“旅行は悪化のリスクあり” …5年の命をもって教えてくれた幼児 (コケイン症候群Ⅱ型) とともに

コケイン症候群 (指定難病192) という病気をご存知だろうか。平均寿命が5歳のⅡ型 (先天型) は1億人に1人とも言われるが、それを患う幼児 (以下〇〇くん) が、かつて当院に通院していた。生まれながらに遺伝子異常を持つ。

この病気は、老化が早いのが特徴で、早老症に分類される。〇〇くんも、ほりが深く鼻筋が通って子供らしからぬ容貌をしていた。「あーあー」と喃語を発するのみ、寝返りはできるが座ることはできない。食事が摂れないので胃瘻をしている。機嫌が悪いことが多かったが、当院初診以降よく笑うようになった。平均寿命が5歳とのこと、なんとか少しでも長生きして欲しいというのが、ご両親の切なる願いだった。そして僕も全力を尽くした。

ノドに痰が絡んで苦しそうだったが、だんだん呼吸が楽にできるようになった。熱を出しては長引くことが多かったが、当院で治療を始めてからはすんなり治るようになった。胃瘻から入れる食事も、治療のたびに体に確認して微量の増減を指導した。栄養剤を入れていたが、お米を少しでもいいから食べさせたい。そう願うお母さんだった。

長生きして欲しい。
そしてそれができると思っていた。

ある日お母さんが、西表島に子供連れで旅行に行くと言ってきた。2024年11月22日〜26日までの5日間である。妹が暮らしているので遊びに行くのである。〇〇ちゃんの生命力を考えると、行かないほうがいいと思った。だが、軽く注意を促しただけで、強くは引き止めなかった。僕が未熟だったために、大きく悪化するという確信が持てなかったからである。

旅行とは言え、どうせベビーカーに寝かせておくだけなので、家にいるのも飛行機内にいるのも変わりないと思われるかも知れない。しかし、それは体をモノ (物質) として見た時にそう言えるのであって、イノチとしてみた時は決してそう単純ではない。家から離れれば離れるほど、求心力が損なわれる。遠心力が増すからだ。イノチとは、この陰陽で成り立っている。すなわち、求心力 (陰) と遠心力 (陽) である。

ハンマー投げで例えると分かりやすい。グリップで砲丸を引きつける力が求心力であり、イノチをつなぎ止める力でもある。砲丸が外へ飛び出そうとする力が遠心力であり、イノチが飛躍し活動する力でもある。この引きつける力が強ければ強いほど、また砲丸が飛び出そうとすればするほど、その描く円の軌道は大きいものになる。この軌道の大きさがイノチの大きさである。遠心力が強すぎても求心力が弱すぎてもイノチは崩壊する。

活動力 (陽) は、求心力 (陰) に支えられているのだ。いくら求心力が強くても、遠心力が豆粒のように軽いものなら円の軌道は保てない。逆にいくら遠心力が重い砲丸であっても、求心力が幼児の引っ張る力なら、その重さに耐えられないのである。

現代人は求心力 (イノチの重さ) に対して、行動範囲が広すぎる。車・電車・飛行機などで遠心力をいくらでも大きくできるのである。古代人は、どこに行くのも徒歩だったため、求心力に応じた遠心力しか行使できなかった。交通手段が発達した現代は、求心力に関係なく遠心力を行使できるようになったが、その分、求心力すなわち陰を消耗することとなった。陰とは? 「安らぎ・落ち着き」である。病気を治す土台である。旅行に行くとこれが損なわれる。遠出すればするほどそれは「気持ちの高ぶり」に置き換えられ、消耗していくのである。

と、こういう説明をしても意味がない。
旅行を予定している人にとっては耳障りな雑音でしかないからである。

そういう患者さんに最近、〇〇くんの話をすることがある。

「コケイン症候群って病気があるんです。老化が早い病気でね、その子はまだ4歳なのに鼻筋が通って子供らしくない顔立ちをしていました。寝返りは打てるけど、座ることも出来ず、しゃべることも出来ない。体の大きさも1歳児並みでしたね。それが西表島に旅行に行ったんです。そしたら死んじゃった。旅行に行ったらダメだって、あまり強く言わなかったんです。でもね、この子の死を無駄にしないためにも、最近はこういうことを少し強めに言うようにしています。いくらかは悪化すると思って下さい。気構えが大事です。その気構えは落ち着き (陰) につながるからです。興奮がよくありません。」

命を救えなかった申し訳なさは消えることがなく、今まではどうしても口にすることができなかった。でも、考え方を変えた。あれから2年。〇〇くんの死を無駄にしない。生かすことができるのではないか。

西表島から帰ってきたすぐは、さして変わったことはなかった。

だが、ちょうど1ヶ月後の12月25日からグズりだし、発熱し、入院し、肺が真っ白になり、そのまま逝った。1月3日、一週間での出来事だった。

その間に2度診たが、表証がなぜか取れなかった。何も出来なかった。

そうである。5歳の誕生日だったのである。

平均寿命は5歳。その誕生日に亡くなった。こういうのは偶然ではない。偶然とも見える必然の一致。ユングの共時性 (シンクロニシティ) に似たものがある。この不思議な一致は、〇〇くんの短い一生が必然であり運命であったということ、そしてその命に変えて残したかったメッセージがあるんだよという暗示ではないのか ! ?

ここで言う旅行は「無用の旅行」の限定される。つまり「必要な旅行」では多くはそういう反応は起こさない。必要な旅行とは、たとえば修学旅行とか出張とかである。体というのは賢く、事情をよく知っている。体とは人間である。体が納得の行く事情があれば、体調には反映されない。

別の患者さんの話になるが、自力で立つことのできない脳性麻痺様の患者さん (12歳) を診ているのだが、8月末に旅行 (和歌山に1泊) に行ってから、治療を受けるときに嫌がったり怒ったりするようになった。陰 (やすらぎ・おちつき) を損なったのである。もともとその子は穏やかな性質で、僕が忙しそうにしていると待ってくれていたり、診察する時はわざとジッとしてくれることがよくあった。それがジッとできなくなったのである。かつては、遊ぶ時は元気に遊ぶが、治療の時はジッと治療を受けていた、そういう切り替えができなくなったのである。そのことを僕は相当問題にして治療に当たっていた。やがて40日ほどすると、もともとの落ち着いた様子で治療ができるようになった。

これも別の患者さんだが、大学を休学しなければないほどの慢性疲労症候群の患者さん (21歳) は、治療とウォーキング40分間の甲斐あって徐々に体力を取り戻しつつあった。それが、8月末に2泊3日で東京ディズニーランドに旅行し、1日中歩いたが手足は震えず動悸もなかったと喜んだが、9月6日に食あたりを起こし、ふつうなら5日もあれば回復するようなものが、食欲 (胃の下降作用) がなかなか戻らず、通常通りに戻ったのが10月末だった。旅行から2ヶ月もかかったのである。こういうありえないことが “旅行” では起こる。「脈診による判定」によるウォーキング40分間の生命力では2泊3日に耐えられなかった。ウォーキング2時間の生命力があれば耐えられたはずだ。

40日〜60日。一度消耗した陰 (求心力) は、回復するまでに相当の日数を要するのである。

もちろんここに出した例は、歩けない子供であったり、大学に行けない青年であったりする。生命力が水準に達していないレベルの場合、旅行はボディーブローのように長期にわたって響いてくるのである。健康な人 (正気が充実した人) では、旅行に行ったからと言って体調を崩すことはない。

〇〇くんも、発熱したのは1ヶ月後だった。まだ陰が回復せぬままに、たまたまウイルスに感染してしまったのである。インフルエンザだったのだが、今まではウイルス感染に遭っても治療がちゃんと効いていた。だがその12月の感染症だけは、手も足も出なかったのである。

あるいは、春や夏に旅行に行っていたならば、陰が回復するまでの間にインフルには出会わず、何事もなかったかも知れない。旅行に出かけた11月は日が短く、陰の深い時期である。陰を養うべき時期であるだけに、その消耗も激しいと言える。

コケイン症候群。しかも先天型 (Ⅱ型) は平均寿命が5歳。
コケイン症候群で一般的なのはⅠ型で平均寿命は15〜20歳前後である。
老化が早いのが特徴、老化というのは求心力が遠心力に負ける姿である。求心力を失えば砲丸は天国に旅立つのだ。だから年を取ったら旅行は控えるべきである。 “年を取ったら行ったことのない所には旅行せぬほうがよい” という古老の言葉を聞いたこともある。

老齢だけでなく、痛みもそれに該当する。そもそも痛みとは、遠心力を抑えることで求心力を守る、生体の正しい反応である。痛いから外出できない。痛みでじっとしているしかないというのは、そういうことなのだ。

持病のある人も同じことである。必要な遠出ならともかく、物見遊山 (ものみゆさん) の浮ついた気持ちでの遠出は求心力を損なう。当院では北海道や九州からの通院があるが、遠方であってもその遠出 (通院) による悪化は経験がない。必要な遠出と体が見なしてくれるからだ。これは多年の臨床が証明してくれている。

持病・痛み・老齢はそれでなくても求心力が不足している。

さらなる不足をきたす旅行は控えるべきである。

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