前半はいつものように教科書通り堅苦しくいきます。
後半の▶︎考察 からは分かりやすく説明しています。
▶︎概念
血虚の重篤なもので、命にかかわる。
大量出血が突然あった、あるいは出血が長期に渡って続いた、このいずれかが原因となって、物理的に血の量が過度に少なくなり、生命 (気) の衰えを示す症状が見られる危険な状態。
血虚証 をご参考に。
東洋医学の「血」って何だろう をご参考に。
▶︎症状
面白… 顔色が青白い。
夭然不沢… 非常に重要な概念なので、下段「考察」で説明します。
頭暈眼花… めまいがしたり目がチカチカしたりする。
心悸怔忡… 動悸がする。怔忡とは をご参考に。
気微而短… 呼吸が浅く力なく、早くてハアハアいう。
四肢清冷… 手足が冷たい。
舌淡白… 舌が血の気なく白い。
脈芤 or 微細… ネギのように中心が空洞の脈、または今にも絶えそうな細い脈。
▶︎関連病証
衄血… 鼻血のこと。これが大量だと血脱を起こす。
嘔血… 喀血・吐血・食道静脈瘤破裂などのこと。これが大量だと血脱を起こす。
便血… 下血・痔静脈瘤破裂などなどのこと。これが大量だと血脱を起こす。
崩漏… 子宮からの出血のこと。これが大量だと血脱を起こす。
▶︎血脱から気脱へ
血脱が進行すると気脱になります。気脱が進行すると亡陽となり、死に至ります。気と血の関係を知っておくことが大切です。
▶︎気と血の関係
気は陽であり、血は陰です。よって
- 気は、生命を温煦する。
- 血は、生命を濡養する。
気は血の帥であり、血は気の母です。相互に依存し、活かし会う関係です。よって以下のような “たとえ” が用いられます。
- 気は、精血を作り、それを組み立てて船を作る。
- 血は、船舶となり、それに気を乗せて運載する。
これを念頭に、気血両虚とともに、気随血脱について見ていきます。
▶︎気血両虚
血虚で気を載せる船が小さければ、そこに載る気も少なくなります。これが血虚から気血両虚証を形成する病理です。血という燃料が減った上での気虚ですから、重症です。
- 面色蒼白。
- 心悸失眠… 動悸がして眠れない。
- 少気… 呼吸が浅く弱い。気虚の特徴。
- 懶言 (らんげん) … しゃべりたがらない。気虚の特徴。「懶」は「ものうい」。
- 乏力自汗… 力が入らず、ジッとしていても汗がでる。気虚の特徴。
- 舌淡・嫩。
“嫩” については 胖嫩と老 をご参考に。
▶︎気随血脱
出血過多によって血脱となり、そのうえ気脱まで起こします。症状は上記の血脱の説明と重複しますが、気脱との比較のためにもう一度列挙します。
- 面白
- 夭然不沢… 考察で説明
- 頭暈目花
- 四肢清冷
- 脈空虚
血脱によって気が拠り所を失う、つまり船を失うと、居場所がなくなり気が外に脱出し気脱を起こします。血脱から気随血脱証、すなわち気が血に従って脱する証を形成する病理です。
- 面色蒼白
- 汗出膚冷… 気脱の特徴
- 四肢不温
- 暈厥
- 脈細 or 芤
治療は、補気固脱して亡陽に至るのを防ぎます。とりあえず気脱を防げれば、血はおいおいに回復します。
有形之血難以速生,无形之气所当急固。<景岳全書>
【訳】有形の血は速生することは難しい。無形の気は急固できる。
▶︎考察
▶︎血脱の特徴… 夭然不澤
教科書で血脱を調べると、 “夭然不沢” という表現が必ず出てきます。 これは、黄帝内経・霊枢に以下の記載があるからです。
血脱者.色白夭然不澤.其脉空虚.此其候也.<霊枢・決氣 30>
【訳】血脱は、色が白く、まさに “夭” のごとく、しかも “不沢” であり、脈中の血は空虚である。これを見て血脱を候 (うかが) い知るのである。
▶︎ “夭然” とは
“夭” とはなんでしょう。
女性が体をくねらせて、なまめかしい様子を示す象形文字です。みずみずしく若いという意味にもなります。たしかに、ちょっと腰のあたりがそんな感じですかね。「妖」という字は「妖艶」のように「なまめかしい」という意味があります。
そういう意味から「夭死」すなわち「若死に」という意味も出てきます。 “美人薄命” という言葉がありますね。
若い女性の患者さんで、急に血色が無くなることがあります。
「あれ? 今日はやけに べっぴんさんやなあ。なんかあった?」
「え ! ? そうなんですか?」
「うん、急に色が白いんやけど。ちょっとべっぴん過ぎるなー。」
こんなとき、神門・血海・三陰交…と診ていくと、かならず虚の反応が出ています。
「あ。やっぱり出てるなー。なんか思い当たる節ない?」
原因は、たいがい携帯をいじりすぎたり、夜ふかしが過ぎたり…です。つまり急性の血虚を起こしたのです。
「きのう、ちょっと携帯いじりすぎちゃって…」
「あ、それなら納得やな。なんか急にべっぴんやから、おかしいと思ったんよ。」
そんな小噺はいいとして、たしかに霊枢のいうように、 “妖艶な感じ” があります。透過性というか、透明感というか、生白いと言うか、そういう質の白さなのです。この透明感は「夭」の「みずみずしさ」という意味とも重なります。「みず」のような透明感。そして「夭死」とつながりかねない不穏さ・妖しさです。こういうものを霊枢では “夭然” 表現したのでしょうか。
血脱ですから、このなまめかしさは、短期間で急激に強度の血虚になった時の特徴だろうと思います。
▶︎ “不沢” とは
「夭」には「みずみずしい」という意味がありました。にもかかわらず「不沢」…光沢がない?
霊枢が言う “不沢” とは何でしょう。
まず「沢」とは何かです。
彼澤之陂.有蒲與荷.<詩経・陳風>
【訳】あの沢の陂 (=堤) に蒲 (ガマ) と荷 (ハス) が生えている。
つまり、沢とはガマやハスが育つような湿地のことです。これは易の “兌沢” でも使える原義です。
“不沢” とは、生命の根源である「うるおい」を失ったさまを言うのでしょう。「うるおい」とは血のことです。つまり、血の気のない状態が “不沢” です。
もう一度、 “血脱者.色白夭然不澤.其脉空虚.此其候也 “ を訳してみます。
【訳】
血脱は、色が白く、妖艶で透き通るような美しさで、しかも生気が枯渇した危うさがあり、脈中の血は空虚である。これを見て血脱を候 (うかが) い知るのである。
▶︎芤脈と血脱
<霊枢・決気>で述べられる、血脱のもう一つの特徴は “脈空虚” です。これは “芤脈 (こうみゃく) ” と考えられます。芤脈とは、浮大中空で、急な陰血不足による脈証です。脈理は、陰が陽を繋ぎ止められず外に浮越する。
血虚といえば細脈のイメージがありますが、大量出血などで急激に強いレベルの血虚を起こすと…
- 脈幅 (気) は維持しながらも脈の中身である血だけが抜け、 “中空” になってしまう。
- その後、外に気が脱しようとするので、いったん脈が “浮大” になる。これが芤脈。
- 一定量の気が脱してしまうとワンクールを終えて細脈で安定する、もしくは気脱が継続して止まらないと芤脈の “浮大空虚” が激しくなる。
こういう変遷が想像できます。
前出の “気随血脱” の証での “脈細 or 芤” と、なぜ細脈と大脈という真逆の脈が挙げられているか…という意味が見えてきますね。
“夭然不沢” と “脈空虚” を重ね合わせると、急激で激しい血虚・血脱をしめす臨床が見えてきます。
普段の臨床においては、慢性的な血虚は細脈、急性の血虚はやや芤脈気味で出るかな…という指標をもって臨めますね。
▶︎血虚のステージ
血脱は、血虚の重症版と考えていいと思います。血虚で命に危険が出るような状態を、血脱と呼ぶ。そう理解できます。つまり血脱は、血虚を大げさに強調した症状が出るということです。
先出の “夭然不沢” などは、血虚の診断に非常に参考になるのではないでしょうか。とくに、急に血虚をひどくしたときに、日常の臨床でも観察できると思います。
また “夭然不沢” は舌診でも応用できます。肌と同じく “夭然” すなわち、舌に嬌めかしい感じが出て、舌体にゼリーのような透過性・透明性が出ることがあります。しかも生命力のない、つまり血の気のない “不沢” です。
中医学では、血の弱りのステージは血虚と血脱しかありませんが、軽度の血虚から、死と直結する血虚 (血脱) まで、かなり重症度に差があることが分かります。これは気虚と気脱でも、気滞と気閉でも言えます。
- 血脱…死ぬかもしれない血虚
- 気脱…死ぬかもしれない気虚
- 気閉…死ぬかもしれない気滞
こうまとめるとスッキリするでしょうか。
参考文献:中国中医研究院「証候鑑別診断学」人民衛生出版社1995