最初から否定していたのでは何も始まりません。そもそも我々は「前提」を与えられているものだということを知るべきです。たとえば大地があって水火があって空気がある。その前提に我々は乗っかっている。偉そうなことを言ってみても、それなくしては手も足も出ません。
もうすでに与えられているとするならば、後はそれをどう味わうかです。どう運用するか、どう開拓するか。耕せば耕すほど、豊かな実りが得られるはずです。
そのためには相手をよく知ることです。ただ闇雲に耕してさえいれば、うまくいくとは限りません。東洋医学によって、我々がそもそも与えられている「経絡」。これをどう運用するか、どう耕すのか。そのためにはまず、相手を知ることです。
肯定的で、良い前提を持ちたいですね。否定的な前提を持っている人がいますが、いくら頭が良くても才能があっても、与えられた前提を否定するならば、自力でやるしかなくなります。この自力は小さい。長続きしません。破滅へとつながるものです。
経絡という、理知的に見て否定したくなる概念、これを前提とする。まずは信じて耕してみることです。それができる人は、この天地自然から与えられた前提を、よく知り、よく運用し、そこから得られる実りを前提にしている。すなわち幸福を前提とできる人なのでしょう。もちろん健康という前提をも、軽々と小脇に抱えつつ。

手の太陰肺経《経脈》
手の太陰肺経、経脈の流注と病証について図を交えて詳説する。

