内科疾患の鍼灸学習方法

『過敏性腸症候群』についてお伺いしたいことがあります。
主訴は下痢・食欲不振です。
そのため温めた方が良いと考え、経穴は天枢・足三里・下巨虚・上巨虚・大腸兪、
腎経では太渓、肝経では曲泉などを考えております。
養生は、冷やさないで温める事、無理して食べない事で、間違っていないでしょうか?

また、絡穴の使い方や、陰経なのに陽経(逆も)を使う時が、いま一つよく分かりません。
よろしくお願いいたします。

東洋医学をいっしょに勉強しよう! (一部字句の校正をおこなった)

とても良いご質問です。

まず、過敏性腸症候群・食欲不振・下痢などという内科疾患を、鍼灸で治療しようという高い志をお持ちなのですね。たいへん嬉しく思います。

患部と穴処はちがう

整形外科的な痛みに特化した治療ならば、痛いところに鍼をすれば、とりあえずある程度マシになりますね。選穴は「患者さんが訴える箇所」や「圧痛点」を中心にすればよく、比較的簡単です。

それに対して、上記ご質問のような内科疾患は、どこに鍼をすればいいか分かりづらくなります。最も分かりづらいのは、アトピーが全身にある場合です。こういうのはツボの特定が悩ましいですね。皮膚が赤くなっているところに鍼をして効くのならやればいいですが、そうはいきません。針山のように全身に鍼をしたとしても、利かすことは困難です。

本来の中国伝統医学の病態把握 (証) による選穴は、痛いところを選穴するよりも、はるかに勉学の手間がかかります。その手間を惜しむと、痛いところに鍼をするクセがつき、中医学的な診断力が得られず、内科疾患に手が届かなくなります。

痛みであろうが内科疾患であろうが、痛いところに鍼をせず、中医学的診断による鍼をする。この姿勢を貫くことが、内科疾患を自由自在に扱うための秘訣です。ぼくも初学の頃は痛いところに鍼をしていましたが、今は徹底した中医学的診断による鍼です。当時よりもはるかに痛みを取ることができるようになっています。

メカニズムに精通する

内科疾患に向き合う場合でも、初学のうちは、例えば胃が不快であればお腹に鍼をしたくなり、喘息があれば胸部に鍼がしたくなり、膀胱炎があれば膀胱の近くに鍼をしたくなるものです。

しかし、こういうやり方ではやはり中国伝統医学のもつ力は発揮できません。

中国伝統医学の真髄とは、どこに鍼をすればいいのかではありません。何が原因でどういうメカニズムで発症に至ったかを、手にとるように把握することです。これが弁証です。

ちなみに、これは僕の考え方ですが、初学のうちは脈診だけでツボを決めないほうがいいと思います。ぼくがその過ちを犯しましたので、そう思います。教科書を勉強しなくなるからです。

中医弁証学 (中医診断学) を勉強することです。

 >> そのため、温めたほうかいいのかと思い
これは立派な弁証です。「温める (温補する) 」という方針が決まったら、それを徹底的に行う。脾胃陽虚証と考えるなら、中脘・足三里などがいいでしょう。とにかくやってみる。初学のうちは、ドンドン「効きそうなツボ」に向き合うことです。するとうまく行かないことがたくさん出てきます。そのたびに弁証の見直しをして、反省し成長していってください。

ちなみに「そのため」はおかしいですね。食欲不振や下痢は、寒証とは限りません。熱証も考慮してください。このあたりは、中医内科学を勉強するといいでしょう。それから上巨虚は腸胃の熱を取るツボであり、脾胃陽虚証には使いにくいツボであると考えてください。

下痢…東洋医学からみた6つの原因と治療法 をご参考に。

人体のツボを読む

天枢・足三里・下巨虚・上巨虚・大腸兪、
これらの穴処は陽明胃経に属し、あるいは陽明大腸経と関わるため、食欲不振や下痢に、すべて効く可能性があります。

ただし、効く場合もあれば効かない場合もあります。そこで、どういう場合に効くのか、どういう場合に効かないのか、それを追求してください。その過程に、かならず望聞問切と弁証 (病因病理) の熟練の必要性が痛感されていくはずです。

食欲不振や下痢が、たとえば脾胃陽虚証であるなら、脾や胃のツボ (要穴) を使えば必ず効きます。だから上記のツボは全て効くのですね。

ただし、上記穴処に加え、数ある脾胃由来のツボ (脾経21穴・胃経45穴・脾兪・胃兪・中脘・章門など) の、どれを選ぶかという問題にぶつかります。そのために、ツボの反応を見切るという必要に迫られます。

ここで切診 (切経) の熟練が必須であることに気づきます。効きそうなツボは教科書には書いていません。人体にしか書いていないのです。

ツボの効能は、それを鵜呑みにしてはいけません。それぞれの患者さんをオーダーメイドで弁証し、それを軸にしつつ、ツボの効能をも参考にしながら、どのツボが最も効くのかを「発想」するためのものです。最終決定は「ツボの反応」があるかないかです。これが効くか効かないかに直結します。

平脈とは… 脈診は必須

そしてさらに。

ツボに鍼を刺す。

それが効いたかどうか。

それを知るために脈診が必須です。治療前の脈をよく診てそれを記憶し、しかるべきツボに鍼をして、脈の変化を診る。その脈が良くなったか悪くなったかを、その場で確認します。症状がその場で良くならなくても、脈がその場で良くなれば、タイムラグを挟んで症状が取れていきます。

そうやって、その治療が正しかったかどうかをその場で確認します。これが中医学的診断による鍼です。どのツボが効くかは、教科書どおりを真似するのではなく、自分で見つけていくものです。

そのために必ず押さえて置かなければならないのは、健康な人はどういう脈を打つかを知っておくことです。健康人の脈を「平脈」といいますが、実はこれを知るだけでもなかなかの修行です。平脈が脈の基本形なので、これが分からないことには病脈もわからず、病脈が良くなったかどうかも判断できません。

平脈とは、柔軟性があって伸び伸びとした脈です。赤ちゃん・植物の芽などに満たされた生命力とそっくりのものが脈に感じられる。そのように感じ取れる脈が平脈です。

患者さんのお体に、じっさいに触れる。切診 (脈診・切経) がいかに大切か。

これをまず理解してください。

情報を集める

その前に、注意してほしいことがあります。

ここには患者さんの生活習慣はおろか、年齢・性別・身長・体重すら記載されていません。これでは、情報が足りません。

この過敏性腸症候群の患者さんのもつ「独自の病因病理」を知るには、丁寧な「問診」が必須です。

とくに切経の技術がない間は、問診こそが命綱になります。問診の勉強は書物である程度はできます。その「ある程度」を我々は、暇さえあれば寝ても覚めても勉強するのです。本ブログもその勉強です。そのうえで、実地の問診に挑戦する。実地の問診は、書物の勉強よりもはるかに難しいものです。

問診をもっと重視する姿勢が求められます。それぞれの患者さんのなかにある「独自の病因病理」が分からなければ治療になりません。

ここまでをまとめます。

  • 中医学の内容をマスターする。
  • しつこいくらいに問診する。中医理論に照らし合わせながら。
  • 切診を鍛える。

複数の臓腑へのアプローチはひかえる

 >> 太渓・曲泉などを考えております

腎経・肝経ですね。レベルにあわせて使ってください。脾経・胃経・腎経・肝経と、とりあえず何でもやれば「数うちゃ当たる」がありえます。こういう病気にも鍼が効くんだ、という驚きを経験する必要があるなら、まずは自由にやってみることも一つの手です。

効くのはもう経験した…というもう一段上のレベルなら、これらを脾経・胃経と一緒に使うことは、おすすめしません。脾胃の問題が中心と診るならば、徹底して脾胃でいってみましょう。肝が中心なら肝で押してみる。そうやっているうちに弁証力が鍛えられ、肝・脾胃の臓腑間の関わりもはっきりと見えてきます。それが見えたら、肝経と胃経を同時に使うなどの応用ができるようになります。

脾胃の弱りよりも、ストレスが中心だと見れば、肝経を使ってみる。
脾胃の冷えにとどまらず、生命力の根幹まで冷えが波及していると見るならば、腎経を使ってみる。

なんでもかんでも節操なくやっていると、結局は何もつかめずじまいとなります。

養生は病因そのもの

 >> 冷やさないで温める事、無理して食べない事で、間違っていないでしょうか?

診断が、脾胃陽虚証ならばそれで間違いありません。

冷やさないこと・無理して食べないことに留意したとしても、それで悪化する人はいません。ただし、それがその人にとって最善のものかどうか、あるいはそれがどのようなメカニズムで必要とされるのか、それが見えるような診断力を身につけていくことです。この診断力は、そのまま「病因」を見抜く力です。

とにかく、中医学的病因病理の勉強です。ご質問には、その人の生活習慣・病因・病理・弁証について何も触れられていないので、ここまでの返答にしますね。

望聞問切をみがく

絡穴・陰経・陽経などの使い分けは、今は考えないでいいでしょう。

陰経と陽経は夫婦関係にあって、要は良い夫婦 (良い家庭) にできればいい…とだけ言っておきます。机の上の学問だけでは及ばない世界です。弁証力がついてくれば、つまり望聞問切の力とそれを統合する力がついてくれば、それを土台にして自由に選穴できます。

望聞問切の力をみがいてください。

そのなかで、自分で法則性を見つけていく。
その法則性は他人との共有が難しいものもあります。

まずは中医学の教科書に最低でも3年くらいは向き合ってください。日本語訳の本では分かりづらいと思います。中国語の教科書を読む稽古をするといいです。原文の方が読みやすいし、日本語訳の本だけでは必要量が得られないと思います。これが冒頭に言った「はるかに勉学の手間がかかる」ということです。

そこで得た大量の知識を背負って、
人の体に向き合う。
なめまわすように望診する。
なでまわすように切診する。

この医学を考えだした古代中国人と、直接会話して見つけていくのですね。

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