出血… 指定難病227;オスラー病の症例

15歳。女性。中学3年生。2023年6月24日初診。

オスラー病。指定難病227。出血を主とする遺伝子異常による難病である。
毎日鼻血が出る。
鍼は補助でしかない。ある事故が原因となって、出血が激減することになる。

オスラー病
・出血 (鼻血が主で80〜90%の患者で見られる) が主症状である。
・遺伝性出血性毛細血管拡張症とも呼ばれる。ALK1およびTIE2遺伝子などの変異により、拡張した異常な毛細血管が形成され、容易に出血を起こす。
・5000〜8000に1人がこの病気の原因となる遺伝子を持つと言われている。しかしそれだけで発病するとは限らず、患者数は日本では約1万人である。
・肺などの臓器の動静脈奇形を起こすことがあり、血栓を生じて脳梗塞や心筋梗塞を起こす場合がある。また出血をくりかえすことにより鉄欠乏性貧血を起こす場合がある。

ここまでの経過

▶2歳くらいから鼻血が出やすい。
▶3歳くらいから尿潜血がでやすい。
▶小学生の時は、鼻血は週に1回あるかないか程度。
▶13歳初潮以来、頻発月経と過多月経がたびたびある。
▶中学生になってから急に鼻血が増える。ひどいときは毎日で、ましなときでも週に2〜3回。授業中などにタラーッと数分出る。まわりの友人もいつものことなので慣れている。

▶フェリチンが低い。
フェリチンとはほとんどの組織の細胞質に存在するタンパク質で、血漿中に存在するものを血漿フェリチンという。鉄を保有したり、あるいは鉄過剰のときに鉄を取り込んでその量を調整したりする。鉄が欠乏すると鉄欠乏性貧血貧血の原因となるため、血漿フェリチン量は鉄欠乏性貧血の指標となる。

▶中学からバスケットボール部。急に運動量が増えた。
8月7日に地区大会をひかえている。

治療

初診… 6月24日 (土)

毎日鼻血が続いている。

百会に2番鍼を5分置鍼。

冷たい飲食物を控えることを指導する。
そして、運動を控えることを指導する。

「バスケ、楽しい?」
「はい!」
「でもな、今はやめといたほうがいいねん。でも、それ無理やろ?」
「はい…。」

スポーツ大好き少女である。

「完璧は✕、できるだけが〇。太陽に向かって植物は成長するけど、太陽に届きはしないでしょ? でもその成長を止めない。できるだけ、そういう気持ちでな。」

太陽にはとどかない、でも成長をやめない
成長とは何か。これを自然から学ぶ。植物の成長である。

2診目… 7月1日 (土)

6月27日 (火) のみ鼻血が出なかった。他は毎日出ている。
部活はいつもどおり続けている。

良くはない状態だ。本人に自覚はないが、悪化直前の状態である。
それを防ぐため、神闕に打鍼。

悪化直前の脈
「治未病」…いまだ病まざるを治す。これは中国伝統医学の基幹となる部分である。脈診において、私個人の臨床経験から得られた「治未病」の一つの体現を紹介する。

3診目… 7月15日 (土)

7月5日、部活動中に他部員と衝突して右手小指を骨折する。
部活動は、できないので休んでいる。

それ以来、鼻血が止まる。あったとしても、たまに少し血が付く程度。

「なんで鼻血とまったか分かる? 」
「わからないです…。」
「部活、やめてるからやで。」
「え ! ?  そうなんですか?」
「こういうの、怪我の功名っていうんやで。人間万事塞翁が馬…ともいうな。受験で出ることもあるから覚えとき。帰りの車の中で調べたらいい。」

百会に金製古代鍼。
右少沢に銀製古代鍼。

ウォーキング10分を指導する。脈診でOKが出た。

「部活をやってるときは運動量が多すぎて生命力が弱ってたけど、部活をやめてから急激に生命力が上がってる。だからウォーキングをやれって体が言ってる。部活で見学してる間にでもやってみて。怪我で部活ができない間に、ほんとの体力をつけよな。チャンスやで。」

脈診で “体の声” を聞く
藤本蓮風先生の御尊父、藤本和風先生。その患者さんが、かつて近所におられた。その方いわく、「ピーナッツが好きでね、でも和風先生は脈を診て、” ピーナッツは一日〇〇個までやで ”っておっしゃるんです。」僕が鍼灸学校に通っていたころだった。

4診目… 7月29日 (土)

この2週間、少量の鼻血が1回あった程度で、ほとんど治っている。

百会に2番鍼を5分置鍼。

ジョギング20分を指導する。
本当の体力を積み重ねることができている。

「このジョギングを増やしていけば、部活をやればやるほど、体を鍛えればきたえるほど、体に良いって状態になるで。がんばろ!」

「はい!」

体をきたえる、誠をきたえる
健康を目的として体をきたえる場合、負荷をかけすぎないようにします。生命力のラインよりも負荷が上回ると、生命力は下がってしまいます。逆に、生命力のラインぎりぎり手前まで負荷をかけると、生命力は押し上げられます。

病因病理の考察

ここで治療は中断している。理由は、遠方からの来院 (車で1時間以上) であり、運転手のお母さんが仕事で多忙、下に兄弟が13歳・7歳・5歳と3人いるとのことなので、そのあたりかと思う。しかし治療する側から見るともったいないとは思うが…。

さて、国の指定難病である。
しかも、出血回数も出血量もここ数年で急増している。
しかも、遺伝子異常を原因とする病気である。

難治性で病気の勢いが増しつつある。

それがこのように、あっさりと出血がほぼ無くなったのはなぜか。病因病理を明らかにし、それと照らし合わせて考えれば、明確な理由が見えてくる。

注目すべき問診事項

その前に、冒頭では挙げなかったが、中医学的に重要な問診内容がいくつかある。

▶冷たいものが好き。氷を食べる (小学校低学年から) 。
▶寝付きに30〜40分かかる。小さい頃から昼寝をしたことがない。
▶冷え性。足と腹。鼻水が出る。
▶好物はお菓子。スナック・チョコレートなど。痰が出る。
▶朝の食欲がない。ただし夜食 (ふりかけご飯) を食べる。
▶ストレスを感じたことがなく、ストレスが分からない。

自覚できない「カゼ」

まず、当該患者には表証があった。表証 (表寒証) とはカゼのことである。

カゼとは、悪寒がブルブルして、38℃とかの発熱がある。体はだるくて動けない。食欲もない。そういう状態であると思っていただいていい。

ところが、その自覚症状がない。それは興奮状態 (疏泄太過) にあるからである。スピードオーバーと言ってもいい。興奮しているとつらさを感じない。火事場の馬鹿力である。そういう状態が幼少の頃からあった。だから昼寝をしないのである。だからストレスを感じたことがないのである。

悪寒も感じない。鼻水は寒いから出ているのだが、寒さは感じていない。しかし足と腹の冷えだけはわずかに感じている。

発熱も現れていない。しかし邪熱はあって、これが非常に強いため、幼い頃から氷をガリガリ食べるのである。

食欲が無いことも感じない。夜食も食べるしお菓子も大好物である。ただしわずかに朝食に食欲のなさが見られる。朝というのは生まれたての赤ちゃんのようなもので、何も飾り立てをしない。だから朝の食欲が無いということは一日中食欲がないのと同意義である。ただし昼 (年頃や中年) 以降は着飾ってごまかしだすので、食欲があるかのように演出する。食欲が無いということは、食べ物を容れる器が小さいということである。器が小さいのに普通に食べるので、あふれる。それが痰である。

体のだるさも感じない。だからキラキラした目をしており、バスケットボールなどスポーツで体を動かすことが大好きなのである。

生まれつきの問題

なぜこのような興奮状態 (疏泄太過) があるのか。

生まれつき、下焦が弱いからである。下焦が弱いために、相対的に上焦が強くなる。つまり気が上に昇っているのである。幼児期に昼寝もせず、今も寝付きに40分もかかるのである。ストレスを感じず、精神的に強く見えるのも、上焦が強いからであるが、そのバックには下焦の弱さがあるので、非常に不安定といってよい。

生まれつきの問題のことを、中医学では禀賦不足という。

表寒 >> 裏熱

そしてこの構図の最も問題は、表証 (表寒証) という皮膚表面の冷えが、裏熱を閉じ込めている構図にある。つまり、魔法瓶のようになっているのである。魔法瓶は表面が冷たく、中が熱い。熱いのが裏の邪熱 (裏熱) である。

この邪熱こそが、出血の原因である。そもそも血は、気によって温められることで動くことができる。邪熱とは、この温める力が強すぎるものである。強すぎると動きに制御が効かなくなる。制御できなくなると、人体と言う周回コースのコーナーを曲がりきれなくなり、コースアウトする。これが出血である。こういう病理を「動血」という。当該患者の出血の病理は、この動血が主となる。

さらに巨視的に見ると、血が興奮しているのである。知らぬ間に飛び出してしまっている。
疏泄太過である。

出血…東洋医学から見た4つの原因と治療法
子供の鼻血のように軽いものから、潰瘍性大腸炎、また肝硬変末期の吐血のように生死にかかわるものまで、出血にはバリエーションがあります。東洋医学では、それぞれの出血を、偶然ではなく必然と考えます。どういう観点から出血を分析するのでしょうか。

こういう病態をどこから切り崩していくか。表証を取るのである。つまり、表の寒邪を取り去る。そうすれば魔法瓶ではなくなる。表面が冷たいはずの魔法瓶の、表面が熱くなればどうなるか。もう魔法瓶ではなくなる。中の熱湯 (邪熱) はみるみる冷めてゆく。

まずは表を治療する。そして裏熱が残ればあとでそれを治療する。それが原則である。
先表後裏である。

骨折がきっかけで治った?

ところが、本症例ではこの表証が非常に取りにくい。自覚症状が無いからだ。
そのうえ前述のように、この表証を取りにくくする大きな要素が2つあった。

▶氷を食べる習慣に代表されるように、当該患者は冷たい飲食物を好む。これは裏に邪熱があるからである。冷たい飲食物は寒邪である。これを食べるたびに表証が強くなる。つまり、出来のいい魔法瓶になる。
▶バスケットボールなど、当該患者は体を動かすことを好む。カゼで発熱している時、スポーツをやったらスッキリした…ということはありえない。スポーツは治ってからやるという当たり前のことができない。カゼのときは学校を休む、仕事を休む。休むから治る。休まず動き続けるたびに表証が強くなる。つまり、出来のいい魔法瓶になる。

ぼくは、運動を続けさせながら治すつもりだった。氷もやめることを強制せず温かく見守るよう母親に念を押した。本人が正しい病因病理を理解し、治療で表証を取りつつ裏熱がマシになれば、いつか光が差し込むだろう。しかし1〜2週間に一度の治療では非常に難しい…。奇跡を待つような心境でもあった。

ところが、奇跡が起きた。
この2つのうち、一つを切り崩すことができたのだ。

指の骨折である。

これによって偶然にも、部活ができない状態になった。体を休ませざるを得なくなった。正気 (生命力) が回復して強くなった。体を取り囲んでいた寒邪はそれを見て逃げ出した。魔法瓶ではなくなった。裏の邪熱がどんどん冷めだした。あつすぎた血が冷めてきた。血の動きすぎが無くなった。

出血が止まった。急激に。

この骨折がなければ、部活を休むことはなかっただろう。当該患者に運動を止めてしばらくジッとさせることはとてつもなく難しいことなのである。これが、この病を治すことのとてつもない難しさに直結する。だから指定難病というレッテルが付される。種明かしをすれば、単にそういうことなのである。

それがこの骨折によって明らかとなったと言えはしないか。

まとめ

この症例から得られる学びは2つある。

1つ目。

無理をしてはならない。

見合うだけ。その人に合った分だけ。背負える分だけ。
背負える重さは、その時その時で変わる。3歳児よりも10歳児の方が重いものが背負えるし、20歳の人はもっと重いものを背負える。
3歳児に、20歳が背負うような30kgの米袋を背負わせたら、体が持たない。だから血が漏れ出した。

本症例の出血の原因はそこにあった。部活動、それが無理なレベルの負荷だった。

さらに、その原因の除去を困難にしていることがある。
当該患者は、無理をしているのに、無理と感じることができなかったということだ。疏泄太過である。
3歳児なのに、30kgの米袋を担いでも、苦しいと感じなかったのだ。
しかし、東洋医学の視点から見れば、3歳児に30kgは不自然な姿であることがよく分かるのである。本人がいくら平気だと言ったとしても。

落ち着いて。
自分と向き合う。
陰 (落ち着き) を養い、上りすぎた陽 (過度のはつらつさ) を引き下げる。
臍下丹田に気を引き下げる。
それによって、今の自分に見合った重さとは何kgなのかが見えてくる。

Wikipediaより引用

2つ目。

冒頭に言ったように、オスラー病は遺伝子異常による疾患である。だから難病に指定されている。
ただし、遺伝子異常があったとしても発症しない人もいる。

“5000〜8000に1人がこの病気の原因となる遺伝子を持つと言われている。しかしそれだけで発病するとは限らず、患者数は日本では約1万人である。”
と上述した。日本人の人口を1億2000万人とすると、異常遺伝子保持者は約1万5000人〜2万4000人/1億2000万人 となり、発症者1万人であるから、およそ半数は発症しない計算となる。

これは、遺伝子異常だけでは発症しないこと明確に示す資料である。遺伝子以外の体質要素が付加されることにより、はじめて発症すると見てよい。遺伝子以外の体質要素とは、当該患者で言えば、上述の「氷を好んで食べる」や「昼寝をしたことがない」等から類推される体質 (裏熱証・疏泄太過証) のことである。こうした体質が、もともと持っているウィークポイント (遺伝子的な出血傾向) を刺激し、出血体質 (迫血妄行証) を形成する。

遺伝子異常で出血しやすいならば、遺伝子以外の体質異常で出血しやすい要素にメスを入れればいいのである。つまり、発症している人ならば、まだ発症していない人の状態に持ち込めばいいのである。これはリウマチなどでも同じで、リウマチ因子はあっても炎症が起こっていない状態に持ち込めばいい。

リウマチの完治例
リウマチの中医学的な症例検討である。鍼灸を用いた。CRPが正常値となり、医師から完治と告げられた症例である。両手指・両手関節・両肩関節・左膝関節両手指・両手関節・両肩関節・左膝関節。特に左手指の第2・3・4指のこわばり・痛み。

当該患者だけでなく、自覚のないカゼのような病態 (隠れ表証) が難病の中医学的病因をなすことは非常に多い。

むくみ… 指定難病222;ネフローゼ症候群の症例
ネフローゼ症候群 (指定難病222) とは、腎臓の炎症による蛋白尿・むくみを主症状とし、人工透析にいたるリスクがある腎臓の病気である。症例として、尿蛋白4.52g/日が0.78g/日に下降したものを挙げつつ、東洋医学的な「表証」との関係について考察する。

難病でなくとも、一般的な病気や症状が治らなくなっている人も、非常に多いのである。隠れ表証をとり去るだけで急激な回復を見せるのは、指定難病であろうと一般の病であろうと、この医学の前では何も変わらないのである。

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