46 太陽病、脈浮緊、無汗、発熱、身疼痛、八九日不解、表証仍在、此当発其汗 、服薬已、微除、其人発煩、目瞑、劇者必衄、衄乃解、麻黄湯主之、
さあ、難しい条文ですね。
これは、ど真ん中ストライクではないが、ぎりぎり的に当てて治癒に導いた臨床例です。張仲景は、この難しい臨床例をまず出してきて、「分からないだろう。でも37・42・44条をしっかり腹に入れて、そして47・48・55条を読めば、この46条が何のことを言っているか分かるよ。」と言いたいのです。
難解すぎるので、まず結論から説明し、その後、各論に移ります。
47・48・55・56・57条で一区切り、完結となり、58条から新テーマに入ります。
▶散りばめられた①~⑤の法則
本条はいろいろな要素が散りばめられた臨床例です。この臨床例には5つの法則が潜んでいます。
①すでに外証未解だから桂枝湯に行った。…44条の実践。
②すると徹底せず二陽併病になった。…48条で説明。
③傷寒+身疼痛があるものは外証未解でも麻黄湯にすべきだ。…37条の復習
④47条の定義。
⑤55条の定義。
これらを踏まえて56条・57条で演習、というのが57条までの流れです。
▶意訳
訳します。
太陽病で、傷寒である。10日近く解さず、痛みがあり、表証がまだある。これを当にアレ (桂枝湯) で発汗させた。薬を服し終えると、表証は少しましになったが、その人が煩悶しクラクラし出し、 (劇症は必ず鼻血が出るのだが) 鼻血が出たら治癒した。
こういうのは麻黄湯なのだ。 (麻黄湯ならもっとスンナリ治癒したのだ。)
▶①の説明…桂枝湯をつかった
まず①からです。
「太陽病、脈浮緊、無汗、発熱、身疼痛、八九日不解、表証仍在、」
は、太陽病がなかなか解さない、ということです。
これは、大原則である44条と同じです。
44「太陽病、外証未解者、不可下也、下之為逆、欲解外者、宜桂枝湯、主之、」
赤のアンダーライン部分が同じですね。だから、「此当発其汗 」としたのです。この時の薬剤はなんでしょう。44条に従うと桂枝湯です。
この薬剤が桂枝湯であるとする根拠は、42条にもあります。42「太陽病、外証未解、脈浮弱者、当以汗解、宜桂枝湯、」の「当以汗解」です。本条には「此当発其汗」とあり、「其汗」とは42条の汗のこと、桂枝湯の汗のことです。「当」というフレーズがそれをより確信させます。
麻黄湯証のようではあるが、44条の大原則を素直に実践したのです。
▶②の説明…本条は二陽併病 (48条) の難解例を示す
②です。今度は時系列にしてみます。
- 8日間持続太陽病、脈浮緊、無汗、発熱、身疼痛、八九日不解、表証仍在、
≫麻黄湯証が持続。外証未解の状態。陽明証がないので二陽併病とは言えない。
- 服薬此当発其汗、
≫桂枝湯で発汗した。 ※44条大原則の桂枝湯を選択。無難に。
※ここで麻黄湯ならベストアンサー。 (37条) - 表邪がやや
取れる服薬已、微除、≫その後すぐは麻黄湯証がやや緩解するも持続。
- 陽明証が
出現其人発煩、目瞑、≫陽明証 (煩と目瞑) が出た。目瞑は高熱でクラクラするものと考える。煩と高熱は陽明証を示す。 ※この時点で二陽併病が確定。
※ここで麻黄湯に行ってもよい。(55条)
※2度目の桂枝湯も誤りではない。(44条大原則) - 治癒(劇者必衄) 、衄乃解、…麻黄湯主之、
衄が出たら治癒した。 ※仮に薬なしでも自衄さえあれば治癒。(47条)
※麻黄湯を使ったとは言っていない。
発汗したが不徹底だったのです。だから煩という陽明証が出てきた。こういうのを二陽併病と言います。二陽併病は48条で出てきます。
48「二陽併病、太陽初得病時、発其汗 (桂枝湯) 、汗先出不徹、因転属陽明、続自微汗出、不悪寒、若太陽証不罷者、不可下、下之為逆、如此 (桂枝湯) 小発汗、」
これも時系列にしてみます。
- 服薬太陽初得病時、発其汗、
≫太陽病 (中風) を桂枝湯で発汗した。 ※太陽中風の桂枝湯。
- 表邪がやや
取れる汗先出不徹、≫太陽証が緩解するも持続。 ※悪寒がとれる。
※不徹となるのは最初から正気
のくたびれがあったから。 - 陽明証が出現因転属陽明、続自微汗出、不悪寒、
≫陽明証 (自汗・不悪寒) が出た。
- 太陽証もある若太陽証不罷者、
≫太陽証も、やはり持続している。 ※この時点で二陽併病が確定。
※外証未解と同義。 - 服薬不可下、下之為逆、如此小発汗、
≫2度目の桂枝湯で発汗する。 ※44条大原則の桂枝湯。
同じですね。
48条は陽明証が出ても太陽証が残っていたら下法はダメだ、桂枝湯で小発汗しなさい…と説いています。本条は陽明証が出た後に桂枝湯を再度使っているかどうかは言及していませんが、どちらでもいいのでしょう。とにかく、44条に従っておけば、途中で悪化したかに見えても、いい方向に進むということが言いたい。本条では、鼻血が出て治癒してしまっています。
48条で詳しく説明します。
▶③の説明…じつは麻黄湯証である証し
③です。37条を思い出しましょう。
37「太陽病、十日以去、脈浮細而嗜臥者、外已解也、設胸満脇痛者、与小柴胡湯、脈但浮者、与麻黄湯、」
太陽病が10日も解さないのなら、44条に従うならば桂枝湯です。
しかし37条では、胸満脇痛があれば麻黄湯だ、という話でした。
37条を本条に合わせて簡略化します。
「太陽病、十日、設胸満脇痛、脈浮者、与麻黄湯、」
本条から該当する部分を抜粋します。
「太陽病、脈浮緊、無汗、発熱、身疼痛、八九日不解、」
脇痛と身疼痛が同類です。37条に従うなら、ここは桂枝湯ではなく、麻黄湯に行けばよかったのです。しかし桂枝湯でも、結果として治っています。44条に従ったからです。
鼻血が出て治っているところを見ても、ほんとうは麻黄湯に行くべき証だったことが判明します。では、どこで麻黄湯だと予知できたのか。それが37条、すなわち「身疼痛」なのです。
▶④の説明…麻黄湯を使ったとは言っていない
④です。
47条に、
47「太陽病、脈浮緊、発熱、身無汗、自衄者愈、」
という定義が挙げられています。
「太陽病、脈浮緊、発熱、身無汗」のものは、もし勝手に鼻血が出たならば治る、という法則です。麻黄湯という詞をあえて使っていません。表寒実 (麻黄湯証) は、麻黄湯を使わなくても自衄さえあれば治癒する。そう言いたのです。
本条は、「太陽病、脈浮緊、無汗、発熱、身疼痛、八九日不解、表証仍在、此当発其汗 、服薬已、微除、其人発煩、目瞑、劇者必衄、衄乃解、麻黄湯主之、」とあります。麻黄湯を使ったとは言っていません。鼻血が出て治ったけど、こういうのは麻黄湯だったよ、と言いたいのです。
赤で示した部分が47条と符合します。桂枝湯はストライクではないにしても、自衄があったので治癒したことが分かります。
▶⑤の説明…あくまでも麻黄湯がストライク
⑤です。
55条に
55「傷寒、脈浮緊、不発汗、因致衄者、麻黄湯主之、」
という定義が挙げられています。
「傷寒、脈浮緊、不発汗」で、衄に至る。それで治癒するものは麻黄湯証なんだ、という法則です。
本条を見ると、「太陽病、脈浮緊、無汗、発熱、身疼痛、八九日不解、表証仍在、此当発其汗 (桂枝湯) 、服薬已、微除、其人発煩、目瞑、劇者必衄、衄乃解、麻黄湯主之、」
だから、「麻黄湯主之」とあるのです。麻黄湯がストライクなのです。
ただしこの法則は結果論です。衄に至るかどうかは、衄=治癒なので、治ってみないと分かりません。衄して初めて麻黄湯だったと分かる証なので難しいです。だから本条のように無難に桂枝湯もありです。
▶この難解さ
なんと、難解でしょう。
本条に上げられている臨床例は、それほど難解なケースなのです。
劇症のインフルエンザをイメージするといいでしょう。そして、57条に至るまで、すべて劇症について述べられています。40℃にせまる高熱があって、くるしい、しんどいという。トイレに立てばクラクラして歩けない。悪寒があって、体が痛い。そんなのが1週間も続いている。こんな患者が来たと想像してください。ヘタな手は打てませんね。
▶リスクのある小原則ではなく、無難な大原則に行く
本条では、44条の大原則どおりに桂枝湯に行っています。結果として自衄があり、治癒しました。
しかし、37条の小原則の麻黄湯に行った方が、スムーズに治癒したはずなのです。医者のレベルに合わせて、無難に桂枝湯でもよし、麻黄湯が選択できればなおいい、という話です。
見ての通り、麻黄湯証に桂枝湯を投与して治癒した例です。もしこれがサカサマになったらどうでしょう。桂枝湯証に麻黄湯を投与したら…。これが38条の大青龍湯「不可服麻黄の法則」でいう、取り返しのつかないような悪化、「逆」です。
38「若脈微弱、汗出、悪風者、不可服、服之、則厥逆、筋惕、肉瞤、此為逆、」
大青龍湯は麻黄湯に比べて麻黄が倍量ですので、麻黄湯では逆とまではいかないかもしれませんが、本条は10日近くも表寒が解していないので、そうとうな慎重さが求められます。
▶紅汗…劇症は鼻血が出て治る
「劇者必衄」と言っていますが、これは太陽病の劇烈なものは鼻血が出るということを言っています。必ず、と言い切っています。
こういう鼻血は「紅汗」と呼ばれます。微似汗と同義で、寒邪を外に追い出すときに、勢い余って飛び出した正気とも言えるでしょう。
カゼと一口に言っても、軽いものから命に関わるものまであります。劇症のものについての解説が衄とともに47条以下の条文で展開されることになります。
▶桂枝湯で自衄に導けたのは…
さて、実際には麻黄湯だったわけですから、麻黄湯証ということを前提に、なぜ桂枝湯でやや悪化したのか、なぜそれでも衄に至ったのか、もう少し分析します。
本来、麻黄湯で対処するようなきつい寒邪です。そんな寒邪が表に10日ちかくも居座り続けます。内熱が発散できず、かつ正気がくたびれて太陽か陽明かに仕分ける機敏さがやや鈍になっていたところに、温剤である桂枝湯が来たので、陽明にやや熱が漏れ出してしまったと見ます。
その結果、心煩・目瞑 (高熱でクラクラする) という陽明病をイメージさせる症状が出る。足陽明は経別が心を貫き、目に繋がるので、心煩が出たり、目がクラクラしたりしやすい。
この時点で、48条に出てくる二陽併病となっています。
桂枝湯で発汗させようとして「服薬已」とは、「微似汗」は得られたということです。出なければ発汗するまで飲ませる…というのが12桂枝湯の方法でした。それで「微除」とあるように少しは寒邪を除くことができた。氷のように固く表に張り付いた寒邪に、陽明の熱が外に発散できるようなヒビが入った。
そのヒビがあるので、少し苦しむかもしれないが勝手に取れるのです。だから桂枝湯でなんとか自衄まで持っていけたのです。しかし、きつい寒邪を突き破って解表する際、麻黄がない分、苦しみつつ解表した。そういう姿が「発煩、目瞑」でもあるのでしょう。
▶衄でなぜ解表
自衄で解表する際に、どんな現象が起こっているのでしょうか。
表寒が強烈なので、それに対抗するために、営血が衛気をドンドン産生し、体表に向かわせる。体表というのは、生命を上下のない球体と考えた時です。生命を頭・足という上下あるものと考えると、衛気の向かう方向は上になります。
衛気の上行する勢いが激しいので、以下のことが起こり得ます。
- 胸中で熱になり心煩・目瞑が起こる。
- 「血随気逆」という言葉があるが、これが出血の機序である。血が気に随って逆す。気の上行が強く、寒邪の壁を打ち破って外に出た時に、血もつられて一緒に飛び出てしまう。そのため鼻血が出て治癒する。
詳しくは「出血…東洋医学から見た4つの原因と治療法」をご参考に。
紅汗 (衄) による治癒例は「2時間での解熱 (2歳) 」をご参考に。
47 太陽病、脈浮緊、発熱、身無汗、自衄者愈、
▶「紅汗は麻黄湯証」の法則
46条で、「④の説明…麻黄湯を使ったとは言っていない」で詳しく説明しました。重複になりますがまとめておきます。
麻黄湯証で自衄があれば治療は要らない。46条の臨床例を承けて、衄の原則を提示しています。
麻黄湯証で自汗があれば治療が要らないのと同義です。解表の際の衄のことを紅汗といいますが、紅汗は麻黄湯証に見られるということです。
衄は表証の劇症を表すキーワードです。