ぼくは本当にのろまで、小学校低学年の頃から先生に指摘を受けるほどでした。三つ子の魂百までとか言いますが、それは大人になって鍼の仕事をするようになってからもそうでした。
1時間に1人しか診ることができなかったのです。26歳で開業をし、40歳まではそれが続きました。モタモタと、でも真剣に診ていた。だから1時間もかかるのです。もちろん生活していけるものではありませんでした。
何をそんなに時間をかけていたかというと、まず問診です。納得行くまで聞こうとするし、でも納得行くところまでは行けないので時間がかかる。それから説明です。うまく説明できないので時間がかかる。
さらに時間を割いたのは脈診です。10分くらいは診ていたと思います。患者さんから「先生なにやってるんですか?」と不信感ありありの口調で、よくたずねられたものです。
自分の脈も暇さえあれば診ていました。動脈が炎症を起こして触るだけで痛くなるのですが、それでもやめませんでした。あとさきはあまり考えなかったですね。
その甲斐あってか、人を診る感覚が恐ろしく鋭敏になり、聞くことや説明することがだんだん上手になりました。
指の感覚は指を通り越して、指がなくとも感覚だけで変化を診て取ることが出来るようになっていました。その一部を下のリンクに説明してあります。すなわち「気」です。
昨日は土曜日で午前診のみ、40人の患者さんを診ました。雨続きにしてはみんな調子を崩しておらず、8時半に始めて終わったのが12時でした。あのころでは考えられないスピードで診ています。「気」を診る項目は1人に対して20項目以上、問診し説明し、カルテ記載もしながらですから、一瞬で見極めていると言っていいでしょう。
20代、30代。あの頃はのろまだった。
しかし50の半ばを過ぎた今も、診ようとしているものは何も変わっていません。患者さんのお体を、心を、なんとか良くなっていただきたい、ごめんなさい、こんなことしかできなくて、どうかこの体と引き換えに、良くなってもらえますように。
結果、疲れを感じることもなく、1時30分から初診の患者さんを診、6時に見送ってその一日を終えたのです。


