姉弟ともに酷いアトピーだった。京都からここ奈良まで、お母さんに手を引かれ、2時間かけての来院だった。暑い夏、寒い冬、気が狂いそうな痒さとの戦い、姉弟そろってともに悪化し、ともに良くなっていく姿を診た。
その末に見られた、心の成長。
本ページでは弟 (3歳) の症例を検討する。姉もまったく同様であることを踏まえて読み進めてもらいたい。
症状
初診は2024/9/24、当時2歳。
・歩きたがらない
・一週間ほとんど寝ていない
・かゆさで夜中さけんでいる
・1時間半寝ては起きて1時間半かく
・狂ったようにかく
・ステロイドを塗ると却って悪化する
カルテを振り返って、目についたものを並べた。かなりの重症である。
だが、治療は一週間に一度の来院ができればいい方である。料理店を営んでおられ、休みは週に一度しかないのである。治していくには週に2回以上、重症ならば週に3回の通院が必要だ。だから初診の患者さんには週に2〜3回は治療に来るように指導するのである。
そういう状況で、この重症さである。当初は “ちょっとむずかしいかな…” と思った。
【使用した穴処】
1穴目…中脘または左脾兪。正気を補う。
2穴目…左手の井穴どれか1穴、あるいは左三陰交。邪熱を取る。
自主性を育てる
だが、できるだけのことをした。
その “できるだけ” の一つが「自主性を育てること」である。アトピーに限ったことではないが、食養生というのは大切である。大切であるがそれを強制してはならない。強制は “やらされる” というストレスを生むだけであって、自主性は生まない。自主性という「納得」のもとに健康管理は行われなければ、病が癒えるということはありえない。食養生も、たとえ幼児であろうと自主性が必要なのである。
では、どんなふうに自主性を育てたのか。
必要以上に指導は行わない。それどころか、不養生があっても悪化するのを予期しつつ見守るのである。
ただし初診に、「こういう不養生するとこんな結果となる」ということを時間をかけてキッチリと説明する。説明したら、そののちはクドクド指導することはないのである。体が教えてくれるまで待つ。自然と出てくるまで、タイミングを待つのである。
僕は体から色々なことを教えてもらった。医学書からも色々と学んだが、それが役に立つのは患者さんに説明するときくらいで、しかしその説明で病が癒えるわけではない。病が癒えるためには何が必要か、それを教えてくれたのは「患者さんの体」である。脈診や切診で体の言いたいことを推推量し、それを実践することによって治してきたのである。
その体が教えてくれる。
その反応を見逃さない。
心の成長
2025/5/12、その日が来た。
幼児は裸になってもらって診察するので、ひと目見ただけで分かる。急激に悪化している。診察すると、短期邪熱スコアが危険域に達している。なぜこんな急に邪熱を激しく生んだのか? さらに診察を進めると、陽池に実の反応が出ていた。これは冷えを意味する。多くは冷たい飲食物を摂りすぎていることを示唆する。もともと邪熱がこもっているところに、この「冷え」が取り囲むと、魔法瓶状態 (外は冷たく内は熱い) になり、ますます邪熱が外に逃げることができず、激しくなってしまう。
「冷えがありますね。冷たいものを飲食しすぎると、この反応が出やすいんですが…。どうですか?」
「この連休に子供2人と、実家に帰省していたんです。冷たいものを多めに飲んだと思います…。2人ともその日の夜から急にかゆがりだして…それが原因でしょうか…。」
この瞬間、陽池の反応が取れた。同時に短期邪熱スコアも安全域に戻っている。

この日を境に、皮膚がメキメキと良くなっていった。うかがうと、冷たいものはもう懲 (こ) りたらしく、欲しがらないのだという。ついでに食べ物も、言うことをよく聞いて嫌がらず素直に食べるようになった。こういうことず姉弟そろって見られたのである。
二人とも、よっぽどつらかったのだろう。
そしてそのつらさが、原因と結びついた。
そして納得した。
そう、納得である。これがあれば、飲食のことで母から「あれダメ、これダメ」と言われても、ストレスを感じない。ストレスは邪熱の原因となり、皮膚の炎症や痒さの直接原因となる。「飲食の乱れ」という原因を改善しようとすればするほど、ストレスというさらに大きな原因を作り出してしまうという負の連鎖が始まってしまう。ところが、納得があれば「飲食の乱れ」を改善してもその「大きな原因」を作らない。だから見る見る良くなっていくのである。
ただし、この正しい連鎖にもっていくまでには、辛抱が必要である。子供の辛抱ではない。親の辛抱である。子供に「これはよくないよ」という知識をやんわりと与えつつも、子どもの自主性に任せて「よくないこと」を温かく見守る。その辛抱である。
その辛抱があれば、自然と子供は学びを得る。この体も大自然の一部であり、大自然は良い方へ良い方へと導いてくれる。その導きの方法とは「病気」である。病気とは大自然が与えた愛のムチなのだ。いや病気に限らず、この世に存在するすべての「つらさ」がそれである。
治療回数が足りていないにも関わらず寛解を見たのは、この「納得」を得たからである。
体の成長

さらにオマケがあった。体が大きくなったのである。6ヶ月で1.7cmしか伸びていなかった身長が、わずか2ヶ月で1.8cm伸びた。体重も、増えるどころか却って減少していたものが、2ヶ月で2㎏増加した。
心の成長が体の成長につながったのである。
戦後のアレルギー増加
それにしても、近年の子供たちのアトピーの多さは何だろう。アトピーを始めとするアレルギー疾患の激増は、戦後の環境変化による。
そもそもアレルギーとは「環境変化」によって起こるものなのである。
近年の環境変化とは?
たとえば冷蔵庫の普及による冷たい飲食物の摂取機会の多さは、それ以前の温かい飲食を良しとする文化を変えてしまった。たとえば「年寄りの冷や水」は冷たい飲食物が体に悪いという常識を反映しており、「冷や飯を食う」は温かくもてなされていない例 (冷遇されている例) が諺となっている。これは世界共通だが、「温かい人」「冷たい人」というのは、飲食物の温度が反映されていると考えられる。この常識を変えたのが冷蔵庫である。各家庭に普及したのは戦後である。以降、冷たいものが御馳走となった。
その他、飲食物の西洋化も戦後の環境変化の一つである。小麦、乳製品 (トランス脂肪酸) の多食が挙げられる。
あるいは畜産業の拡大、漁業技術の発達によって、動物性タンパク質の食品が安価で手に入るようになった。これも戦後である。
あるいはサトウキビやテンサイの大量生産と製糖技術の発達で、砂糖が簡単に手に入るようになった。やはり戦後である。
また地産地消が当たり前であったものが、運送の発達により外国産や他府県産のものが出回るようになった。これは季節や風土に合わない飲食物というふうに集約できる。これも戦後の環境変化の一つである。
夜ふかしも、戦後の大きな環境変化である。4人の小学生が朝の3時ごろまで通信でゲームをして、朝起きられないのでそろって学校を休む。そういう話を患者さんから聞いた。10時11時の就寝は当たり前、戦前は電気の照明も普及していないので、日が暮れたら床に就いていたのである。
こういう要素がアレルギーの爆発的増加とどのように関わるのか。僕の臨床では大きく関わるケースが多々みられる。そういう事に気をつけていかなければならないのである。両親がアトピーだと子供もアトピーになりやすいが、親からの蓄積ということも真剣に考えなければならない。自分は大丈夫でも、子供が苦しむのである。
ADHDとアトピー
そのアレルギー疾患と同様のことが、発達障害でも言える。本症例とは関係ないが、たとえばアトピーと発達障害を併発する子供が不思議と多い。中医学において、とくにADHD (注意欠如・多動症) は、基本病理は「邪熱」であり、アトピーと全く同じである。
たとえばアトピーの小5の男子だったが、すぐにカンシャクを起こして暴れ喚く特徴 (多動性と衝動性) があったが、邪熱を取ることでアトピーが鎮静すると、通知表の生活面の成績が急上昇した。クラスのまとめ役になったというのである。こういう現象をどのように捉えるか。僕はアトピー・ADHD双方に共通する病理である邪熱を取った結果であると考えている。
アトピーの赤さ (炎症) は邪熱の色であり、掻きむしる行為は邪熱の落ちつきの無さを示す。
ADHDの特徴は不注意と多動性衝動性であり、いずれも邪熱の落ち着かなさが本質である。
つまり戦後、特に先進国において、邪熱が爆発的に増えたのである。
それがアレルギー疾患の増加、発達障害の目立ち方と関係するならば、それは本当に、親世代が真剣に考えなくてはならない。親が大したことがなくとも、子供には倍倍で影響するからである。
なすべきこと
子供をどう育てるか。
強制してはならない。抑え込んではならない。この行動・この習慣を続けていたら、どういう結果になるのか。それを親がよく知ったうえで、そしてわかりやすく子供に伝えたうえで、温かく見守るのである。その結果、子供が失敗した時、子供がつらい目にあった時、優しく諭しつつ手を差し伸べる。そんな親にならない限り、この2つの「新病」は倍倍の巨大化を続けるのである。
親という字はよく、「木のうえに立って見る」ということだと言われる。これは正しい字源ではない。正しくはないが、偶然にも言い得ている。学校に向かう我が子を玄関で見送り、しかし心配で心配でならないので高い木の上に昇って、ケガしたりしないか大丈夫かとずっと見ている。かまいすぎてはいけないから付いていくことはしない。やりたいようにさせてやる。でも、大丈夫かずっと心配して、気づかれないように見ている。もし何かあったら一目散に駆けつけられるように。
それが親だ。
どちらも育て方。
発達障害は治らないという見解はよいが、それに逃げてはならない。できることはある。できるだけのことをするのが子育てである。
その育て方を教えることこそ治療であるという見解こそ、医療者に求められているのではないだろうか。


これは僕のやり方である。僕の子供がまだ2〜3際のころ、二人で丘陵公園に行った。上まで登ると、子どもが下りの丸木階段を走り出したのである。大人ならどういう結果になるかということはわかる。普通の親なら止めるだろう。こけて怪我させたくないからである。でも僕は止めない。周りの状況を確認する。落ち葉が分厚く、階段のほとんどが埋もれている。そして、「こけるで〜 こけるで〜」と注意を与える。でも無理やり止めずに、ニヤニヤしながらコケるのを待つのである。
コケて頭部を強打すれば大変だが、こんな背の低い子どもがコケても位置エネルギーが小さいので大したことにはならない。はたして、すぐにコケてコロコロ回転して静止した。泣いてはいたがケガはなかった。
だからもう、急な下り坂では走らなくなるのである。やってみて得心させる。人間とはそうでないと納得するものではない。