任脈とは《前編》…流注を学ぶ の続きです。
▶任の字源
字源にさかのぼります。
「任」とは? どういう意味があるのでしょう。
端的に示しているのが《和漢三才図会》です。任は「妊」である。
任之為言者妊也.《和漢三才図会・経絡部》
▶壬とは
「壬」について、《説文解字》には以下のように記されています。壬とは陰の極みである北を示し、ここから陽が生まれる。…また、懐妊 (褢妊) のことである。
壬.位北方也。陰極陽生,…象人褢妊之形。《説文解字》
「壬」には北の意味があるのですね。下の円図《類経図翼》を参考にしてください。水の方向が北を表します。壬・癸が北になっていますね。木は東、火は南・金は西です。 “陰極まって陽生ず” とは、水 (陰) が木 (陽) を生み出すことです。水生木ですね。
さらに、木を生む前の水とは「妊娠中」を意味します。
《說文解字注》は、これをもっと詳しく説明しています。
壬.位北方也。侌極昜生。月令鄭注。壬之言任也。時萬物懷任於下。律書曰。壬之為言任也。言陽气任養萬物於下也。律曆志曰。懷任於壬。釋名曰。壬、妊也。陰陽交。物懷妊。至子而萌也。…包孕陽气。《說文解字注》
【解説】壬は任である。万物を下から懷任 (いだく) し、陽気を下から任養 (やしなう) する。また妊に通じ、子をなして萠芽するのである。陽気を包み、はらむ。
壬の字源は諸説ありますが、「工」という形の象形文字が元になっています。「工」は製糸業・織物業を意味する説が有力です。つまり布を作る仕事ですね。糸を巻いて膨れていく、あるいは布で重要なもの (重いもの) を包みこむ、衣服で大切な体を包み込む… そういうイメージで見ると、妊・任務・任に耐える・重い荷物を負う…という意味が明確になります。そして、「任脈」の意味も。
(陽を) 大切に包み込む。このイメージを持っていいと思います。▶ 壬 をご参考に。
▶任とは
「任」について、《説文解字注》に以下のように記されています。任とは、保つこと・養うこと・保護して抱くことである。…このあたりから、重いものをになう、任にたえる、という意味が見え隠れします。
任,保也。保,養也。…保之本義…保抱。《説文解字注》
陰に隠忍して任にたえ重さにたえ、それが次に生み出すものとは?
まるで妊娠です。その後には誕生の喜び (陽) がある。陽を生み出すのは陰です。だから女性は陰なのです。このことは赤ちゃんが会陰から生まれ、任脈が会陰から生じることと通じます。会陰は人体での陰の極みです。極まって陽がうまれるのです。
だんだんイメージできてきましたね。
▶陰脈の海
こういうことを踏まえて《奇経八脈考》では、 “陰脈の承任” であると言っています。「承任」とは、重い責任を担 (にな) うことです。
任脈.…為陰脈之承任.故曰陰脈之海.《奇経八脈考》
任脈は “陰脈の海” として、諸陰経の最終的な責任を、保ち養い抱く。まるで我が子を抱きかかえ育てる母のように。深い深い慈しみでたくさんの魚類 (うろくず) を養う大海のように。
▶陽を生み出す
任脈は補うイメージ、温めるイメージがあります。重要穴処は膻中・中脘・下脘・水分・神闕・気海・関元などです。もちろん、反応をつかむことができることが条件です。
- ツボの診察…正しい弁証のために切経を をご参考に。
中脘などを上手に使うと、虚 (陰) を補ったり (陽) 、冷え (陰) を温めたり (陽) することができます。
神闕などを上手に使うと、危 (陰) を安 (陽) に転ずることができます。
関元などを上手に使うと、誤った気 (陰) を鎮め正しい気 (陽) を立たせることができます。
いずれも、陰から陽を生み出しています。
任脈 (陰) は督脈 (陽) を生み出すのです。受精卵が着床する時、着床面が臍となり、前となります。前 (任脈) が確定して、はじめて後ろ (督脈) が確定するのです。だから、命に関わる場合、起死回生のツボは督脈よりも任脈です。督脈よりも「命」に近い。だから身を守るときは屈んで任脈を隠すのです。
任脈と督脈のつなぎ目は例外で、督脈上にも起死回生のツボはあります。つなぎ目とは百会・人中・関元・会陰・長強が該当します。
《鍼灸甲乙経》によれば、腹側を上行する任脈は、承泣 (胃経) と交会して終わっています。目は非常に陽気の強い場所で、陰から陽へと向かう姿を映し出すかのようです。
承泣,一名鼷穴,一名面 ,在目下七分,直目瞳子,陽蹺、任脈、足陽明之會,《鍼灸甲乙経》
さらに、任脈が前 (陰) だけでなく、後ろ (陽) にも流注していることは、陰から陽を生み出す姿を、強く具現化します。督脈の裏 ( “背裏” ) では、任脈が力強く脈打っているのです。
陰から陽を生み出す。
ありましたね。《説文解字》に。
北というのは、これから東へと向かうことを示します。《類経図翼》の円図をもう一度見てください。甲乙→丙丁→庚辛→壬癸とめぐって円を描いていますね。壬は北 (陰) 、これが朝陽・春陽の土台となります。
“陰が極まって陽を生み出す” …その場所は北方、これから東方へとめぐり、萌えいづる黎明の時を「生み出す」。
そういうことです。やはり任は、「妊」なのです。