、その衝撃は陰分すなわち太陰・厥陰の境界 (かなり深く太い脈=少陰) にまで響いた。

心主身之血脈.<素問・痿論 44>
諸血者皆属於心.<素問・五蔵生成論 10>

素問の記載からも分かるように、心に病変が出るということは、血の領域 (陰分) に問題があると考えるべきです。

陽明にも陰分にも内陥はしていません。ただ影響が及んだのです。脈には十二経ありますが、それを統率するのは少陰心経です。心は脈中の脈であり、もっとも高次の境界です。境界の中の境界です。コンクリートの壁 (脈=少陽) を支えている鉄柱 (脈中の脈=少陰) をイメージしましょうか。その鉄柱が露見するほどに壁が薄っぺらくなった。だから動悸となる。そういう事態が起きました。

陰陽の境界とは脈のことであり、陰分と陽分のハザマでもあります。脈が気血陰陽を生み出すのです。「経絡って何だろう」をご参考に。

ちなみに、健康な人が単に汗をかいたくらいでは、動悸などしないし、ノドが渇いて水を飲んだら済んでしまいます。だから、外邪が侵すくらいの何かがないと、動悸などしません。風邪がいくらか残存していると考える根拠です。
風邪は疏泄するので風通しが良くなり、境界の壁が網のようになってしまう要素があります。

▶鍼灸では陽池

鍼灸では、心陽が弱った場合に陽池を用います。ぼくは初心のころ、この考え方に違和感を持ちました。陰という安らぎを補うことなく、陽という陽動性のみを補って、はたして心が本治的に良くなるものだろうか…と。しかし、この理論を踏まえると納得できますね。陽池は少陽三焦経に属し、少陽は前後 (陰陽) の境界です。このツボで陽気を補うことによって、陰分にも響かすことができるのです。

▶真の陽気は弱っていない

▶太陽と地球の関係から見ると…

別の見方をしてみましょう。

心は太陽のようなものです。太陽の光 (心陽) が降り注ぎ、土の浅部を温め (脾陽) 、やがてそれは土のさらに奥深くの地温としての温かみ (腎陽) となります。

気温が上がったり下がったりするのは、地面が温められることによる輻射熱であることが知られていますね。太陽は空気そのものを温めることができません。腎陽が陽気の大本だと言われるのは、そのイメージで考えると分かりやすくなります。

▶太陽が弱く、地温も低くなる

慢性の陽虚というのは、地温そのものが弱った状態です。つまりは冬です。冬は、たとえ強い日差しが降り注いでも、気温はそう上がりません。人体生命では、腎陽虚がこれに当たります。桂枝甘草湯には附子がはいっていませんので、これとはちがいますね。

▶太陽が隠れ、地温は維持する

では、急性の陽虚とはどんなものか。急に太陽の光が雲にさえぎられた。あるいは夜になって太陽がなくなった。しかし、地温はそんなに急には低くなりません。太陽は急性に出たり隠れたりする。地温は急性にそういう変化は起こらないが、いったん冷えると慢性的になる。だから急性の陽虚は心に来るのです。

▶浅い脈がやられた

桂枝湯による急な発汗により、腎陽は保持しつつも、陽気に急なカゲリが出た。その原因は心陽がさえぎられたからです。さえぎられた、というのは、弱ったのとは違います。心陽そのものが弱ってしまったら大変なことで、死の危険があります。そういう危篤な場合は必ず腎陽の深刻な弱りがあります。

つまり桂枝甘草湯証は、心陽は心陽でも、心~手の少陰心経~心経の孫絡・浮絡 の中の、浅い孫絡や浮絡の部分の心陽が弱ったと考えるべきです。そして、そこに風邪の残党が関わったのです。

浅い脈も脈であることに変わりはなく、境界であることに変わりはありません。ゆえに浅くとも浅いなりの陽分と陰分を持っています。浅い脈と浅い陰分 (血) をやられた…つまり浅い血脈をやられた…つまり浅い心をやられた。だから動悸となるのです。そうイメージしながら、もう一度最初から読み返してみてください。

脈の立体的構造は、「経絡って何だろう」をご参考に。

▶浅い脈で食い止める

ひとつ疑問が生じます。浅い脈がやられただけなのに、なぜ動悸がしたのでしょうか。動悸ともなると、深くて太い脈 (心臓そのもの) に関わると思ってしまうのですが…。もう一度、メカニズムをおさらいしながら考えます。

桂枝湯で陽気を足した。相対的に陰弱になったので発汗した。ところがそれが度を過ぎ、発汗しすぎた。

発汗過多によって、脈という境界を形成する陰・陽のうち、陽の方が不足した。これはその脈の外衛である陽気がもれたのです。陽気が漏れると、相対的に陰の方が強くなるので、「陰弱者、汗自出」 (12) ではなくなります。簡単にいうと、熱くなくなれば汗は引くのです。それにより、これ以上の陽気の放出を防ぐわけです。

こういう機序が働くということは、浅く細い脈が発汗しているのです。もし深く太い脈が発汗するならば、いまわの際の油汗になるでしょう。四逆湯の汗がそうです。

364「大汗、若大下利、而厥冷者、四逆湯主之、」

汗については「更年期障害…東洋医学から見た原因と治療法」をご参考に。

生命としては、太い深い脈で戦うのではなく、外堀の細い浅い脈で戦って、早めに陽気不足にし、早めに動悸を出す。そうすることによって大切な太い脈を守る陽気を漏らさない、そういう側面があります。

ちなみに、桂枝は枝です。桂皮は幹です。桂枝は細く浅い浮絡に効き、桂皮は太く深い経脈に効きます。本証が、細い脈で食い止め、そこにトラブルがあるということの裏付けです。

▶組成

このように、腎陽はシッカリしているので、桂枝で上焦の浅い部分の心陽を補いさえすれば動悸は止まります。下焦ではもう、陽気をためた腎陽が、救援のためにスタンバイしているいるので、附子を足す必要がないのです。

ただし、桂枝は四両で、桂枝湯の三両よりも一両多くなっています。かなり桂枝に重点のある薬です。桂枝の量は、煎じでは最高で桂枝加桂湯の五両です。ですから、桂枝が一両増えるということは、かなり大きな変化をつけていると見るべきです。

▶汗は心の液

「汗は心の液」と言われますが、どうしてでしょう。「陰弱」 (12) は汗出の必要条件ですが、ほとんどの発汗は陽気過多による相対的陰弱によって起こります。発汗することによって過度の陽気 (暑さ) を調節するのです。陽気過多でもないのに (暑くもないのに) 発汗すれば、陽気が不足することになります。

陽気は心陽と腎陽に大別されるのですが、汗はどちらの陽気が関わるかというと、心陽が関わります。なぜなら、汗は急に熱くなった時に出るからです。急に熱くなった時の陽気過多は、体質としての陽気過多ではありません。先ほど説明したように、雲が去り太陽が照り付けた一時的な陽気なのか、地温そのものが恒久的に熱い陽気なのか、の違いです。

急性の陽気過多、これは心が支配するのです。よって汗は心の支配下にあると言えます。

▶桂枝甘草湯は動悸の原法

桂枝甘草湯は、腎陽や脾陽に問題のない素体が、急激な陽気不足に陥ったときの反応を示唆します。これを基本として、腎あるいは脾に問題のある動悸はどうか、陰液不足を兼ねる動悸はどうなのか、それらが複合した場合はどうか、という応用問題を解いてゆくのです。

動悸と言えば桂枝甘草湯が基礎であると言われるゆえんです。

また、心陽が不足することによって動悸というものは起こるのだ、という理論の根拠にもなっています。心陽だけが不足する状態というのは、慢性的なものには、なかなかないものです。しかし急性の外感病なら、それに近い病態に出会えるかもしれません。傷寒論はそれを提示してくれているのです。

58条「凡病、若発汗、若吐、若下、若亡津液、陰陽自和者、必自愈、」と照らし合わせます。急で多量の発汗によって上だけが虚した、上だけが冷えた、これを戻せば、つまり、陽気を回復させ、のどが渇いて水分補給ができれば、陰陽自和となります。

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