59歳。女性。2026/6/12。
初診は5年前、当時は激しい不安を訴えたが長らく影を潜めている。だが、ひょんなことでそれが出た。一週間ほど前、うっかり駐車場で車をとめた場所を間違え、車が無くなったと勘違いしてからである。驚きと恐怖が引き金となって不安障害が再燃した。
6/12 (金)
車を止めた場所を忘れたことがショック。認知症になるのではないかという不安をしきりに訴える。右陽陵泉・左胆兪に虚の反応がある。驚き・恐怖で、胆 (タン=きも) が弱ったのである。「きもを冷やす」というが、胆が弱ると心の踏ん切りがつかず、あれやこれやと色んな事が気になってしまう。そういう不安である。
【胆を強くするための説明…織田信長の話】をし、関元に一本鍼。
「次回予約は一週間後ですが、まだ不安が残るようでしたら電話して来てくださいね。何もなければ予約通りでいいです。」
6/15 (月)
電話できゅうきょ来院した。お米を炊くのに水の分量をたまたま間違えたらしく、また認知症の不安がよぎる。
「胆はもう大丈夫です。まあ、間違えることはあるのでね。大丈夫ですよ。」
関元に一本鍼。
6/19 (金)
「肩が凝ってしかたないんです。いまでもこう、モミモミしたい感じ。 (モミモミのゼスチャー付きで) 先生が “揉んだらあかん” っておっしゃるのでしてないですけど。」
「で? いま不安感は?」
「不安感はあんまりないです。でも肩が…」
「不安感と肩とでは、どっちがつらいですか。だんぜん不安の方がつらいと思うんですけど。」
「もちろん不安感の方がつらいです…」
「でしょ? もし今、肩凝りを揉んで治したり、なんか貼ったり塗ったりして治したら、肩は楽になるけど不安感が復活します。お城でも、本丸 (メンタル) でドンパチやられると困るわけです。城壁 (肩) でゴチャゴチャやられるほうがウンとまし。」
「ああ、なるほど。」
「お風呂に例えてもいいですね。湯船の奥の深いところに沈んだゴミは取れません。これがメンタルです。メンタルは深いんですね。ところがそのゴミが浅いところに浮いてきたら、洗面器ですくい取れるでしょ? それが今出ている肩凝りです。肩は浅い。そういうことを知らずに無神経にかき混ぜるようなことをしたら、浅いところのゴミはなくなりますが、深いところにゴミが沈んでしまいます。だから揉んじゃダメなんですよ。せっかく浮いてきてくれているので、これからそのゴミをすくい取りますね。」
前回の治療で生命力が増し、メンタルにあった邪気 (邪熱・痰湿) を、肩にまで浮かせることに成功したのである。それを行ったのはもちろん生命力 (正気) である。

とりあえず落ち着いてくれたので診察に入る。
全体の正気の状態 (正気スコア) は悪くない。「可もなく不可もなく」の基準を満たしている。
ただし肩という部分的な正気の状態が極端に悪い。「可もなく不可もなく」よりも4段階も悪い。
こういう場合は原因がある。
「全体は悪くないんですが、肩だけが極端に悪いです。これは矛盾ですね。これには必ず原因があります。それをこれから探していきますね…。」
豊隆に反応がある。豊隆は痰湿の反応が現れる穴処であるが、ぼくはこれを正邪弁証では使わない。痰湿を確定したければ曲池を診る。では豊隆の反応の意味は何かというと、陰の器が小さくなっているということを示す。陰の器が小さくなれば陽が暴れて邪熱になる。くわえて陰の器が小さくなればその器から陰邪 (痰湿) があふれ出る。この邪熱と痰湿が合わさって、今回の肩凝りになったのである。要は陰の器を大きくすればいい。そのための方法は…。
「目一杯のところまでやったらあきません。目一杯が10だとすれば8のところでブレイクをおいて下さい。ブレイクの方法は、1分間でいいです。1分間でいいので、ヨコになってください。ついでに目も閉じましょう。これで陰 (陽中の陰) がチャージできます。陰とは? 安らぎ・落ち着き・クールダウンのことです。でも、それが出来ない場合は? 職場で寝転がるわけには行かないですね。ですので、立ったままでも座ったままでもいい、1分間、目だけ閉じましょう。それで陰がチャージ出来ます。でも、それも出来ないくらいにいそがしい時は? この話を思い出すだけでいい。1分間も目を閉じていられないくらいにバタバタいそがしい。そんな時にこんな話を思い出せる…これはね、すでに落ち着きがある証拠です。落ち着きとは陰でしたね。すでに陰がチャージされているんです。」
この瞬間、豊隆を確認する。反応が取れている。
「いま、できるだけやってみようと思った?」
「はい、思いました!」
「これくらいならできるって思った分、その分を実行に移して下さい。それで合格です。100点じゃなくていい。合格点でありさえすればそれでいいんです。」
肩を診る。正気の状態は「可もなく不可もなく」まで改善している。
「いま、肩はどうですか。」
「あれ? 軽いです…」
「モミモミしたくない?」
「はい! モミモミしたくないです!」
何かと忙しく気ぜわしい現代社会は、陰 (落ち着き) を損ねる。しかも照明が各家に行き届く現代では、寝る時間が古人に比べて極端に遅い。
古人は暗くなったら寝に就いていたのだ。そしてそれが大量の陰をチャージする唯一の方法である。早く寝るのである。

だが、夕方6時頃寝ていた古人に比べ、現代人はいくら早く寝ても9時が限度だろう。現代人はそもそもの体質として陰が足りず、邪熱を持っているのである。だから本来は陽を養うべき日中 (陽中) にも、陰 (陽中の陰) をチャージする必要がある。それが、くたびれてしまう前にヨコになることである。
陰とは水であり水はヨコに流れるので陰はヨコである。陽とは火であり火はタテに燃え上がるので陽はタテである。われわれ人間も、暗い時間帯 (陰) はヨコになり、明るい時間帯 (陽) はタテになって働くのが本来の姿である。その本来の姿から程遠い現代人は、明るい時間帯もマメにヨコになることが必要な場合があるのだ。
邪熱がメンタルを襲うと、落ち着かなさ・焦燥感・怒り…となる。
痰湿がメンタルを襲うと、ドテッと気が重い・やる気が無い・沈み込む…となる。
そしてこの両者 (邪熱・痰湿) が混じり合いメンタルを襲った形が「うつ」である。落ち着かなさと気の重さが入り混じり、前を向けない何とも言えぬ苦しみである。
そしてそれが消え、肩凝りと姿を変えた。底の方に沈んでいた鬱が、表面の肩にまで浮いてきたのである。ただしそれは邪熱と痰湿が結びついた、モミモミしたくなるような「落ち着かなさ」と「重さ」なのである。
そして「1分間ヨコになる」という陰をチャージする指導によって、当該患者の未来が変わった。できるだけやってみようという当該患者を、いつも彼女を見守っている「からだ」はその意気に感じ、すでに喜んでいるのである。喜べば元気になる。元気になった「からだ」(生命力) は、肩にあった邪熱・痰湿を排除したのである。
ここで初めて鍼を打つ。
全体の正気の状態に、肩の正気が並んだ。このリンクにより、全体をよくすれば肩もよくなるという構図が生まれた。
関元に一本鍼。全体の正気をさらに高める。
1週間後来院。
「どうですか?」
「落ち着いてます。」
「そうか。 (肩をゆらしながら) 大丈夫?」
「ぜんぜん!」
不安感の再発なし。肩凝りの再発なし。

