ムカデの毒と瘀血

66歳。女性。2026/7/4。

初診は2023/5/8。肺MAC症 (非結核性抗酸菌症) で初診時は血痰や咳があったが、現在は抗生剤なしで症状も消え、画像での進行も完全に止まっている。さらにあわよくば肺組織の再生という奇跡を起こそうと治療を続行中である。

そんなある日、それは梅雨まっただ中の雨降りの日だった。診察ベッドで右足を押さえて身悶えしている。

「先生、こ〜んな大きなムカデに足を噛まれたんです! そこがかゆくてかゆくて。」

身振り手振りで示されたが、特大サイズである。噛まれたのは右足の薬指で、右足全体が腫れて痛くてしょうがなかったので、病院にいって薬をもらったのだという。本当は当院に来たかったが、自宅は片道に3時間弱かかる遠方である。

そんなこんなで痛みは引いたのだが、噛まれて6日経った今、かゆさが激烈で悶えているのである。

「わかりました。まあ落ち着いて、ジッとできますか?」

診れば右環趾 (右足薬指) が赤く腫れている。刺絡も視野に入れながら、竅陰の反応を診る。竅陰に実の反応、これは瘀血 (外傷による離経之血) を意味する。ムカデに噛まれたときの (あるいは炎症による) 内出血が瘀血であり、それがまだ回収されていない。だからいつまで経っても炎症が引かないのだ。

これからやるべきことは、この瘀血という邪気を取ることである。ただし、邪気を取るには正気を高めておく必要がある。脈は虚脈なので、いきなり瘀血を取ろうとすると正気に負担がかかるばかりで瘀血は取れない。だからまず、正気を整えて高める。

関元に一本鍼。

抜鍼後、検脈する。瘀血が取れていれば平脈、取れていなければ実脈を呈するはずである。検脈の結果は平脈だった。よって瘀血 (離経之血) は取れている。

念のため竅陰を確認する。反応は消えていた。離経之血がまだ取れていなければ、竅陰に刺絡をすれば取れるのだが、その必要はなさそうだ。

つい最近も、尻もちをついて尾てい骨を強打した患者さんを診た。コクシジニア (仙骨・尾骨痛) である。もう一週間近く経つのに痛みが引いてこない。診ると、瘀血の反応が出ていた。叩打痛が顕著、おそらく骨折か骨膜炎である。仙骨・尾骨の場合は固定できないので西洋医学的には自然治癒を待つ (保存療法) しかないが、東洋医学は駆瘀血というさらなる切り口を持つのである。関元を補い、右竅陰を瀉して治療を終えた。治療を終えたのが午前診、2度目を午後診で診察した時にはすでに、寝返り困難であったものがスムーズに急回復していた。ケガというのは放っておけばくっついて治っていくが、瘀血 (内出血) が挟んでいると治ってこない。その瘀血を取ったので、本来の治る力を取り戻したのである。

全治7週間の骨折が、わずか2週間でギプスがとれたという症例もある。瘀血 (離経之血) に関してはここに詳しく記述したので参考に供したい。
>> 全治7週間の骨折が2週間で完治? …瘀血の駆除と竅陰の反応

ただし、厳に注意したいことがある。駆瘀血をはじめ、瀉法というのは常に正気を損なうリスクがある。コクシジニアが取れにくいなら駆瘀血をやる…こんなステレオタイプの考え方は東洋医学にはない。診断力がなければ駆瘀血の穴処や薬を使っても、百害あって一利なしであることを確認しておく。

直後でわりと大人しくしているので聞いてみた。

「かゆいのは? おなじ?」
「あれ? そう痒くないです。」

その治療の1時間半後に、2度目の治療を行った。遠方なのでまとめて治療するのである。

診察ブースに僕が入ると、目を輝かせておっしゃった。

「さっき治療してもらった後から、全然かゆくないんです! ウソみたいに! 前に腹膜炎が一瞬で治った時以来の奇跡です!」 >> 腹膜炎、その場で治癒

かゆさがその場で治まることはママあることだ。
腹膜炎がその場で収まることはまずあることではない。

「まあ、これくらいなら奇跡とは言わないですが…。」

と言いかけて思った。腹膜炎を診たのは当該患者が最初で最後の一回きりである。かゆさで身悶えするのは何度も経験している。その差あるに過ぎない。

「いや、そうですね。奇跡です。ありえないですね。よかったなあ。」

いつも患者さんに素直に喜びなさいと指導している僕が、素直に喜ばなくてどうする。

負うた子に教えられ。

患者さんに教えられた。

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