血寒証

血寒証は、冷えの病証です。外気の冷え (寒邪) が血の領域にまで侵入したものを言います。

以下、中国中医研究院「中医証候鑑別診断学」の記載を訳しながらまとめます。

▶︎概念

血寒証とは、

  • 陰寒の邪が血分を犯す
  • 気虚によって温煦作用が失われる

これらによって血脈の凝滞・収斂が起こるものの総称です。

寒凝血瘀証へと発展します。

▶︎症状

血寒証の証候は以下の通りである。

  • 肢体麻木… 四肢などに感覚がなくなったり痺れたりする。
  • 皮膚不沢… 皮膚に艶がない。
  • 手足清冷… 手足が冷える。
  • 悪寒
  • 心腹冷痛… 胸部・胃部・下腹部が冷えて痛む。
  • 得熱痛減… 温めるとマシになる。
  • 月経後期… 生理が遅れる。
  • 痛経… 生理痛がひどい。
  • 細緩脈

血寒証は、年高体弱のものに多い。高齢者や病弱な人は、元陽が次第に衰え、血は温煦作用を受けられない。よって以下の症状が付随して見られる。

  • 精神萎弱… 気持ちが前向きでない。
  • 面色無華… 面色に色つやがない。
  • 小腿筋掣 (掣セイ…引き寄せる・引っ込める) … 下腿部の筋痙攣。
  • 肌肉痠痛 (痠サン… =酸。力が入らないような痛み) … 筋肉に力の入らない痛みがある。
  • 肢冷畏寒… 四肢が冷えて、寒さを嫌がる。

▶︎関連病証

血寒証は以下の病証中に見られます。

▶︎凍傷

しもやけなどです。

【症状】

  • 手足の指、耳、鼻などに多発する。
  • 初期は局部の皮膚が蒼白となり、冷痛・麻木。
  • 次いで暗紅色の漫腫※、あるいは青紫の塊、疼痛・瘙痒。
    ※漫腫…びまん (瀰漫) 性の腫れ。びまん… 一面に広がる、みだりにはびこる

【病理】
寒邪が肌膚を侵襲し、血脈に及び、気血を凝滞させる。

【治法】
温陽散寒・調和営衛。

▶︎中寒

寒邪直中のことです。中寒は病名ですが、証名で言えば寒邪直中証になります。

【症状】

  • 卒然戦慄… 突然の悪寒戦慄から始まる。
  • 面青咬牙… 顔色が真っ青で、歯を噛み締める。
  • 吐瀉腹痛… 上げ下しと腹痛がある。
  • 四肢冰冷… 手足が水のように冷たい。
  • 手足攣踡… (踡ケン… 丸くする・縮こませる・曲げる) 手足がけいれんする。
  • 昏迷僵直… (僵…かじかんで硬直する) 意識が朦朧となって体が硬くなる。
  • 脈微欲絶… 微脈で今にも絶えそうである。

【病理】

素体虚弱 →
・天地の寒の外中… 外 (気温) からの寒冷の邪
・飲食の冷の内受… 内 (飲食) からの寒冷の邪
に犯される。

【治法】

温陽散寒・調補気血。

▶︎脱疽 (壊疽)

【症状】

  • 面色暗淡無華
  • 喜暖怕冷 (怕…恐れる・怖がる)
  • 患肢麻木
  • 小腿搐痛… 下腿部が痙攣を起こし痛む
  • 足趾が暗紅あるいは青紫、冰冷 (氷のように冷たい)
  • 肌肉萎縮
  • 趾甲変厚
  • 疼痛甚劇
  • 徹夜難眠… 夜を徹して安眠できない
  • 紫黯舌 (黯アン… 黒い・暗い・心が塞ぐ)
  • 弦細にして遅渋

【病理】

肝腎不足→ 外感寒邪→ 寒凝血滞→ 阻塞経絡

【治法】

温陽散寒・活血通絡。

▶︎腹痛

【症状】

  • 下腹刺痛あるいは脹痛、牽引睾丸墜痛
  • 甚しきは攻痛連脇
  • 肢冷畏寒
  • 白滑苔
  • 沈弦あるいは遅脈

【病理】

下焦虚寒→ 復 (かさ) ねて寒邪を感受→ 寒凝肝脈。

【治法】

温肝散寒

▶︎月経不調

【症状】

  • 月経後期… 月経周期が遅くなること。
  • 渋少不暢
  • 色暗淡
  • 有塊
  • 閉経
  • 痛経
  • 産後悪露不浄
  • 小腹冷痛
  • 宮寒不孕

【病理】

寒邪は陰邪なので、凝滞する性質がある。寒邪が血脈中に入ると、血液は凝渋不行となり、絡脈は阻滞し、その結果、寒客血瘀の証を形成する。

甚だしいものは癥積 (ちょうせき)※となる。
※癥積…癥瘕 (ちょうか) ・積聚 (せきしゅう・せきじゅ) のこと。癥瘕とは、子宮筋腫・卵巣嚢腫・子宮内膜症などの、女性の骨盤内の腫塊を形成する病変のこと。積聚はガンなどの腫塊のこと。

▶︎考察 … デトックスについて

面白いと思うのは、凍傷 (シモヤケ) と中寒 (低体温症) です。

・指先の血寒証… 凍傷
・体幹の血寒証… 中寒

中寒 (寒邪直中ともいう) は、 “脈微欲絶” という病証からもわかるように、死の危険があります。嘔吐・下痢を起こし、ひどくなると意識昏迷を起こします。低体温症は、中寒のカテゴリーに入ります。

対して凍傷は、壊疽を起こして指先が脱落する危険がありますが、死の危険はありません。軽いものだと、しもやけもそのカテゴリーに入ります。

部分の死と、全体の死です。

血が冷える (体温が低くなる) ということは、部分と全体の差こそあれ、死につながるということです。

体は、そうはさせまいと外から入ろうとする寒邪に対して抵抗をします。その代表が悪寒 (太陽病) です。中寒 (寒邪直中) では、最初は悪寒はあっても、意識が朦朧としていくなかで、やがて悪寒を感じなくなるのではないと思われます。

たとえばトムラウシ山遭難事故では、登山中に寒さと風雨にやられて8人が低体温で命を落とされていますが、寒さに耐えているうちに意識障害が起こったという記録があります。寒邪で肺気が損なわれ、寒いという感覚が麻痺してしまうのでしょう。生還者は「重ね着」を生還した理由の一つとして挙げておられます。

登山中に低体温になる場合、山歩きで正気がくたびれている状態もポイントになります。正気がくたびれると、体を温めて寒邪の侵入を防いだり、寒邪を排出 (デトックス) したりする力も弱るので、低体温で危険な状態になりやすくなります。寒邪が侵入すると、正気をますます弱らせるので、ますます危険な状態となります。

もし、正気がシッカリしていれば、例えば激しい戦慄 (ふるえ) を起こして寒邪の侵入を阻もうとします。正気の勢いが勝てば、発熱して最終的に微似汗 (カゼが治る時に見られる発汗) が出て完全に寒邪を外に押し出します。この働きを「太陽」と言い、太陽をステージとする病態を太陽病と言います。

寒邪の勢いが強ければ化火して裏に入りますが、化火した熱邪を大便とともに外に出す働きがあります。この働きを「陽明」と言い、陽明をステージとする病態を陽明病と言います。陽明とは、簡単に言えば「」です。熱邪は血内の血流とともに肝臓に到達し、肝臓で作られる胆汁に溶け混んで、胆汁とともに胆から十二指腸に排出され、腸を通って大便として排泄されます。

寒邪が体内 (裏) に侵入した場合、熱邪に変えてから体外に排出 (デトックス) するのですね (陽明病) 。あるいは腸管を使わずに、皮膚まで寒邪のままで押し戻し、発汗として排出 (デトックス) する場合もあります (太陽病) 。

正気が負けさえしなければ、「管」が作用して、指先の邪であろうと体幹部の邪であろうと、血管・胆管・腸管を経由して外泄されるのですね。

しかし正気が負けると、この「管」は消滅します。これが陰病 (太陰病・少陰病・厥陰病) です。位相幾何学的に言えば、管のある状態は筒形、管のない状態は球形です。球形とは元々の受精卵の形で、口も肛門もない…つまり邪の出口のない状態です。

球形は同時に、正気が漏れ出る出口もないとも言えます。命を脅かすような邪に犯された場合、体は筒形から球形に切り替えて、正気 (生命) を守ろうとするのです。これは緊急事態的な防御の反応でもあります。

ちなみに、現代人はほとんどが普段から球形となっており、筒形のデトックスができない状態にあります。

実はこの構図は、体幹部であろうと、指尖末端部であろうと、同じことが言えます。中寒を起こす状態は、体幹の場合も指先の場合も、球形となっていて邪を外に押し出すことができません。体幹の場合はその土台である臓器に邪が及び、指先の場合はその土台である骨にまで及ぶ。土台とは血のことです。

寒邪という「毒 (寒毒) 」が体内に入り、それを体外に排出することができない。
そしてその部分の血が冷え、その部分の血が死ぬと、その部分の組織が死ぬ。

簡単に言うとそうなります。

参考文献:中国中医研究院「中医証候鑑別診断学」人民衛生出版社1995

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