認知症、三叉神経痛、量子テレポーテーション

「院長、〇〇さんの娘さんからお電話なんですけど、昨夜すごく痛がって、今日は予約の日じゃないんですけど診てもらったほうがいいのか、予約の日まで待ったほうがいいのか、どうしたらいいですかって…。」

「ああ、すぐ来てもらって下さい。」
10月17日のことだった。

90歳。女性。認知症。初診は1ヶ月前の2026年9月5日。前の月に第7頚椎椎体骨折、車椅子。満身創痍での初診であった。今は車椅子を用いずに来院できるようになっている。

持病として右顔面の三叉神経痛がある。昨夜痛がったのはそれである。まあ、なにか原因がある。それを見つけて改善を指導するだけである。

事実、診察すると表証 (寒邪に取り囲まれている状態) がある。初診でも表証があったが、治療や養生の甲斐あって取り去ることができていた。車椅子の必要がなくなったのはこの変化が大きい。にも関わらず、表証が復活したということは、なにか大きな原因がある。経験上、それが分かる。

「〇〇さん、ゆうべは痛かった?」
「いいえ、痛くありませんよ。」

昨夜、痛みで娘さんを何度も起こした記憶がない。認知症なのだ。
待合で待っておられる娘さんに伺いに行く。

「舌の苔がひどくなっているんです。食べること、どうですか?」

取れかけていた黄膩苔は黄腐苔に悪化、湿熱盛んで脾はかなり弱っている状態である。
脈診で判定し、現在食べてよいものは白米・野菜・イモ・カボチャまでであり、豆腐などの豆類は食べないように指導している。動物性のものは一切を禁じている。

「先生のおっしゃるようにしているんですが、白米があまり進まないので、これなら食べるかなって昨日の夕ご飯はチラシ寿司にしてあげたんです。そしたら喜んでたくさん食べて。もちろん具材は野菜だけにしました。」

「ああ、それです。白米に味をつけてはいけないと、お渡ししてある食養生表に書いてあると思うんですが、カレーとか炊き込みご飯とか、そこにお寿司も書いていたと思うんですね。」

「そうでしたか…うっかりしてました! それで夜中に痛くなったんですか ! 」

「うん、それでいいです。白米を食べたがらないというのは、今はそれでいいんです。美味しい酢飯だとその時は食べたとしても、それは食べすぎになるんです。ますます食欲がなくなり、白米を食べなくなります。食欲がないのに普段通り食べたら、それは食べすぎです。その食べすぎが痰湿・邪熱を生んで痛みになります。白米だけが丁度の量を量れる食べ物なんです。食べたがらないのであれば、その量で食事を終えることです。それで胃腸や肝臓が休まって、また美味しく食べれるようになるのです。でも、このやり方だと栄養失調が気になりますよね。血液検査とかしたらアルブミンが低値になっている可能性があり、ドクターは “もっと栄養を摂らせなさい” と指導すると思います。これは僕の考えですが、白米を食べなくなったらお母さんは家にいられなくなります。どこか施設に入れざるを得なくなります。だから、お気持ちはよく分かりますが、食べさせようとしたらダメです。しかしこれは心苦しい。まず僕の胸が痛むんです。だってそうでしょ? 食べたいものを食べるなと言うんですからね。前にも言いましたが、もしこのやり方が不安なら、ここでの治療はやめておきましょう。不安なら治療をやめるべきだと思います。」

「いえいえ、不安になんか思いません。続けて治療をしていただきたいです。」

「分かりました。できるだけのことをやっていきましょう。」

診察室に戻り、〇〇さんを再度診察する。さっきまであった表証が取れていることを望診で確認する。これでいい。もう一度待合の娘さんに話をしにいく。

「いまね、お母さんを取り囲んでいた寒邪がいなくなりました。 “お寿司だけでなく、食養生表をもう一度よく確認して気をつけよう” って思いましたね?」

「はい、思いました。」

「これでお母さんの未来が変わったんです。当たり前のことですがね。でね、その良い未来を、お母さんの体はすごく喜んでいるんです。体は人間なんですよ。人間ってね、 “気が付かなくてごめんね、これから気をつけるよ” …って言ったら、それだけで相手はすごく喜びますね。そしてすごく元気になります。お母さんの体もおんなじです。いま、すごく元気になった。強くなった。だから寒邪は取り囲めなくなったんです。不思議ですね。ここでの僕たちの会話は、お母さんには聞こえてないし、聞こえたとしても理解できない。でも未来が変わった。体は気づいている。こういう現象は、たとえ僕たちが北海道で話をしていたとしても、ここ奈良にいるお母さんの体は変わるんです。即座に変わるんです。未来が変わるんだから当然といえば当然ですが。」

こう話しながら、「量子テレポーテーション」とそっくりだと思った。

元は1つの量子 (ミクロの粒子) が、2つに分かれたものにおいて、一方の方向が決まると、もう一方の方向も決まるという性質が、量子の特徴としてみられる。量子もつれ、量子テレポーテーション。まるでペアのダンスを踊るかのように、一方が右手を差し出せば、もう一方は左手を出す。この動きは、一方が地球にいて、もう一方が100光年かなたの宇宙空間にいても、それと同じく一糸乱れぬダンスを踊るのである。地球にいる量子を観測し、「右手を出した」と確定したその瞬間、100光年先にあるもう一方の量子は「左手を出した」状態にタイムラグなし (ゼロ秒) で確定するのである。

お母さんと、そのお母さんをとても大切にする娘さん、この2人はもとは1つである。娘さんの差し出した右手は、お母さんの左手を動かす。そして、この2人と僕も1つになった。だから美しいペアのダンスが踊れたのである。

三叉神経という「物質」を見ていない。
〇〇さんという「人間」を見ている。
人間はモノではない。モノ扱いにしてはならない。
この見方を徹底すると、量子の世界にリンクするのか。

治療 (関元に金鍼をかざす) を終え、診察室から出て来られた時はすでにご機嫌、憔悴しきった表情はもうない。来院時のヨタヨタした足取りとは打って変わり、シッカリと歩きながら、手を振り笑顔を振りまいて帰っていかれた。

昨夜痛みで苦しんだ記憶すら無い認知症。さらに診察室とは離れた待合での会話。それゆえに僕たちの話を聞いていた可能性は否定できる。つまりプラセボ効果 (期待や思い込みによって症状が改善する現象) は否定。

僕が娘さんに指導する。その指導が、離れた場所にいる母 (当該患者) の未来を変えた。

そして変わった。寒邪が消えた。

2日後来院、その痛みは消えたとの報告を受けて診察に入った。

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