食欲不振の症例

63歳。女性。看護師。
息子さんは当院の数年来の患者さんである。

11/28頃から食欲不振で食事が摂れない。上腹部不快感。パンシロン (〜11/30) 。

12/1、症状が改善しないため、勤務先の医師に相談し、タケキャブ・ベリチーム・アブレノンの処方を受ける。その後も症状の改善が見られない。

12/6 (火) 、息子さんの紹介で当院 (眞鍼堂) に初診の緊急依頼をされるが、予約が埋まっていたため11日 (日) に時間外診察することにする。

12/8、以前から既知の医師 (他病院) に相談し、採血・腹部CT・胃カメラの検査を受けるが異常なし。脱水の疑いがあったので点滴を受ける。タケキャブ倍量の処方を受ける。
夜間不眠のため眠剤の追加処方を受ける。21時に入眠し2時間後に覚醒、再び入眠し4時に上腹部のムカつきで覚醒し、そのまま5時に起床する。

12/10、上記病院再診。採血でケトン体480 (正常値0〜70) 。飢餓状態がひどいことを示す。放置すると脱水の恐れがあるので点滴を受ける。

ケトン体とは
ケトン体とは、肝臓で体内の脂肪 (中性脂肪) が分解されてできる物質で、ブドウ糖が不足したときに脳や筋肉のエネルギー源として使われます。通常は飲食物から得られたブドウ糖がエネルギー源となりますので、ケトン体は作られません。

たとえば糖尿病の場合、インスリンが不足するとブドウ糖からエネルギーが作れなくなります。よって脂肪をケトン体に変えてエネルギーとするため、ケトン体が増えます。

食欲不振・つわり・嘔吐・飢餓状態が続くと、ブドウ糖そのものが少なくなるため、ケトン体が増えます。これらを原因とするケトン体の高値は、飲食物を摂取できないことによる脱水をおこす危険を示す指標となります。

ペットボトル症候群・妊娠中毒症・自家中毒などでもケトン体が高値となります。

ケトン体が増えすぎると、血液が酸性に傾きます。

血液が酸性に傾きすぎた状態をアシドーシスと言い、アルカリ性の状態をアルカローシスと言います。たとえば二酸化炭素が血中に溶け込むと血液を酸性にしてアシドーシスとなりますが、軽度のアシドーシスであれば二酸化炭素を排出しようと呼吸が深く早くなり、重度のアシドーシスとなると意識障害が起こります。逆にストレスなどで呼吸が早くなると二酸化炭素を排出しすぎてアルカローシスとなります。アルカローシスは呼吸が苦しくなる特徴があり、ますます呼吸が早くなり、この病態が過換気症候群です。

酸性であるケトン体が増えるとアシドーシスとなります。ケトン体増加状態 (ケトーシス) によるアシドーシスのことをケトアシドーシスと言います。アシドーシス同様の症状が見られ、意識障害を起こすことがあります。飢餓状態や重度糖尿病患者で「意識を失う」「落ちるように寝てしまう」などは、これを疑うことがあります。

初診… 2022/12/11 (日)

食欲がまったくない。体がしんどい。

食べられないと栄養失調になる。ただし、栄養を摂ろうとして食べ過ぎたり間食したりすることは逆効果であり、これがどれだけ肝臓に負担になるかを詳しく説明し、無理に食べないように指導する。
・口→胃→十二指腸→小腸→肝門脈→肝細胞 までは栄養がたっぷりである。
・肝細胞→肝静脈→下大静脈→心臓→全身の各細胞 までは栄養が足りない。
関所となる肝臓が機能しない…高速道路料金所が機能しない…と、下の道は渋滞、上の道はガラガラになるのと同じである。

“肝臓” を考える…東洋医学とのコラボ
肝臓には500以上の働きがあると言われ、様々な病気と関わる “主役級の臓器” です。と同時に寡黙で “沈黙の臓器” とも呼ばれます。これを往年の名優、高倉健に例えつつ、東洋医学ともコラボしながら、肝臓とは何か、病気の原因とは何かを考えます。

同時に、いくら食欲がなくとも朝食と夕食だけはお米一粒でもよいからよく噛んで、手を合わして感謝していただくよう指導する。昼食はお腹が空いていれば摂ればよく、無理に摂る必要はない。

われわれが昼は働き夜は休むということを等間隔に行うように、肝臓も12時間おき (等間隔) に仕事をして胆汁を出すことが必要である。胆汁は肝臓でつくるが、体の老廃物はすべて肝臓が胆汁に溶け込ませて十二指腸に出し、大便として排泄される。食べなければデトックスはできないのである。感謝する意味は、肝臓の働きを元気にする目的である。

つまり、絶食も食べすぎも良くない、なんでもそうだが極端はよくないのである。

頸が棒鱈 (ボウダラ) のように堅い。
下腿に浮腫がある。指で押すと粘土のように凹む (肌水) 。

組織に入れない陰液が下腿にある一方で、陰液の不足が頸にある。陰液を容れる器 (肝臓のキャパ) が小さいため、あふれた部分が痰湿となり、足りない部分が血虚の硬さや脱水となる。

2022.12.11

百会に3番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

脈診でどんな食事にするべきかを調べる。
パン✕ うどん✕ ごはん✕ お粥〇

脈診で “体の声” を聞く
藤本蓮風先生の御尊父、藤本和風先生。その患者さんが、かつて近所におられた。その方いわく、「ピーナッツが好きでね、でも和風先生は脈を診て、” ピーナッツは一日〇〇個までやで ”っておっしゃるんです。」僕が鍼灸学校に通っていたころだった。

お粥に、梅干しや塩昆布を少量そえて食べるよう指導する。

2診目… 12/12 (月)

2022.12.12

舌診において悪化が認められる。黄腐苔。消化不良を伺わせる。

「昨日、あれから何を食べました?」

「先生に言われたように、お粥と梅干しで食べました。」

「無理に食べなかった?」

「ええ…、たくさん食べなきゃと思って…。」

「たしかにね、早く元気になって仕事に復帰しなきゃって、焦りますよね。でもね、この舌、見て下さい。昨日の舌がこれです。明らかに悪くなってるでしょ。無理に食べるとこうなる。結局は肝臓がそれを処理しきれるかという問題なので、無理に食べて胃腸は栄養タップリでも、肝臓が処理できないので、体の方は余計に栄養がいかなくなるんです。おいしく食べることですよ。おいしく食べなきゃ感謝も出来ないでしょ。感謝して “ああおいしい” となれば、それが最大限の栄養になるんです。」

「たしかに昨日は詰め込むように食べました。わかりました…。今日は気をつけます…。」

無理やりは良くない。強制はよくない。人間をモノ扱いにするから強制しようとするのである。人間をニンゲン扱いにするならば、体に対する「いたわり」ができる。それがあれば体はどんどん良くなってゆく。2診目でこの舌が出たのは却ってよかった。当該患者の根本的な病因が露見し、本人がそれに気づき、これを改善することが出来たからである。これより後、当該患者は無理やり食べたり無理しすぎたりすることが無くなった。さすが看護師長を務められただけあって、ほんとうに飲み込みの良い方であった。

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

3診目… 12/13 (火)

2022.12.13

11月末に発症以来、今日が一番しんどさがまし。

関元に2番鍼で5分置鍼、抜鍼後、右上巨虚に2番鍼で速刺速抜。その後10分休憩し治療を終える。

4診目… 12/15 (木)

昨日よりもまし。
治療してもらうと楽になる。

毎回の治療で、頸の硬さの変化を確認している。ボウダラのような堅い頸が、治療後は鮮やかに緩む。これで気分が良くなっているはずである。このような確信は、患者さんにビシバシ伝わる。こちらも自信を持って一本鍼を行うし、患者さんも安心して任せてくれる。

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後、右上巨虚に2番鍼で速刺速抜。その後10分休憩し治療を終える。

6診目… 12/17 (土)

昨日から胃部不快感が軽減する。食欲が出てきた。
起床時はしんどい。夕方からましになる。

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

右上巨虚の処置は、「ごはん (おかゆ) の一口目を目を閉じて味わう」指導をすると上巨虚の反応が消えたため、行わなかった。

瞳をとじて白米を
感謝は体にいい。その理由は、人間というものが感謝されることを好み、感謝されると元気になるからだろう。体も人間である。だから体も元気になるのだ。ただし感謝は難しい。だが、誰でもできる簡単な方法が食事の摂り方で得られる。

以下、処置に上巨虚を使っていないのはこれを踏まえる。

7診目… 12/19 (月)

動く気力が出てきた。
「今日は点滴やめようかな…。」毎日続けていた点滴を休む勇気が出てきた。

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

やわらかめのご飯にするよう指導する。
おかずはご飯の量の半分までとし、人参・キャベツ・大根を昆布ダシで味付けしたものを食するよう指導する。

【食養生表】

おかゆ・梅干し・塩コンブ(少量)・しょうゆ・塩

番茶・白湯
やわらかめのごはん (おかずの量はご飯の半分以下で) ・少量の漬物 ・きざみネギ(生)

昆布ダシ

キャベツ(煮物)・ニンジン(煮物)・ダイコン(煮物)・かんぴょう・乾燥シイタケ・切干大根
ごはん (ごはん6:おかず4) ・温野菜全般・ワカメ・のり・タマネギ

いも類・カボチャ
豆腐・味噌・味噌汁 (ただしかつおだしは✕)

エンドウ豆・インゲン豆・ごま豆腐
かつお節・じゃこ・川魚・かつおダシ・いりこだし・みりん・料理酒

白身の煮魚 (油の浮かないもの…ウオゼ・マナガツオ・タラ・ハゲ・ハモなど)
タイ・アジ・イワシ・カレイ・サワラ・シャケ・ちくわ・ゆで卵・ささみ

少量の果物・キュウリ(夏のみ)・大根おろし
油揚げ・鶏むね肉

果物

微量の油を用いた料理・微量の砂糖を用いた料理
サンマ・サバ・ブリ・ウナギ・油いため・納豆

鶏もも肉・豚肉・イカ・エビ・タコ・貝・カニ
牛肉 (牛乳・乳製品・牛モツ) ・もち (おかき)

揚げ物 (唐揚げ・天ぷら・フライ ) ・お酒・お菓子・コーヒー

パン類 (主食とする場合) ・メン類 (主食とする場合)

加工した米料理 (寿司・カレー・かやくご飯・卵ご飯・チャーハン・ふりかけご飯・おにぎり・納豆ご飯・お茶漬け・米粉パン・ビーフン・だんごなど)
脾虚による食欲不振症の「消化の良いもの悪いもの」の序列表である。陽虚か陰虚かによって誤差はあるが、参考として示しておく。

何を食べたら体にいいかだけでなく、何を食べたら体に悪いかも重要視すべきである。両方大切にするのが陰陽の世界であって、中医学が陰陽を基礎にした医学である以上は、薬膳もこの視点こそが大切である。陰陽を軽視したそれを進めるならば、やがて本末転倒の結果になるであろう。

8診目… 12/20 (火)

起床時しんどかったが、食べたら元気が出た。

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

ウォーキングを5分間行うよう指導する。

9診目… 12/22 (木)

しんどいと思う時間が少なくなってきた。頸の硬さは見受けられなくなった。

吸う気にならなかったタバコを吸い始めた。3本ほど。

2022.12.22

舌に太さが出てきた。痰湿をしめすポッテリ感も表現されてきている。

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

お粥ではなく、普通のご飯にするよう指導する。
おかずは植物性のものなら何でも欲しい物を摂取するよう指導する。動物性はまだ禁止とする。
ご飯とおかずの割合は、ご飯6:おかず4 と指導する。

10診目… 12/23 (金)

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

ウォーキングを10分間に増やすよう指導する。

11診目… 12/24 (土)

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

白身魚・ゆで卵・ちりめんじゃこなどを食べてもよいと指導する。動物性タンパク質をとってよいという判断である。

13診目… 12/27 (火)

2022.12.29

舌の太さは維持しつつも、ポッテリ感がなくなりスッキリしてきている。痰湿が除去されたことを示す。体から重さ (痰湿による) が抜け、軽くなってきていることを反映する。

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

ウォーキングを15分間に増やすよう指導する。

15診目… 1/3 (火)

空腹感があり、食事がおいしい。
よく眠れている。

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

卵焼きなど微量の油を使ったものを摂ってもよいと指導する。
ウォーキングを20分間に増やすよう指導する。

17診目… 1/7 (土)

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

サンマや豚肉などの脂っこいものを、欲しければ摂ってもよいと指導する。
ただし、牛肉・揚げ物・もち製品は摂らないよう指導する。

ご飯とおかずの割合は、ご飯6:おかず4 と今まで通り。

19診目… 1/13 (金)

調子がよい。家事でよく動いている。職場復帰を考えている。

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

ウォーキングを25分間に増やすよう指導する。

21診目… 1/21 (金)

昨日から職場に復帰した。6時間働いたが大丈夫だった。

百会に5番鍼で5分置鍼、抜鍼後10分休憩し治療を終える。

2023年4月現在、だいたい週に一度のペースで来院されメンテナンスをおこなっている。
週に5日の勤務をこなし、体調は良好である。

こちらの指導に患者さんが答えてくれれば、回復はそう難しいことではない。

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