
47歳。女性。
全身性強皮症 (指定難病51) だが、ここ数年で関節の可動域が増し、筋力もついてきて椅子から自力で立ち上がれるようになった。25分のウォーキングを指導、それが日課となっている。
そんなある日の診察、2025/12/6のこと。
「大きく変わったことは? 特に? 」
「ハイ、大きく変わったことは無いんですけど、うっすら頭が痛いんです。」
「夜とか関係なしに? 今も? 痛い?」
「横になると痛いんです。今も寝てるんで、やっぱり痛いです。ホンのうっすらなんですけど…。」
「横になると痛いのか。ちょっと待ってね。」
この短い会話の中で診断は形づくられていく。まず、夜昼関係なく横になると痛いということは、夜の寝しなに痛みが出やすい陰虚や邪熱は否定できる。次に、寝しなだけでなくとも申脈に実の反応があれば陰の窮乏を示唆するがその反応はない。だとすると? 気逆である。たとえば横になると咳が出るという人がいるが、これなどは気逆による咳である。

しかし、それだけで気逆と断じるのは根拠が薄い。望診にて、半眼で頭から足の先までの気をうかがう。上に気が昇っている。なぜだ? 行間を診る。左の行間に実の反応がある。これだ。
「いそがしい?」
「はい! めっちゃ忙しいんです!」
ストライクの問診に、目を丸くして即答。
ぼちぼち年末やしな。そういう人は多いだろう。
「いそがしいのは結構なこと、それでいいです。ただしスピードを落としましょう。そうやな、まずウォーキングのスピードを普通が10やとしたら、8に落としましょうか。時間は25分でも、歩く距離が少し短くなるということです。それから家事ですね。これも8に落としましょう。効率はかえって上がると思いますよ。そうするとセカセカする気持ちも落ち着きます。そのほうが効率もいいんですよ? セカセカやると、あれどこに置いたっけ…みたいになって10分も20分も探さなあかんってことになります。それ、僕かよくやるんですけど。」
「あはは、そうですね。分かりました。」
気をうかがう。下に降りている。
左行間を診る。反応は消えている。
これでよし。問診だけの漠然とした診断では足りない。体から読み取る根拠のある診断、これができると治療するまでもなく効果が出る。そういうものであることを知らない中医は知っておくべきである。
「ところで、今も頭は痛いですね?」
「痛くないです!」
大きく首を振り、声を低くして答えられた。
一瞬で起こるこの変化、しかしずっと診てきた方なので分かっておられる。
だからこれ以上の会話はない。
その後、鍼を打つ。百会に一本鍼。
こういう奇跡が日常の臨床で小さく輝いては消えてゆく。その積み重ねが、全身性強皮症の進行を食い止め、極めて寛解しがたい指定難病が寛解しつつあるこの現実を引き寄せる。
これ以上の会話がなくても、それだけは言えることだ。

