傷寒論私見…葛根湯その2〔32〕

32 太陽与陽明合病者、必自下利、葛根湯主之、

太陽陽明合病について」で説明したように、太陽病と陽明病が同時に発症します。

太陽病 (脈浮・頭項強痛・悪寒)
+ 陽明病 (心煩・高熱)
+ 自下痢・不嘔
= 葛根湯

表証とともに下痢をしています。

注意しなければならないのは寒邪直中との鑑別ですが、太陽病 (脈浮・頭項強痛・悪寒) があれば寒邪直中ではありません。しかし実際の鑑別は難しいですね。寒邪直中でも格陽があれば脈が浮くこともあるし、太陽病でも頭項強痛が明確でないことあるし、臨床力が必要です。寒邪直中は、下痢した後に正気が大きく奪われますので、それを見破れれば、といったところでしょうか。

ぼく個人のやり方では、寒邪 (や暑邪) の位置は脈診で出ます。多くは浮位〜中位にありますが、沈位に沈んでいれば寒邪直中の可能性を視野に入れると思います。ただし、寒邪直中の患者さんに出会ったことはまだありません。寒邪直中とは、低体温症をふくめた命に危険のある状態を言います。

▶胃家実が基本

31条で分析したように、3条のような充実した正気ではありません。多少の衛気の弱りがあるところに、やや強い寒邪が入ってきています。だから陽明に移行しやすい。

陽明病の定義は胃家実です。胃家実とは、消化管内容物の滞りです。下痢するというのは、完全に胃家実になりきらないように下痢するとも言えるし、胃家実だからそれを何とかするために下痢するということも言えます。ぎりぎりで陽明病になっているし、ぎりぎり手前で陽明病になりきっていないともいえるでしょう。

境界で何が起こった?

外邪が、太陽から陽明に入ったということは、太陽と陽明を隔てている境界 (少陽) が機能していないということが言えます。

入った外邪は、どういう外邪でしょうか。葛根湯で対応すべき外邪であるということは、31条で説明した外邪です。すなわち、寒邪>風邪 です。この外邪が太陽 (皮毛) を襲った。

すると、境界が働かなくなった。

いま、境界で何が起こったか、もう少し詳しく説明してみましょう。

弱い風邪が境界をすり抜ける

寒邪>風邪 という内訳の風寒にやられると、まず強い寒邪と衛気が四つに組んで押し合いを始めます。寒邪は疏泄しないので、太陽に正気があれば皮毛までしか入れません。しかし風邪は、たとえ力は弱くても疏泄できるので、寒邪と衛気が力相撲をやっている足元を、まるで鼠のようにチョコチョコとすり抜けて肌表まで侵入するのです。

この弱い風邪によって境界 (表と裏の境界) がやや侵されます。太陽と陽明の境界の壁がやや薄くなった結果、強い寒邪が境界に激突した衝撃が、壁を越えて陽明に伝わりやすくなり、太陽陽明合病になると思われます。

寒邪>風邪の場合、皮毛の寒邪を相手に戦っている足元で、弱い風邪に境界をすり抜けられた形で太陽陽明合病となります。ゆえに太陽陽明合病は寒邪>風邪 (表寒実) に限定されると言えます。

もし、風邪>寒邪 という内訳の風寒にやられたら、やはり寒邪は疏泄できないので皮毛辺りで停滞します。しかし衛気にとって、この寒邪は弱いので、あまり関係ありません。メインは風邪なので、しかもこれは肌表 (境界付近) まで侵入してきます。当然これに合わせた勝負の仕方をして、最前線を肌表に後退させます。つまり、わざと後退して、相撲で言えば俵を上手に使って戦うのです。

もし、風>熱の場合ならば、熱のスビードで境界を蹂躙されることもあり得ますが、風>寒ならば、そう簡単に境界に手出しされることはありません。ただし長期戦になると境界を超えて二陽併病になる可能性があります。

境界さえシッカリしたら、邪気を一気に表にまとめて、外に追い出すことが可能です。このように、葛根湯の合病は、もともといくらか境界の正気に弱りはあるものの、全体として正気は充実しており、短期で発病し、短期で治癒させることができます。

麻黄湯にも合病がありますが、これは正気の弱りではなく、強い寒邪がドンと境界にぶち当たって衝撃が陽明に伝わったものです。

葛根湯方葛根四両 麻黄三両 桂枝二両 芍薬二両 甘草二両 生姜三両 大棗十二枚、

▶麻黄湯+桂枝湯ではない側面

よく言われるのは、麻黄湯と桂枝湯を合わせたような薬だということです。31条でも説明したように、その側面があります。

しかし異なる側面もあり、それについて展開します。

太陽陽明合病に効くということは、麻黄湯と桂枝湯の組み合わせという視点だけでは矛盾します。矛盾とは、皮毛と肌表の境界に働きかけたとしても、陽明には届かないからです。太陽と陽明という大きな境界に働きかけるということは、それとは異なる意図がこの薬の組成に込められているということです。

▶麻黄と葛根の境界

葛根と麻黄がポイントです。葛根は31条に説明したように陽明に行きます
麻黄は皮毛に立って、そこから手を差し伸べて、バケツリレーみたいに肺の宣発を助ける薬です。
太陽陽明の境界に立って左右を見ると、皮毛と対称になるのは陽明闔の深い部分です。これが「必自下痢」です。つまり、皮毛から陽明の最も深いところまでの症状が一気に出てくる、そういう症状を取るために、葛根湯ならカバーできるということです。

桂枝と麻黄はセットです。桂枝あっての麻黄、肌表の守備が万全だからこそ皮毛を治せる。麻黄湯にも桂枝が不可欠なのと同義です。また麻黄湯よりも正気の弱りがあるので、桂枝を助けるための芍薬が必要で、芍薬を助けるための胃の気 (甘草・生姜・大棗) が必要です。

▶表実の葛根湯にも通じる

このように考えると、31条で説明した、表薬としての葛根湯にも深い意味が見えてきます。太陽病の治療薬として使う葛根湯、その特徴である広範囲の強ばりは、寒邪によって出た強ばりではあります。しかし、もう一つの見方があり、それは津液不足によるものです。津液は水穀に通じ、水穀は胃が支配します。つまりは正気の弱りです。寒邪と津液不足…これはすでに太陽陽明合病の葛根湯と同義です。

▶相対的虚実と絶対的虚実

麻黄湯は実、桂枝湯は虚と、ハッキリしているのに対して、葛根湯は実>虚 (寒>風) という中途半端な状態です。これは陰陽の振れ幅がやや小さいことを意味します。桂枝湯は虚でも、虚としてハッキリしているということは、陰陽の振れ幅は大きいのです。ハッキリしているものは、効き方もハッキリします。桂枝湯は、虚は虚でも、相対的な虚です。振れ幅の小さいものは虚実錯雑であり、それら虚実はそれぞれ絶対的な実と絶対的な虚になります。陰陽 (虚実) の交流がなくなるからです。

絶対的な虚がわずかでもあれば、アリが通した穴から堰が崩れるたとえのように、境界という壁に問題が出てきます。相対的な虚は、境界がシッカリしているからこそ機能するものです。

太陽と陽明という広い領域に働きかけ、境界を強化して陰陽の振れ幅を大きくし、皮毛に邪を集めて、一気にとる。そういう意図が葛根湯にはあります。

▶鍼灸

鍼灸なら、滑肉門や列缺などが候補として挙がります。合谷も表寒を取るだけでなく、正気を補う働きがあるので、反応があれば、もちろん有効です。

右七味、咬咀、以水一斗、先煮麻黄葛根、減二升、去滓、内諸薬、煮取三升、去滓、温服一升、

作り方、飲み方です。

覆取微似汗、不須啜粥、余如桂枝法、将息及禁忌、

▶粥は要らない

布団で覆ってジワッとした汗が得られたら良い。

粥は不要だそうです。桂枝湯の場合は相対的虚なので、強く補えば補っただけ実 (風寒) を瀉すことができ、早く治ります。だから桂枝湯で補った上に粥で補うのです。

葛根湯はわずかではあるが虚実錯雑があるので、正気を補えば補うほど邪気も補われます。よって、理想的な補瀉の配合の葛根湯に、補剤である粥を足すのは蛇足となるのです。

あとは、桂枝湯と同じく、外邪が抜けるまで飲みなさい、抜けたら服用を止めなさい。そして、生もの・冷たいもの・粘りのある食品・ツルツルした食品・肉類・小麦粉の類・辛いもの・酒・乳製品・臭いの強い食品を食べてはいけません、ということです。

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