13歳。女性。
病歴…
小学5年から、歩いたあと体がだるくなる。腹筋すると腰に力が入らなくなる。
小学6年生の春に引っ越し。転校いじめで不登校になる。
このころからアトピー性皮膚炎が始まる。肘窩・膝窩・前胸部を特に夜かきむしる。ストレスで悪化。
中学は他の校区に入学。友達となじめたため学校にいけるようになった。ただし、体がだるく学校まで歩けないため、母親に車で送迎してもらいながら。
1か月前から吐き気・嘔吐 (朝>夕) 。朝がひどいのでほとんど学校に行けなくなる。昼以降の吐き気は空腹時。
昨日から母親にひどくしんどいと訴える。聞くと、目の奥がだる重いとのこと。母親は緊急事態と感じ取ったが、状態を把握しかね、急きょ来院される。
本人は「学校に行きたい」
母親は「行きたいのか行きたくないのか分からない」とのこと。
その他、頭痛 (前額・側頭) ・めまい (朝>夕) 。
アトピーは肘窩・膝窩・前胸部・腹部がひっかき傷で真っ赤になっている。周辺が色素沈着で黒ずんでいる。。
舌診…
淡紅舌。舌尖紅刺強度。舌中部黄膩苔、周辺は白膩苔。紅刺は気滞を、黄膩苔は熱を示す。
ツボの診察…
虚…左心兪・右神門・右太白
実…左太衝・左丘墟・左太淵・左神門
病因病理…
もともと幼少から扁桃腺を腫らしやすく手術で除去している。これは生まれながらにして下焦が弱いことを意味する。下焦が弱いと、相対的に上焦が強くなり、2階建ての建物でいえば、上のフロアがギュウギュウ詰め、下のフロアはガラガラの状態となる。
上の緊張は気滞を生み、気滞はストレス (肝気鬱結) と結びついてさらに強くなる。
気滞は加熱してアトピーを引き起こす。
気滞は清陽が頭部に昇ろうとするのを阻害し、めまいを引き起こす。これが極度になると目の奥がだる重くなる。清陽とは、頭をスッキリさせたり冴えさせたりする力のこと。目の奥がだるいというのはイメージしにくいかもしれないが、患者さんにとってはこれが何よりもつらく、うつ状態を示す症状なので注意が必要である。
気滞は気逆を起こして頭痛となる。
気滞は肝気鬱結と結びついているため、肝気が盛んとなりやすい朝に悪化する。肝気は胃を犯しやすい性質があるので嘔吐となる。
普段から目が疲れやすいにも関わらす、ゲームでスマホを使用する時間が長い。また、吐き気があるにもかかわらず、おやつに甘いものを好んで食べる。これらの行動は心神の照らす方向に誤りがあることを示している。心神の方向が誤ると腎臓を温めることができず、腎臓は気化して心血を補うことができない。心血が補われないと、ますます心神の照らす方向が修正できなくなる。心神に誤りがあると、些細なことにイライラしたりクヨクヨしたりしやすくなり、ストレスが倍増する。そのストレスが気滞を強固にする。
これら一連の病理を治しにくくしているのは、ほかでもない下焦の弱りである。この弱りは、運動後の脱力感・目の疲れやすさ。夕方の疲れやすさ・夕方のめまい・昼以降の吐き気につながっている。
ただし、全体として朝の症状が主訴となっており、実>虚 という診立てができる。
母親には、「この子は、怠けて学校に行かないのでもないし動きたがらないのでもない。本当に行けないし動けないんですよ。だからお母さんが心配して連れてこられたのは正解です。」と説明する。
週に2回の治療を開始する。
初診…平成17年2月20日
左神門に銀製古代鍼で瀉法。鍼は刺さず、触れるのみ。
心神を調整し、営血分の熱を取り去る目的。
スマホをいじり過ぎると、血を消耗し、下焦の弱りを加速させ、気滞を強固にする。そのからくりを説明し、また甘いものは間食にせず、後回しにできるなら、晩御飯の続きでいただくとよい旨を説明する。こうした正しい考え方を提示し、心神の治療につなげる。
今は運動は体力がないので禁止、体育は休むこと、学校には送り迎えが必要と母親に伝え、治療を終える。
2診目 (2月23日) ~
心神を調整しながら、邪熱 (気分・営血分) を取り去る治療。心兪・三陰交・後渓などを使う。本人に恐くないか確かめたうえ、極細鍼での刺鍼も織り交ぜる。以降、その日の状態に合わせて古代鍼か刺鍼を行うかを決めて治療を行う。
この期間、黄膩苔が消失。目の奥のだるさが消失。期末テストがあったが、なんとか受けることができた。
5診目 (3月9日) ~
脈診にて散歩OKと診断し、最初は20分から始めるよう指導する。
心神を調整しながら、気滞と邪熱 (気分) を取り去る治療。
神門・巨闕兪・合谷・百会などを使う。
この期間は、午前中はしんどいが、昼以降は体が軽くなるようになった。
吐き気がおさまり、調子が良くなってきたので、課外活動に参加したが、30分で冷や汗が出てしんどくなったので帰宅ということがあった。雨や風の強い日は体がだるい。
13診目 (3月27日) ~
脈診で散歩の時間を判定し、少しずつ増やす。
心神の治療 (神門) を軸に、営血分の邪熱を取る治療も加える。
この期間、午前9時ごろから、だるさがなくなるようになった。
春休みなので、散歩を頑張っている。最長で1時間10分散歩した日もあった。それでも後がスッキリする。以前なら考えられないこと。今、彼女には治るためにできることがある。
2泊3日の旅行から帰った日は体が重かった。
16診目 (4月6日) ~
学校が始まる。この期間で片道30分を徒歩で登下校できるようになった。体育ももちろんOK。
アトピーもましになりつつある。
朝、起きるのが遅くなってしまう。だるさはまし。イライラすることがある。
正気を補いながら、邪実を取る治療。
滑肉門・大巨・足三里などで補法。百会・神門などで気滞・心神を動かす。
36診目 (6月15日) ~
朝からしんどく、吐いて学校を休む日があった。
アトピーが悪化。
このころから氷を一日5~10コ食べる。氷をガリゴリやるのは、夏になると毎年のことらしい。
正気を補い、下焦を強化しながら、邪熱を取る治療。
滑肉門・大巨・太淵などで補法。後渓で邪熱を取る。
>> 暑くなったので邪熱が助長され、それを冷ますために氷を欲しがっています。こういう時、氷を口に入れると舌触りやノドのあたりがが冷たく心地よく感じるのですが、、氷を口に入れると即座に体が「冬かな? 」となってしまって冬仕様になってしまいます。
冬の体とは、熱を逃さないようにしようとする状態です。皮膚表面の毛細血管や、手足の血管が収縮して、深部の熱い体温を帯びた血液が表面にて出てこないようにします。つまり「魔法瓶」です。「乳児アトピーの症例」をご覧いただくとわかるように、魔法瓶状態が長く続くものは、表証となることがほとんどです。
冬はそれでいいのですが、夏にこれが起こると邪熱がこもってしまいます。だからますます氷をたべる。魔法瓶になる。邪熱がこもる… という悪循環化゜生まれます。
邪熱が強いということは気滞が強いということに等しく、そのため諸症状の悪化となりました。本人には上記の病理を一通り説明し、「熱を取る治療をするから、氷を食べるときは、本当に氷が欲しいかどうか考えてから食べてね。熱が取れてきたら、そんなに欲しくなくなると思うから、習慣で食べてしまわないように。」と指導しました。
正しい知識を心神に植え付け、治療によって育てる。本人に治る気さえあれば、この手法でうまくいきます。誤った生活習慣によって体に害を与えることがなくなってきます。
42診目 (7月6日) ~
氷があまり欲しくなくなった。2日に1コくらいしか食べない。
アトピーがほとんどなくなった。
正気を補いながら邪熱を取る。
滑肉門・太白などで補法。後渓で心神を整えながら邪熱を取る。
45診目 (7月20日) ~54診目 (9月28日)
氷が欲しいと思わなくなる。
アトピーが消失。ひっかき傷もかゆさも全く無し。
正気を補いながら心神の調整。
正気の虚は滑肉門・太淵。心神は神門。
経過が良好なので、週に1回の治療ペースにする。
夏休みを通して7:30には起床できた。
夏休み~新学期開始を経て、10月4日現在まで、体調に問題なし。2学期から学校は全く休んでいない。学校へは自分で歩いて登下校している。
まとめ…
当該患者のお母さんは、当院に通院されていた患者さんでもある。娘のうつ状態を察したお母さんは、ご自分もその経験がおありで苦しんだことから、子供にはそんな思いをさせたくない一心で、当院を受診された。「自分は先生とつながっている、だから頼ろう」と決心、当院のみでの治療を望まれた。そのお母さんの強い気持ちが、病気を回復させる原動力となったのは明らかである。