気迫

下リンクは、3年前に書いたものです。改めて読んでみて、文章から気迫を感じますね。

実は昨日の初診は、4時間かかりました。紹介で来られた方で、僕のブログはほとんど読んでおられず、まず意識を変えることが必要でした。患者さんの意識を変えるには大きな力量が必要です。もっと短時間で患者さんの意識を変えられればいいのですが、今のところ、その力量を出すには「時間」が必要です。まだまだ未熟なのです。

しかし未熟ながら、患者さんを変えるために、ほとばしり湧き出るような気迫は絶えることがありません。もちろん患者さんは圧倒されます。圧倒されながらも、表情が、目が、だんだん落ち着たもの、穏やかなものに変わっていくのです。

70代、女性。早口でせっかち。診察を始めて4時間後の帰り際には、肩凝りはすっかり軽くなり、パンパンにむくんだ脚は柔らかくなり、そして表情も柔らかく「ああ、よかった…」とおっしゃっていました。

正しく変えられたのです。つまり僕の気迫は「正しい気迫」であったということでしょう。そのために大切なのは勉強です。正しく学ぶことです。さらに大切なのは患者さんに触れることです。正しく反応を読み取ることです。

そこから得られた力は、正しい気迫となって患者さんに届く。そういうものを放出して、僕自身は? ぜんぜん疲れない。むしろさらなる元気が湧いてくる。信念 (腎) が撞き固められる。

ただし今のところ、時間がかかるのです。未熟さゆえに、4時間もかかってしまったということですね。もっと短時間で変えられればいいのですが、でもまあ一生それでも構いません。行けるところまで行くだけですから。

医業類似行為者の心得
法的に、鍼灸は「医業類似行為」とされる。 つまり「医療まがいの行為」である。 どうせニセモノならば、それを極めて「名優」になろう。 ホンモノの医療よりも、感動を与える。 治癒という「筋書き」に観客 (患者) を巻き込むのである。
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