癒やしとは…「兪」の字源に秘められた哲学

「兪」は東洋医学にって馴染みが深いですね。肝兪・脾兪なのどツボの名前に用いられますが、癒・輸・愉・諭にも通じます。実はこれらが、臨床における「癒やし」の全容と符合します。どういうことでしょうか。

「癒やす」「癒える」という字は、「兪」がもとの意味になっています。

兪の原義をたどってみましょう。

兪は「腧穴」

「兪」 (俞) は、背部兪穴の穴名に用いられます。また五兪穴の井栄兪経合でも兪穴と呼称されます。臑兪や兪府など穴名にも見られます。

  • 肝兪・脾兪などの背部兪穴の「兪」は、本来は「腧」と書きます。《霊枢・背腧51》を参照。
  • 五兪穴 (井栄兪経合) の中の「兪穴」も、本来は「腧穴」と書きます。《霊枢・本輸02》を参照。
    また「輸穴」とも書きます。《霊枢・邪氣藏府病形04》《霊枢・順氣一日分爲四時・44》を参照。
    五兪穴は 「五腧穴」とも書きます。 “五輸之所留” として「五輸穴」とも言われます。《霊枢・本輸02》を参照。

ドンドンたどっていきましょう。

兪は「輸 (はこ) ぶ」

「兪」の原義を知っておきたいところです。

兪.空中木為舟也.从亼从舟从巜.巜,水也.《説文解字》

「兪」は、亼+舟+巜 です。「亼」は舳先 (へさき) の尖った部分で、前に進むこと示すデザインです。「巜」は舟が水上を進む時にできる波 (航跡波) を示します。

舟が波を切って前進する。

(良い方向に) 運ぶ … これが兪の原義です。輸をイメージします。

  • 「亼」は舟の尖端を表し、前に進む勢いを示します。「前向きで肯定的」なイメージです。
  • 「舟」は《説文解字》によると、大木の幹をくり抜いた丸木舟です。丸木舟は壊れることがなく沈まないので安全性が高いとされます。「安定」のイメージです。
  • 舟が波を打たせて快走すれば心地よい。「愉 (たの) しい」イメージです。
  • 目的地に行くのに最も早い方法、つまり「捷径 (近道) 」というイメージがあります。

よって、「兪」は感動詞として用いられ、肯定的なリスポンスを表す「はい・いいですよ・YES」として用いられます。形容詞としては、「愉快」「安定 (兪然) 」の意味があります。また「愈」 (いよいよ) や、「腧」 (経絡経穴) と同義で用いられます。

以上が「兪」のコアイメージです。以下に転義をまとめます。

  • 「輸」…輸送機器 (車くるまへん) で目的地に進む。はこぶ。運輸。
  • 「愉」…気持ち (忄りっしんべん) が肯定的な方向に進む。愉快。
  • 「癒」…病気 (疒やまいだれ) が肯定的な方向に進む。癒える。
  • 「喩」…言い回し (口くちへん) を分りやすい方向に運ぶ。比喩。喩 (たと) える。
  • 「愈」…本質 (心こころ) が、より進みより勝る。舟がますます前進するニュアンス。転じて愈 (いよいよ) 。さらに。より一層。
  • 「諭」… 言葉 (訁ごんべん) が最も早い方法で移動する (運ぶ) 。帝王が大臣を経由せず直接国民に通告 (教える・話す) することが原義。「兪」には 捷径 (近道) ・直接 という意味がある。

兪は「近道」

「腧」は、「肉+兪」です。肉体の「捷径」…通り道・近道のことです。つまり経絡です。

通道 (経絡) には必ずそれにつながる入り口 (穴) があり、これを「腧穴」といいます。この場合の「腧穴」は十四経上にある「経穴」全般を指します。

経絡と経穴は一体なので、経穴を「腧穴」と言わず、単に「腧」と表現することもあります。《黄帝内経》では、これを「節」「会」「気穴」「気府」などとも呼称しています。

このように「兪」は、背部兪穴・5つの兪穴を含む五兪穴 (井栄兪経合) だけでなく、広義においては “三百六十五” あるとされる穴処すべてをも指し示し、なお広義においては経絡をも含有します。背部兪穴の名称を考えると、それは臓腑にまで届きます。

「兪」すなわち「腧」は、経絡という「近道」のことなのですね。

だからツボを使うと「早く」治る。

兪は「正しい道」

「兪」の意味はこれだけにとどまりません。

前に進む (輸) 。いやますます (愈) 。気持ちよく (愉) 。これらは、気の「前に推し進む性質」つまり推動作用そのものです。

「前に進む」とは、もっと具体的に言うと、
・食べ方
・寝方
・動き方
・考え方
この「4つの荷物」 (生き方) を背負い、正しい方向に向かって、理想という目的地を目指して、前に前に歩くことです。

ただし、陸路で歩くと時間がかかります。重い荷物は肩に食い込み、自力では歩けなくなることもあるでしょう。

だから舟をつかう。驚くほど早く着く。近道になる。信じられないほど楽に事が運ぶ。「ズル」ではありません。これが「癒やし」です。

心地よく波を切り、荷物を舟に任せ、安全で沈まない丸木舟に乗って、驚異的な短時間で目的地に到着する。

渡し船。

魔法は使いません。そこには落とし穴があります。
手品は使いません。そこにはごまかしがあります。

常識的で誰もが納得の行く「時間短縮」を使います。すなわち、舟を作り、風を読み、方向を見切り、櫓を操って漕いで行く。だれかに教わらなければ出来ない、経験を積まなければ出来ない方法です。それが「学術」です。

舟とは長い時間をかけて作り、前もって用意しておくものです。患者さんを目の前にして舟を作っていては時の間にあいません。

兪は「諭 (さと) す」… インフォームドコンセント

癒やしとは、以下の条件が揃うことで成り立つ行為です。
・旅人が舟に乗る。
・船を持った船頭がいる。
・「4つの荷物」 (生き方) をどの方向に持っていくか。旅人と船頭の双方が二人三脚となり、同じ方向を向く。
徒歩であれ航行であれ、やることは同じです。旅人はズルを期待してはいけない。船頭はズルをしようと思ってはいけない。「旅人」と「荷物 (生き方) 」…これを「二つそろえ」で目的地に運ぶ。それが達成できるかどうかです。

たとえばアルコール性肝硬変ならば、
・命が助かりたい「旅人」と、
・今まで通り酒を飲む「生き方」は、
方向が真逆です。
・命が助かりたい「旅人」と
・少しでも酒を減らす「生き方」は、
方向が同じです。

旅人 (患者) と荷物 (生き方) を、「二つそろえ」で良い方向に送り届けねばならない。

船を操る技術に長けていれば、より早く到達するでしょう。
船を操る技術が未熟であれば、やや遅く到達するでしょう。
どちらも立派な船頭です。

ただし、旅人と荷物が「別々」ではいけません。その船頭は失格です。いかに早く目的地に着いたとしても、旅人はいずれ荷物を取りに、元の場所 (病気) まで戻らなければならないからです。いかにその荷物が重くとも、船頭はその荷積みを手伝わなければならない。旅人と一緒に、汗を流して。

それが「4つの生き方」を (さと) すことです。もっとも多大な労力、これを怠ってはならない。

「諭」 (言葉が相手の心に届くこと) が必要です。
「喩」 (分かりやすく説明すること) が必要です。

インフォームドコンセント (説明と納得) 。

そしてここで、初めて「」 (治療手段) を使う。舟を漕ぎ出す。

正しい生活習慣を行う努力 (旅人と荷物) を、すみやかに治癒 (目的地) に結びつけるのです。

兪は「癒やす」

「諭」…分かりやすく (たとえ) を使いつつ諭す。
「腧」…経絡・経穴という舟 (治療手段) を用いる。

諭と腧があってこそ、すみやかな「癒」が成り立ちます。

「愈」…いよいよ益々に、
「愉」…たのしく良い方向に、
「輸」… はやく事が運ぶ。

病が「癒」える。

4つの荷物 (生活習慣) を、「正しい方向」に向けて運んでいくのが、クライアントの努力。
その方向をそのつど諭し、「短い期間」でその努力を実らせるのが、コンサルタントの仕事。

努力。実る。

到達する。

これが「兪」にひそむ「癒」の哲学です。


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