傷寒論私見…乾姜附子湯〔61〕

61 下之後、復発汗、昼日煩躁不得眠、夜而安静、不嘔不渇、無表証、脈沈微、身無大熱者、乾姜附子湯主之、

▶三陽の病ではない

この条文は60条を承けています。

60「下之後、復発汗、必振寒、脈微細、以内外倶虚故也、」

桂枝湯証を下し、発汗した。ダブルで誤治をしました。「微脈」は細脈を兼ねますので、この時点で「内外倶虚」が言えます。「振寒」つまり悪寒戦慄も下痢発汗の直後はあったはずです。

「煩躁」が挙げられていますが、「不渇」なので実熱によるものではありません。陽明病が否定できます。

「不嘔」についてです。傷寒の病証に横逆があり、桂枝湯証に乾嘔がありますので、まず太陽病が否定できます。振寒するほどの寒邪が表にあれば、必ず嘔逆があるはずです。だから「無表証」です。「脈沈」はそれを裏付けています。また小柴胡湯証の喜嘔もなく、少陽病が否定できます。

要するに、三陽の病ではありませんよ、ということです。

▶急激に陽を損なう

では、三陰の何を補うのか。この下痢と発汗は、陽気と陰液をもらしています。組成をみると、乾姜と附子です。乾姜は脾陽を、附子は腎陽を補います。ですから、陽気と陰液をもらしたとはいえども、陽気さえ補えば陰液はかってに補われるレベルだということです。

普通に考えれば、陰陽ともに不足すれば、陰陽ともに補うべきです。しかし、急性に起こった陰陽倶虚であれば、まだ陰陽の振り子は揺れていますので、どちらかを補えば、陰陽は復活します。

本条のケースでは陽気を補えば陰液が補えます。陰液が補えるということは、少しずつ水分補給ができるようになり、脱水が解消するということです。「不渇」とあるのは良くない徴候です。水分補給ができません。そういう意味でも、下痢発汗後に陽明病のレベルで持ちこたえていた方がいいのです。

本条の証は脾腎陽虚ではありますが、慢性的な脾腎陽虚ではありません。誤治によって起こった急性の脾腎陽虚です。誤治をする前はそこそこの陽気を持っていた体なので、中焦と下焦が急激に冷えたということができます。

▶昼は煩躁、夜は安静

それらを踏まえて、「昼日煩躁不得眠、夜而安静」についてです。
「煩躁」は邪熱です。虚熱でも実熱でも起こります。
「安静」は少陰病の特徴が出ています。

291「少陰之為病、脈微細、但欲寐也、」

下痢発汗によって、急激に陽気を漏らしました。そのため、中焦・下焦が急性に陰寒となります。この急性というのがポイントで、これにより、もともと生命にまんべんなく行き渡っていた陽熱が、急に存在し出した陰寒によって、弾かれて上焦に追いやられるのです。これを格拒といいます。熱湯のはいったヤカンに冷水を注いだことがあるでしょうか。激しい突沸が起こります。本条の「煩躁」という激しい症状と相似します。

昼間はヤカンの中のお湯が熱湯になり、夜間はヤカンの中のお湯がぬるま湯になるのです。これは健康な人もそうで、だから日中は活動に熱中でき、夜間はクールダウンして熟睡するのです。ここに冷水である陰寒が急にはいるので、昼間は激しく煩躁 (突沸) し、夜はそれがなく (突沸がなく) 虚寒の少陰病の特徴だけが出るのです。

冷えが深い?
冷えが原因の煩躁が白昼に出やすい。営血分の熱と反対ですね。営血分は熱が原因の症状が深夜に出やすくなります。白昼は陽気が盛んで、深夜は陰気が盛んです。乾姜も附子も外に向けて散寒します。肉桂や桂枝はいったん内 (営血分) を温めます。これは太陽の働きなので、白昼をもっと白昼らしくする可能性がある。乾姜附子湯証に桂は良くないということです、
桂枝・肉桂・附子のちがい◀傷寒論私見…芍薬甘草附子湯〔68〕

▶身無大熱

「身無大熱」は、通脈四逆湯と比較して言っているのでしょうか。

327「少陰病、下利清穀、裏寒外熱、手足厥逆、脈微欲絶、身反不悪寒、其人面赤色、或腹痛、或乾嘔、或咽痛、或利止脈不出者、通脈四逆湯主之、」

通脈四逆湯も格拒が起こっていますが、この格拒は、裏がすべて陰寒に支配されていて、表に陽熱が押し出された格好です。本条の格拒は、中下焦に陰寒が発生し、上焦に陽熱が押し込められた格好です。だから通脈四逆湯証の方がだんぜん重症です。

通脈四逆湯は格拒による熱 …「外熱」がありますが、本条ではそういう熱はないと言いたいのでしょう。

乾姜附子湯方乾姜一両、附子(生)一枚、上二味、以水三升、煮取一升、去滓、頓服、

▶組成・鍼灸

炮附子を使わずに、生附子を使っています。それから甘草を使っていません。マイルドさを排除し、切れ味を鋭くするためです。急性に起こったものは、急性に戻すことができますが、急がなくてはなりません。そのためにカドを削っていない組成になっています。

鍼灸なら中脘・気海・関元・脾兪・胃兪などから生きた反応を最も強く示す穴処に鍼または灸をします。

▶図による解析

図をご覧ください。下痢と発汗で正気が失われた結果、太陽も陽明も機能しなくなった…つまり汗法による排邪、下法による排邪、ともにできなくなった。おまけに三陽の枢である少陽も機能しなくなった。ここで少陽に代わって頑張るのが「太陰⇔厥陰」の陰陽で、厥陰よりも太陰がまずステージに立って解決しようとします。つまり、少陽から自動的に太陰に移行するのです。

しかし、正気の失われ方が急に過ぎたため、太陰では持ちこたえられず、かといって厥陰も肩代わりすることができず、つまり太陰⇔厥陰の振り子の幅が小さくなりすぎて、それらを支配する少陰に解決が託されます。

簡単に言うと、三陽の枢である少陽が失われ、三陰の枢である少陰がステージに立ったということです。

生附子で少陰に正気がいくと、少陰の枢が元気づき、太陰の優・厥陰の劣という陰陽の振り子が大きく動き出します。そこに乾姜で太陰に正気をやると、太陰の優が極まり、少陽枢に変化します。と同時に、太陽開・陽明闔が復活し、太陽・陽明どちらかが優位に立ち、発汗or排便によって排邪となります。

腎陽を補うと脾陽も補われることはイメージできますね。脾を補うと実に転化して、肝鬱・痰湿・邪熱などが取れやすくなることも日常的に見られることです。この図はそういうことを示そうとしています。

▶まとめ

昼間はイライラと騒がしく落ち着かない。夜は気を失ったようにジッと寝ている。この症状を見ただけでも、陰と陽とが順接せずにはじき合っている様子が見て取れます。不渇が改善して、失った津液が水分補給によって潤えば、仲の悪かった陰陽が協力し合い、昼間はハツラツと、夜はグッスリ、となる。

本条は、58条の「凡病、若発汗、若吐、若下、若亡津液、陰陽自和者、必自愈、」の陰陽自和にどうやって持っていくかについて論じられているのです。

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