また患者さんから教わった。
腸閉塞の患者さんである。油汗が止まらないほどの腹痛をひんぱんに経験し、当院を受診してからはそのレベルのものはなくなった。ただし軽めの痛みは何度かある。
- 詳しい経過は 腸閉塞 (イレウス) …東洋医学から見た症例の考察 に詳しいので参考にしていただきたい。
それが昨夜だった。
「右下の腹の痛みで目が覚めて、そしたらガスが出て少しマシになりました。小便に行きたくなったので起きたら、また大きなガスが出て、それでスッキリしました。」
ガスが腸に過度に溜まって腹痛の原因になる。腸閉塞の特徴である。早い目にガスが出ることは非常に大切である。
「ガスは悪いものなので、無いほうがいいんですよ。でもあるなら出たほうがいい。悪いものがあるのに出ないのは良くないですからね。たぶん “残業” です。ほんとは起きている間にやっておかなければならないのですが、それができなかったので、夜になってしまったんですね。ガスをそのままにしておくと危険なので、体が “起きろよ” って起こしてくれたんでしょう。起きなければガスは出なかったでしょうからね。残業っていうのは仕事の滞りです。滞りは冷えです。温まると仕事がスムーズに行きます。今日は特に足が冷えてますね。」
百会に鍼。5分置鍼。
「足が温まってきましたね。こないだもお話しましたが、温めるもとになるのは燃料 (正気) です。燃料は血でしたね。血が弱る原因で一番多いのは “目の使いすぎ” です。燃料が足りなくなると冷えの原因にもなるし、血という液体が弱ると乾きの原因になります。こないだの “大便が固くなる” のもそうでしたね。携帯・パソコン・テレビなど、できるだけ控えるようにお願いしていますが、その努力を続けてください。」
二千年も前の書物である《黄帝内経》には、目の使いすぎは血を消耗すると記されている。現代ほど目を酷使する時代はないと思われるが、古代中国においてすでに着目していたのである。これからの研究課題として、非常に面白いと思う。
久視傷血.<素問・宣明五氣 23>
「先生はみんなお見通しですねー。じつはその夜はいつもより遅くまでテレビを見ていたんです。オリンピックが面白くて…。」
「なるほど、そうでしたか。テレビのせいで仕事ができず、ほんとに残業だったのかも分かりませんね。面白ければ面白いほど、血を浪費しつつも しんどさを感じないですから。」
よくぞ教えてくださったのである。
こういう些細な会話から得られた情報が集まり、それを検証してゆくことで理論は作られていくのだろう。
〇
こうした原因がいくつも重なり合う。
それはやがて、治らないというレッテルを貼られた “難病” をつくっていく。
近代の急激な生活様式の変化、この中で想像もできないような原因は生まれているかも知れないのである。
そうだ、重症も軽症も関係ない。病気の原因は生活のどこかに潜んでいる。
逆に言えば、心の箍 (たが) を締め直し、原因となる生活習慣、誤った生活習慣を見抜き、それを正しさえすれば、病は病でなくなるのだ。
ただしその前に、術者が患者のことを “わかる” ことが大切である。
スポーツ観戦が好きで、だからテレビを少しだけ長く見た。普段ならやらないことだ。
それは、患者さんから教わらなければ、どんな名医にも分からない。
こんな些細な局面でそういう情報を得ることが、どれほど大切で、どれほど難しいことか。
重病を重病でなくすためには、こうした局面をひとつひとつ突破していくよりほかに道はない。
その突破口は、学識と技術、つまり “学術” を高めることでしか得られるものではない。
そして患者の “信頼” である。
大きな発見をさせていただくとともに、大きな確信が得られた。
こうした確信をいくつも積み重ねる。
それはやがて、 “信念” をつくっていく。
こんなものが、病に向き合い治すための裾野を固めるとは、誰が想像しうるだろうか。